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遊撃隊『牙』の回想録  作者: 姫崎ととら
竜騎士と学者と囁きの魔女(遊撃隊結成七年目)
11/55

白魔道士は眠りにつく

 レーヴェの疲労はそろそろ限界を迎えようとしていた。

 第三騎士団の団長からも抗議をしているが、迷惑を被っているのが遊撃隊だけというのを理由に、第二騎士団は問題のある冒険者の契約を見直そうとしない。

 謹慎を言い渡された十六人のうち、十人は三ヶ月の謹慎なのでだいぶ先だが、六人は今日を含めてあと九日で帰ってくる。そこで問題の多い短期契約の冒険者達は契約が終わるから、それまで我慢しろと言う。積年の恨みが入っているのは見え見えだった。


 女の嫉妬が非常に面倒臭く危険なのを良く知っているので、妻のオーガストに標的が向かないよう、自分は兵舎に泊まり、彼女はティカかアルクと共に帰るようにさせた。あくまで上司と部下であり、親密な関係ではないと。

 オーガストは強い光が当たると白に見える淡い水色の髪と、空の一番蒼いところを凝縮したような深い蒼の瞳が美しい女性だ。身長も高く細身で、常に背筋を伸ばして真っ直ぐに歩く姿がとても魅力的なクール系美人のため、側にいない間に声を掛けられないか非常に気になっているが、ティカとニールが護っていて毎日報告をしてくれる。昨日は休みだったがティカが一緒に居たようで、一緒に遊んだと報告が来た。

 レーヴェも休みだがストレスのせいで不眠症が発症したため、少しでも睡眠時間を稼ごうと借りた部屋で本を読み、眠くなったら眠り。と繰り返した。食事とトイレと風呂以外はずっと部屋に居たおかげで、夜は多少眠れた。


(…………エリーが足りねぇ……)


 それでも、不眠症が治るわけではない。妻の手料理が食べたいし、一緒に寝たい。

 ただでさえ第二に迷惑を掛けられたというのに、その影響はまだ収まらず、夫婦生活すらまともに送れないほど迷惑を被っている。怒りを向ける相手はもう既に罰を受けているが、収まらないのが人の心だ。

 ここまで酷く声を掛けられるのは、第二の誰かが遊撃隊に貴族の息子と高位神官の娘と息子がいることを伝えたからだろう。玉の輿を狙うような馬鹿には狙い目に見える餌。見えるだけで、全員既婚者か婚約者持ちなので絶対に靡かないのだが。

 魔女のティカの代わりにと売り込みに来た冒険者もいる。正直、術士はもう定員オーバー。八人中、五人が術士だ。そのため、ティカには術士としてよりも、前衛寄りの中衛として戦ってもらうことのほうが多い。もし前衛か中衛も出来る術者なら、真面目に専属契約も考えた。

 第一騎士団が噂の根源を探っているが、なかなか辿り着けず、もうしばらく耐えてくれと伝言があったと、昨日休みの者に向けてティカから報告があった。第一すら動いているのなら、根深い何かしらの陰謀がありそうだ。


 情報が足りない上に、寝不足でまともに働かない頭で考えたところで答えなど出るはずもなく、早々に思考を放棄してレーヴェは起き上がった。

 兵舎の食堂で朝食を取って、部屋に戻って支度をする。隊服に着替えたら髪を整え、右耳に通信魔法が刻んであるピアスを、左耳にアルクとの誓いのピアスとティカが防御の魔法を籠めたイヤーカフを。首にはオーガストとの結婚指輪を通したチェーンをかける。指に付けていたら、手袋を外した際に一緒に外れてしまい失いかけた。非常に怖かったのでそれ以降、仕事中はネックレスにしている。

 服の下にしっかりと隠してから、レーヴェは部屋を出た。


****


 王城に着いて隊室へと向かっていたら、ちょうどティカもやってきたところだった。彼女の出勤時間としてはだいぶ早い。

 不審に思い眉を顰めると、彼女は不服そうに半眼になって駆け寄ってきた。


「おはよ。人の顔を見るなり、その不審そうな顔はなんだよ」

「はよう。お前がこんな時間に出勤なんて不審がるに決まってんだろ。何企んでやがる」

「まだ旦那帰ってきてないんだよ。寂しいから早く来ただけ。

 あ、でもちょうどよかった。良い報告を一つ」

「ほう」


 共に並んで歩いて行きながら不機嫌の表情から一転、上機嫌に笑ってティカは指を立ててくるくると回す。本当に良い報告の時の無意識の癖を見て、内心の警戒度を下げた。彼女は良い報告と言いながら悪い報告をしてくるときがある。


「売り込みに来てた冒険者、もう来ないよ。昨日、城門の前で絡まれたから、オレがシメといた」


 本当に朗報だった。思わず目を丸くして見下ろせば、彼女は自慢げに笑ってピースする。


「冒険者ギルド経由で昨日のうちに契約解除したって連絡が来た。反省した本人の謝罪付きで」

「お前にシメられたらそうなるだろうな。怪我はさせてねぇな?」

「当然。魔法を唱えられない呪い……になるのかな? そんな感じのを”囁いて”おいた。最悪でも今日の朝には解けてるよ」


 ふははは。と笑う彼女の目は笑っておらず、冒険者の事を許していない事がよく分かる。ここまで怒る事は滅多にないので、あの冒険者の女は逆鱗に触れたのだろう。内容を問う事はせずにレーヴェは相槌を打っておいた。


「あ、あとね。模様替えしたから部屋見たらびっくりすると思う」

「模様替え?」

「そ。簡易キッチンとか冷蔵庫とか入れて、ここでも飲み物飲めるようにしといた」

「そりゃ助かるな。しかし、金はどこから出た?」


 耐えてくれと言っていた第一騎士団の副団長からだとすると、団長経由でも無い限り第二につつかれる隙を与えたことになる。それを狙ってかもしれないが面倒臭いなと眉を顰めていると、ティカは少し遠い目をして答える。


「パルスート伯爵……」

「ジェルク様か……」


 アルクの兄にして現パルスート伯爵家当主。ブラコンで構いたがりの彼は、アルクとついでにレーヴェが疲労困憊の様子に気を揉んで、何か欲しい物がないかを問い、お見舞いか差し入れとして贈ってきたのだろう。

 アルクとレーヴェは遠慮して受け取らないが、ニールは元先輩という気安さもあって遠慮無く受け取る。そうして昨日のうちに設置されたのだと予想した。ティカに確認を取ればその通りだと頷かれて、少し重い溜め息を落とす。

 パルスートの血筋は身内と認めた者には非常に構いたがりになる。きちんとこちらの意思を見せれば止まるので、彼らなりのコミュニケーション方法なのだろうと今では納得しているが、騎士団に入る前は非常に困ったものだ。

 手紙か、あるいは体調が戻った頃にアルクと一緒に顔を見せに行くのが一番か。物品での返礼より、言葉か顔を合わせるほうが喜ぶのだから、こちらとしては返し足りない気持ちになる。こんな平民の顔を見たところで何一つ得はしないだろうに。


 今後の事を考えながら歩けば隊室まですぐだ。

 鍵を開けようとしたら、もう既に中で人の気配がした。オーガストかアルクが先に来ていたようだ。

 朝の挨拶をしながら開けて、様変わりしている部屋の様子に動きを止めた。後ろでティカが悪戯が成功したかのように楽しげに声を上げて笑う。


 執務机と資料棚がなくなり、ソファとローテーブルが置いてある。左奥の壁側には本棚があったが撤去され、シンクと卓上コンロが見えた。左側にはティカの身長と同じくらいの高さの冷蔵庫があった。冷蔵庫の前、壁に沿って棚があるが今はまだ何も無い。

 真ん中の作戦会議用の大テーブルはそのままだ。その大テーブルの前にオーガストが立って、こちらを振り返っている。


「おはよう、レーヴェさん。ティカさんもおはようございます」

「おはよー」


 大テーブルにはいくつか箱があり、彼女はその中身を取り出しているところだった。

 レーヴェの脇をすり抜けて中に入ったティカも手に取る。ティーカップ一式のようだ。貴族御用達の繊細な物は来客用だなと感想を抱きつつ、部屋に入って見回す。


「……模様替えじゃなくて、大改装じゃねぇか。俺の机どこに置いた」


 団長室の物ほどでは無いにしろ、それなりに大きな机だ。そう簡単に隠せはしない。どこにもないとなると。


「はい。隣の倉庫に移しました。レーヴェさんとアルクさんの執務室兼、休憩室です」


 スッと倉庫へとレーヴェが顔を向けたのを見たオーガストが少し弾んだ声で説明する。褒めてほしい子供のような声音に、ティカではなく彼女が考えて作ってくれた避難場所のようだ。

 昨日いたメンバーとニールの友人の第一騎士団の団員と一緒にこの大改装を行ったという。

 ティカの報告にあった遊びの内容までは聞いていなかったが、これを行っていたのか。遊びとは。

 ドアには遊撃隊以外立ち入り禁止の札が掛かっている。これなら邪魔な冒険者達がやってきても入る事は出来ない。


「おはよーございまーす。って、なんだこれ!?」

「お。リューさんおはよー。模様替えしました!」

「模様替えとは!? これ大改装でしょ!!」


 入って来たリュートが朝だというのにギャンギャンと騒ぐ。寝不足の頭に響いたので眉を寄せて、おざなりな朝の挨拶をしておいてオーガストが作ってくれた執務室へと向かった。

 ドアを開ければ、目の前にはローテーブルを間に向かい合って設置されてるソファ。そこから左へ視線を動かせば、今まで使っていた資料棚と空っぽの本棚が壁沿いに設置されている。一歩中に入って、更に左を見れば執務机が二つ、自分のものと真新しいものが直角になるように置かれていた。

 自分の執務机の後ろに衝立があるのが気になり、歩み寄って覗き込んで、レーヴェは言葉を無くした。


「………………は?」


 寝ぼけているのだろうかと目を閉じ、眉間を揉んでからもう一度確認する。

 大人が二人寝ても余裕がありそうな大きなベッドがある。枕は二つ。カーテンは分厚く日光を通していないので、部屋の明かりさえ消せばそのまま眠れそうな暗さになる。


「…………。」


 枕元には小さなサイドテーブルとランプがあった。点ければ部屋の明かりを消しても程よい明るさになるだろう。

 溜め息をついて眉間をもう一度揉み、一度部屋を出る。


「愛の巣じゃんっ!!!」


 出た途端にリュートの叫びが耳を刺し、頭痛に眉を顰めた。その後に言葉を理解して、眉間を揉みながら溜め息をつく。

 確かにレーヴェも一瞬思った。レーヴェとオーガストの第二の愛の巣ではないかと。あるいは、アルクとの仕事部屋でもあるからアルクとの愛の巣とでも思ったか。ふざけるな。


「るっせぇ」


 声が大きくてうるさいのと、子供みたいに騒ぐなと言う意味も込めてリュートに歩み寄り腹に一撃入れておく。鍛えているし、本人も一撃入れられるとわかっていたか腹筋に力を入れたのでダメージは小さそうだ。

 出勤時間になったのでバラバラと仲間達が集ってくる。リュート以外で昨日居なかったのはアルクで、彼も部屋の様子に珍しく目を丸くしていた。


「これは……レーヴェの指示か?」

「いや、オーガストだ。そっちに執務室作ってくれた」

「そうか。これなら気兼ねなくオーガストといちゃつけるな」

「は……」


 何を言っているんだと見上げれば、相棒は曇り無き眼で見下ろしてくる。二人だけの時間が作れて良かったなと表情で語られて、自分の中ですとんと何かの重しが落ちた。たぶん、理性だとかいうもの。


「朝礼は俺がやろう。三時間ぐらいでいいな?」

「頼んだ」


 オーガストは、ティカと一緒に取り出した食器を洗い、拭き上げて棚へと移す作業をしていた。そこにヴァスクとニールも加わっているので、彼女一人が抜けても問題ない。


「オーガスト。執務室に来てくれ」

「あ、はい」


 彼女を執務室へと呼び出す。リュートとアブリスの生ぬるい視線も今は気にならない。三時間後の自分は羞恥で頭を抱えるかもしれないが、今はそんな事を気にしている余裕はない。

 オーガストが来る前に手袋を外し、ピアス類を外してすべて執務机に。夏の間だけ付ける、上着代わりの丈の短いマントを外して椅子の背もたれに掛け、ズボンのベルトを外したところで彼女が入って来た。


「えっ」

「――エリー」


 シャツのボタンを二つゆるめ、首のネックレスを外しながら、出入り口で硬直する彼女を愛称で呼ぶ。声が思いがけず甘くなったのは、もうだいぶ眠いからだ。

 指輪を手に取り、チェーンは机へ。指輪は左手の薬指に嵌めて、顔を赤くしていくオーガストへ差し出す。


「エリヴィラ。来てくれ」


 本名を呼ばれて、ひょぉっと彼女の喉から音が漏れる。クール系美人だが、その実乙女で、可愛い事を知っている。

 逃げようとした彼女の背を高さの違う二つの手が押して部屋に押し込んだ。高いほうにある手がドアノブを掴み、小さいほうの手がひらひらと別れを告げる。パタンと音を立てて閉められ、ご丁寧にも鍵が掛けられた。

 中から開けられるが、オーガストはドアを恥ずかしそうに睨んだ後に、レーヴェも睨んでくる。顎を少し引いて恥ずかしそうに睨む彼女は、この極度の眠気がなければ違う欲求が出てきそうなほどに可愛い。


「何もしねぇ。ただエリーと寝たい」


 安心させるために微笑み、差し出した手で手招きした。

 彼女は警戒しながら近付いてくる。身長はレーヴェよりも少し高いが、小動物のようでとても可愛い。


「寝るだけですからね」

「分かってる」


 目の前まで来たところで釘を刺すオーガストに深く頷く。おそらくティカが防音を掛けていそうだが、流石にこんな場所で事に及んだりはしない。

 少し安心したか彼女はマントを外し、耳のピアスを外した。レーヴェと同じくネックレスにしている指輪を付け直そうとしたので、その手から指輪を取って、彼女の左手を掬う。動きを止めた隙に薬指に指輪を嵌めて、持ち上げて口付けた。

 手を離さず口元に当てたまま、目だけを彼女に向ければ、首まで真っ赤にして右手の甲を口に当てて震えている愛しの妻。結婚して三年は経つのに、未だに初心な反応をしてくれる。可愛くて仕方がない。

 きっと自分はいま意地悪な笑顔だろう。口角が非常に上がっているのを感じる。


「さぁ、寝るぞ」

「~~っ、はいっ!」


 やけっぱちな返事をしたオーガストの手を引いてベッドへと向かう。

 靴を脱いで揃えてから畳まれたタオルケットを広げベッドに転がれば、彼女も隣にやってくる。被ったタオルケットをかけて、そのまま彼女を抱きしめた。そこから位置をずらして胸に顔を埋めると硬い感触。気に入らない。


「ちょっと! レーヴェさん!?」

「邪魔なもんとるだけ」


 少し身を離してシャツをたくし上げ、服の裾から手を突っ込むと肘を掴まれた。しかし彼女の腕力程度で止められるほど弱くはない。気にせずに胸を押さえつけている下着の紐を解いて解放した。戦闘職の女性は激しく動き回るために通常のブラでは揺れて痛いため、押さえつける下着を着ける。防具の役目もあるのでわりと硬めだ。おかげで抱きしめたときの感触が非常に悪い。

 まだ硬めだが先ほどよりも柔らかくなった胸に顔を埋め、腕はそのまま背中に回して目を閉じた。頭の上で諦めたように溜め息が聞こえ、柔らかく髪を梳かれる。


「おやすみなさい、レーヴェさん」


 優しい声に返事をしたつもりだが、意識はそのまま落ちたので自分の声は聞こえなかった。


妻にぞっこんラブ。

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