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遊撃隊『牙』の回想録  作者: 姫崎ととら
竜騎士と学者と囁きの魔女(遊撃隊結成七年目)
10/55

遊撃隊執務室兼隊員待機室大改装作戦

略して遊撃隊隊室。

 ティカが城門で冒険者に絡まれているよりも少し早い時間。


「おはようございます!」


 手に昨日大雑把に練った大改装計画の図案を持って、元気よくオーガストは隊室のドアを開いた。


「え、あれ? おはよう。オーガスト、休みじゃなかった?」

「ええ、休みですけど、今日は皆さんの力を借りたくて来ました!」


 レーヴェが休みだとオーガストも休みだ。今日はアルクも休みで、作業するのにちょうどいい。

 基本的に遊撃隊は有事がなければ暇で、朝礼で連絡事項を確認したら各々訓練に向かう。朝礼直後を狙って来たのでまだ隊員はいた。

 頼み事と聞いて、不思議そうながらも今日出勤のメンバーが集まってくる。ニール、アブリス、ヴァスクの三人。作戦会議にも使う真ん中の大テーブルに、オーガストは図案と必要備品を書いた紙を広げた。


「昨日、ティカさんからヒントを貰って、隣の倉庫に二人の執務室兼、休憩室を作る事にしました!!!」


 遊撃隊の隊員達は支給品の武器を使わないため、各々の武器の予備を置く場所が必要だろうと専用の倉庫を用意されていた。しかし、みな武器が壊れたら城下町の冒険者御用達の武器屋で買うし、整備もこちらで頼んでいるため、倉庫は空っぽなのである。

 都合が良いことに倉庫は隊室からしか入れないようになっているため、入口に『隊員以外立ち入り禁止』の札でも下げておけば誰も入ってこないだろう。それでも入って来た者は、常識がなっておらず信用が出来ないとして王城から追い出すことが出来る。


「なるほど。ありですね」

「あー! 確かにそうすれば良かった!」

「私たちもイチャイチャ見せられずにすむし、良い案だね」


 気合いを入れているオーガストの勢いにやや気圧されたようだが、全員が名案だと納得し、図案を見て、必要備品を確認する。


「まずは掃除ですよね。掃除用具借りてきます!」

「僕も行きましょう」

「じゃあ、ベッドの手配だね」

「それはティカさんに衝立と一緒にお願いしました。

 ニール、あの端の本棚の本を抜くために、まずはこの大テーブルを端に移しましょう」

「あー、そういえばそこ、なんか洗面台かなんかの設備跡があったねぇ。了解」


 騎士団の文官達が働く三階建ての建物。その一階の一番端。少々日当たりの悪い場所にある部屋を遊撃隊の隊室として与えられた。

 元々は文官達の仮眠室だったようだが、誰もここまで来て仮眠せずに各部屋のソファで寝ていたそうだ。端には洗面台もあったようだが全部撤去され、執務机と椅子だけがあった。そこから本棚を増やし、ソファを増やし、テーブルを増やして使いやすくしていった。

 ここに来る前に団長室に向かい、排水用のパイプが通っているならキッチンでも何でも設置して良いと許可を得てきた。流石にキッチンの手配まではすぐに出来ないので後日になるが、広さをどれだけ取れるか測る必要はある。

 執務机を運ぶ邪魔にもなるので、色々と家具を二人で端に持っていく。女性でも二人とも身体強化が使えるので余裕で動かせた。


「借りてきました。掃除開始しますね!」

「はい、お願いします!」


 ヴァスクとアブリスが戻ってきて、隣の倉庫に入っていく。明かりはまだ付けていなかったが、窓が大きいのでカーテンを開ければ明るさは充分だった。アブリスがカーテンを外して交換してもらえるかリネン室に聞いてくると出て行った。


「はぁい! ティカちゃん運送でーす! ベッドと衝立をお届けに来ましたー!」

「ティカさん!? 早いですね!」


 入れ違いに、いつもよりも遅いが想定よりも早い時間にティカが隊室にやってきたので、本を移動させていたオーガストは時計と彼女へ交互に視線を向けてしまった。

 店が開くのはおそらくあと二時間後なので、彼女が来るのは昼直前か、後だと思っていた。聞けば、買いに行くために職人街である西通りに向かったら、シリカの店のオーナーに会い、少し話した結果、店にある家具を一式格安で譲ってくれたそうだ。

 【遊ぶ子猫亭】は食堂兼酒場として営業しているが、宿屋の施設も併設している。ただ職人達は自分たちの工房に戻るのであまり利用者はおらず、宝の持ち腐れ状態らしい。使われずにカビていくよりは有効活用してほしいとの事でタダで譲られそうになり、癒着と疑われても困るのでとお金を払い、領収書を切ってもらったという。

 ダブルベッド一式(替えのシーツ×2、枕カバー×2、タオルケット付き)、衝立、ソファ、小さなサイドテーブルとランプ。


「……あの。これだけのものに対して、金額が安い気がするんですが」

「ベッドと衝立だけだからと思ってたから、オレの手持ちが足りなかった。それ今日の全財産」


 早めにお金ちょうだい。と言われ、すぐに金額に手間賃を追加して渡す。今すぐに渡されるとは思っていなかったか、ティカは少し驚きながらきっちりと手間賃だけ返して、金を受け取った。


「それで、掃除まだ終わってない感じ?」

「はい。今始めたばかりです」


 部屋の様子と隣からひょこりと顔を出したヴァスクの様子を見て、ティカが首を傾げる。申し訳なく眉を下げながら頷けば、彼女は気にしないでと笑って倉庫へと向かった。


「ああ、ここまで空っぽなら出来るね。ヴァスさん、ちょっと部屋から出て」


 ちょうど掃除を始めようとしたヴァスクを外に出したので、一体何をするつもりなのか気になって倉庫に向かう。ニールも作業の手を止めてやってきた。


「《略式――私が紡ぎ、私が織り、私が成す》」


 【最初の定義】に目を丸くする。ティカは【創造詩】を使うつもりらしいが、どんな魔法を使うのか見当が付かない。


「《この部屋のすべてのゴミ、汚れよ。窓から外へ出て行け》」


 部屋の入口に立った彼女が詠唱を唱えた途端、ザザッと音が聞こえ始めた。次の瞬間、起きた現象に誰もがぎょっと目を疑い、ティカは「うげぇ。やっぱこうなるか……」と嫌そうな声を上げた。

 ヴァスクが開け放ったのだろう窓から外へ、黒い靄のようなものが一斉に這って出て行く。擦れる音も相まって、例えるなら小さな虫の大軍が動いているようだ。

 しばらく動いていた黒い靄はやがて消えて、音も止む。


「《おしまい》」


 汚れは全部出て行ったと見て、ティカは一応魔法を終わらせた。銀色に光っていた目が元の紺へと戻る。

 部屋は新築と変わりないほどに綺麗になっており、ヴァスクが感嘆の声を上げた。


「便利ですね。こっちの部屋もやっちゃいません?」

「家具の下のゴミが家具を押し上げて動いたり、本棚の隙間の埃とかが本を押しのけて動くから、辞めといたほうが良いと思う」

「それは危険だ。辞めましょう」


 ヴァスクに隣の部屋の掃除も頼まれるも、ティカは深刻な顔をして首を振る。先ほども見た事があるような発言をしていたが、一度試して危険な目に合っているようだ。

 ともあれ掃除は終わったので、ティカが買ってきた家具をまず設置していく。オーガストが指示を出している間、ヴァスクには代わりに本棚から本を出す作業を頼んだ。

 窓側にサイドテーブルを置き、ランプを設置。その隣にベッドを置いて、衝立で入口からベッドが見えないようにする。空っぽになった本棚を衝立の前、壁に沿って置いて、衝立を背にして執務机も設置。奥が休憩スペースになるようなイメージで置いた。

 なお、これらの作業はティカが物の重さを【創造詩】で軽くしてくれたので楽に出来た。


「お昼休憩したーい」

「あ、そうですね。食堂に行きましょうか」


 その分、彼女の負担は大きかったようで、疲れた様子で挙手して進言してきた。そんなに時間が経ったような気がしていなかったが、時計を見ると昼には少し早いほどの時間になっている。あれこれ細かい物を移動させていたらあっという間に三時間は過ぎていたようだ。

 混み合うのは好まないので、設置作業中に戻ってきたアブリスも含めて全員で部屋を出る。鍵を掛け、ドアに昼休憩の札を掛けた。


****


 昼食を終え、作業を続けているとドアがノックされた。途端に警戒を走らせたが、続いた声に警戒を解く。


「第一騎士団所属、城門警備部隊のリックです。パルスートよりティカさんへ伝言があり、参りました」

「リックさんだー」


 知人なのかティカがのんきな声を上げて扉に駆け寄り、扉を開いた。立っていたのは第一騎士団の制服を着た、礼儀正しそうな青髪の青年だ。手には大きな紙袋を持っており、ティカに差し出した。覗き込んだティカは歓声を上げる。


「お菓子の匂いがする! たぶんドーナツです!」

「それは僕とポットからの差し入れ。ティカさんがよく持って来てるからさ、先輩に美味しい店聞いて買ってきた。

 伝言は「最近の遊撃隊の状態を聞いて少し心配している。自分の尺度で差し入れをすると負担になるだろうから、欲しい物を遠慮無く教えてほしい」とのことです」

「……なるほど。オレ経由でアルクへの伝言だね」


 どうしようかと振り返ったティカにつられて、リックも部屋の中を見る。大改装している様子に彼は目を丸くした。


「これは……」

「あんまりにも隊室に冒険者が入ってくるから、隣の倉庫を執務室兼、休憩室に改良中なんだ」

「お見苦しいところをご覧に入れて申し訳ありません」

「ああ、いえ。お気になさらず。むしろ、作業中にやってきて申し訳ありません。差し入れをしても良いか聞くべきでした」


 ティカの説明に被せ、オーガストは頭を下げる。同じ騎士団とはいえ第一騎士団に所属している以上、伯爵家の子息だ。ティカは立場上気安く接する事が出来るが、こちらはそうはいかない。ヴァスクとアブリスが大慌てで座る場所を作っている。


「リック。パルスート先輩は何でも欲しい物を用意してくれるって?」

「うん」


 三人が慌てている様子が見えているはずなのに気にせず、かなり気軽にニールが話しかけるので止めそうになったが、彼女は第一騎士団にいたのでリックとも知り合いなのだろうと思い直した。

 ニールが手招きをするので、リックは一礼をしてから入って来て彼女の隣に行く。ニールは必要な備品リストを彼に差し出した。


「……応接セットと、簡易キッチンと冷蔵庫ね。料理設備が必要なら、隣の部屋が空いてるから小さな厨房ぐらいなら作ってくれると思うよ」

「そこまでは要らない。冷蔵庫とシンクと卓上コンロとただの棚でいい」

「第一の人たちは気にしないだろうけど、平民はお茶飲むのにメイドを呼ぶのは気が引けるんだよー。自分たちで用意するもんなの」

「そういうものなのか。淹れてもらったほうが美味しいと思うけど……文化の違いだね。了解した。この棚は、茶葉や食器を置くためのものという理解で良いかな?」

「うん」

「頑丈で簡素なものね。貴族感覚で派手なのやめてね」

「んー。その感覚は使用人に聞いたほうが良いかな。欲しい大きさの詳細書いてくれる?」

「ティカと測るからあんたがメモして」

「わかった」


 ニールとリックの会話にティカもさらっと混じる。三人の会話を聞きながら、これはもしや、おいおい揃えようと思っていた備品を一気に送られる流れかとやっと察した。

 メモは私がと言う事も出来ず、ひとまずティカからドーナツを受け取ってテーブルに置いて、見守るしか出来ない。

 オーガストが心労で胃が痛くなっているというのに、ニールとティカはアブリスとヴァスクも巻き込んで希望の大きさを相談し始めた。


「一番使うのはオーガストさんでは?」

「それもそうか。オーガスト、あなたの希望は?」

「あああ、今行きます!」


 アブリスが気付いたことで、結局オーガストも巻き込まれた。

 オーガストは女性の平均身長よりも高いので、彼女を基準とするとだいぶ高くなりそうだったが、ニールとは差が数センチ。ヴァスクはもう少し低いが、高すぎて困ると言うことにもならない。一番困るのは差が二十センチ近くあるティカだ。


「オレは浮けるから別に気にしなくて良いよー」


 迷っているとティカが笑いながら浮き上がったので、気にしないことにした。

 では、と自分の使いやすい高さを手で示す。


「そうそう。副団長から「噂の根源を突き止めるまで、もう少し耐えてくれ」っていう伝言もあるんだ」


 サイズを測っているところで、世間話の一つだと言わんばかりにリックから放り込まれた伝言に、全員の動きが止まった。

 笑う彼は視線だけで出入り口を示す。誰かに聞かれないために、部屋の奥で言ったのだと示されて、真っ先にニールが息を吐いた。


「あそこのドーナツなら最初に言え!!! オーガスト、メイド呼んで! 人数分の紅茶!」

「は、はい!」


 もし外に誰かがいたら、中の声が途絶えたことに違和感を感じるかもしれない。そう思ってのニールの機転だろう。本当に呼んで。と小声でニールに頼まれ、急いで専属メイドへ繋ぎ、紅茶を人数分お願いする。


「あっはっはー。ティカさんに受け取らせたキミの落ち度だねー」

「うるさい! ほら、メイドが来るまでに飲める程度には片付けるよ!」

「わ、わかりました!」

「了解です」

「はいなー!」


 オーガストがお願いしている間にニールは他のメンバーを動かし、自然と作業を再開した。

 とっさの機転はやはり彼女達の方がよく利く。

ドーナツは皆で美味しく食べました。


翌日それを知った甘党のアルク「え……俺の分は?」

ニール「あるわけないじゃん」

アルク「……太るぞ」

ニール「前衛職舐めないでくれる?」

アルク・ニール「「…………。(ゴゴゴゴゴ……」」

ティカ「喧嘩すなー。買いに行くからさー。リューさんが」

リュート「俺かよ!!!」

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