白魔道士は頼らない
いつも通り、適当に始めました。よろしくお願いします。
(――どう、しろと)
現状を理解しようとした脳が一瞬だけ現実を拒否した。
脳は拒否をしていても体は勝手に動いて、後方から魔法を叩き込んでいる。その時に抜ける魔力の流れでやっと脳が動き出した。
この場で一番権限を持っているのは彼――レーヴェだ。自分が混乱して指揮を取り損ねれば、最悪全員が死ぬ。
目の前はアンデッドの群れ。腐りきって骨が出てるようなヤツもいるが、自分たちと同じ制服を着たヤツも十体は見える。倒れ伏した者も動き出せばもっと増える。
味方の連携などは崩れてしまっているが、何とか持ち堪えていて、逃げ出した者がいないことだけが救いだ。いや、逃げようとした瞬間に殺されてこちらには見えていないだけかもしれない。
「《精霊の息吹、奇跡は我が体を通し、世界へと顕現せん。民を癒やす力を貸したまえ。
癒やしの風!!》」
崩れかけた前線を支えるために、前線の一人を対象として、その周辺の者だけを回復する魔法を放つ。その後、陣を踏んだ者の体力を取り戻し、アンデッド相手なら相手の動きを鈍らせる結界を張った。
ひとまず森の中で戦おうとしているのが非常に不味い。彼がいる街道までせめて騎士だけでも下がらせなければならない。
「体勢を立て直す! 陣まで総員後退!」
声を張り上げ、指示を飛ばす。彼の声に応え、各々が森から出てきて円状の陣まで下がってきた。その間にレーヴェはごそっと持って行かれた魔力をポーションで回復する。
決して、見栄を張り、騎士達や自分の実力を過大評価したわけではない。
西の街道沿いの森の中。アンデッドが徘徊していると通報を受けて、街道の封鎖と共に事前調査を行った。そこで報告された敵の数を鑑み、現状の騎士達の練度を見て、上司とも相談して「この戦力で大丈夫だ」と判断しての行動だ。
ただ、その事前調査が甘かったのと、いつまで経っても昇格できずに腐っていた傲慢な年かさの騎士達が無茶な特攻を仕掛けて全滅したせいで、アンデッドの数が増えた。
(……最悪は、俺以外の全滅。最高は、現時点からの脱落者ゼロの全員帰還。及第点は半数の帰還。
俺がちょい無理すりゃ、九割帰還はいけるか)
これが遠方ならば、動ける者だけで一度引き返すと同時に、自分の所属する小隊を召喚して改めて討伐に向かった。
しかし、ポーションを飲んで落ち着いてしまえば、この程度は残存する戦力で対処可能であると判断出来てしまった。動けない者が何人か出ても、馬車でも二時間程度で辿り着ける距離だ。乗ってきた馬車で帰れる。だからこそ、練度の低い者たちの訓練を兼ねての討伐となったが、まさかこうなるとは想定していなかった。
飲み干したポーションの瓶を再び腰に差し直し――瓶の加工は面倒なので極力割るなと錬金術師に言われている――杖を手に前線、一番傷ついている中央部へと駆ける。
「円陣回復!」
無詠唱の中で最大回復力を誇る、自分を中心とした円状の回復魔法を放った。回復力が高いのだが、生物ならば魔物でさえ回復させてしまうので使いどころが難しい魔法でも、アンデッド相手ならば問題なく放てる。範囲に入っていたアンデッドが何体か崩れたのを視界の端に収めつつ、右へと杖を向ける。
「蒼き清浄の花! もいっちょ蒼き清浄の花!」
無詠唱の範囲回復魔法を右の陣営へ送った後、即座に反対の左側にも同じ魔法を放つ。
広範囲の呪いを解く浄化の魔法のため傷はあまり回復しないが、アンデッドから放たれる瘴気を吸い込んだり、傷を受けることで発生する呪いの方が厄介だ。
最初に全滅したのだって彼の指示を無視して突っ込んでいって瘴気を吸い、動けなくなったところを一人に対して三体ぐらいに襲いかかられたからだ。白魔道士の彼と魔本士が二人がかりで順番に加護をかけていたというのに、軽視するからこうなる。
動きの鈍っていた騎士達だが、従来通りの動きが出来れば、アンデッド如きに後れを取るようなことはない。同じ制服のヤツとは戦いにくそうなので、近付きすぎる前に浄化魔法で頭を吹き飛ばしておく。
(このまま回復し続けて、ついでに浄化魔法もぶち込めば……最悪は免れるな)
ポーションの連続飲用は身体にかなりの負荷を掛けるので、再使用には最低でも二分、できれば四分待てと錬金術師達には再三言われているが、知ったことかと二つ目の瓶のキャップを親指で弾いて躊躇いなく飲んだ。
どうせここで出し惜しんで怪我をしても入院は確定だ。それなら、入院患者数を減らせるようにした方が良い。
「《精霊の息吹は広がり、民の――》」
――フォンフォン――
レーヴェの回復魔法の詠唱に重ねるように、耳元で独特の音が鳴る。耳に付けた通信機だ。
無視も出来るが集中が途切れたので詠唱はやり直しになった。大した戦場ではないと言ってあるため、ここで無視を続けては相手に不信感を抱かせると判断して、舌打ちをして耳に指を当てて通信を受け取ることにする。
「ンだよ! こっちは戦闘中――」
『《私が語るは虚構の言葉。誰かの言葉。誰かの戯れ言》』
苛立ち混じりで文句を叩きつけようとしたら、聞こえてきたのは詠唱。思わず息を飲んだ。
『《されど分解し、再構築し、開放すれば、すべて私の言葉。
私が紡ぎ、私が織り、私が成す》』
それは彼女の魔法に大切な【最初の定義】。
頭の硬いと自称する彼女は、魔法使いなら最初に習うような簡単な明かりを点す魔法ですら、一度分解し、原理を理解し、自己流にしなければ使うことが出来ない。
そして【最初の定義】を自分以外の誰かに聞かせなければ、いかなる魔法も放つことが出来ない制約を持つ。
逆に言えば。
【最初の定義】が届いたと彼女が確信し、確かに聞いた『誰か』がそこに居るのなら。
彼女の魔法はどこまでも届く。
まるで、どこまでも旅を続ける、風のように。
『《連れて行くは、剣を手に己が身を盾とし前線を駆ける騎士。その身を槍とし宙を駆ける騎士。魔の手を隔てる壁を作る魔本の使い手。破壊の魔法を描き穿つ者。破壊の獣を喚び出す魔本の使い手。闇に紛れ地を駆ける忍ぶ者。そして私》』
「ッ!!」
前線から大慌てで下がり、転移陣を張っても問題の無い場所へを移動する。敗走したとも見えるような必死さだっただろうが、彼を中心にして七つの円を有する魔法陣が浮かび上がったのを見れば違うと誰もが分かっただろう。
『《風より速く。音より速く。光すら超えて。友の窮地へ、駆けつけん!!》』
こちらの様子を見ていたとしか思えないようなタイミングで、彼女――世界で初の魔法【創造詩】を操る唯一の職業【創造士】は、楽しげな声で呪文を発動させた。
馬車でも二時間、馬なら一時間から一時間半。人の足ではもっと遅いが、五時間以内には着くような距離。遠くはないが、近くもない。
元から魔法陣を張ってある場所や、目視できる範囲、あるいはレーヴェ自身が召喚するならばともかく、見えない遠方に居る人間を座標点として、何も無いところへと召喚する魔法など、彼女以外に発動できまい。
しかも自分以外の複数人を連れて。
レーヴェの正面に立つ、槍使いと双剣使いが武器を構えて号令を待つ。
左に立つ紫の宝石が填まった黒い杖を両手に持った魔法使いが微笑みを向けてくる。その反対から飛んできた蒼い光が、体に残っていた呪いを解いた。そちらを見れば右手に本を携えた魔本使いが呆れた顔で見ている。この様子では呪い以外のあれこれもバレただろう。
振り返りたくなくて視線を戦場へと戻せば、両肩にそれぞれ大きさの違う手が乗る。
「クソ……この場の指揮権をアルクに譲渡します」
「拝命します」
もう誤魔化しなんて出来ず。階級的には自分の方が上位ではあるが、戦闘における指揮は右肩に手を置く人物の方が適任のために権利を渡す。
笑いを堪えながらも神妙な声がそれを受け取り、レーヴェの前に出ていった。背が高く大きな背中に背負われた、水の都の所属を示す紋章を付けた白い盾が、左手に握られた。
「ファルガール騎士団、遊撃隊『牙』! これよりアンデッド討伐に参戦する!
リュート、ニールの二人はできるだけ一箇所に纏め、ヴァスクは二人が纏めたアンデッドを焼け! 森は焼くなよ!」
「うぃーす!」「りょーかい!」「善処します~」
指示を受けた三人があっという間に駆けていく。二人は前線の騎士すら跳び越え、森の中に飛び込んだが、ヴァスクだけ先ほどレーヴェが張った陣の中に留まり、自分の魔力を高める陣をその場に描いて魔力を練り始めた。
「『牙』だ! 遊撃隊が来たぞ!!」
暴れ回る槍使いと双剣使いの姿に、前線維持していた騎士達がにわかに沸き立つ。
「はーい、『牙』ですよ~。範囲魔法が来るぞ~」
「森からアンデッドを出せ!」
警告にしてはのんびりとした様子でリュートが言い、具体的な指示をニールが出した。その言葉を裏付けるように、青白い光が木々を縫ってアンデッドへと炸裂し悲鳴を上げさせる。
慌てて森と街道の境から街道の半ばまで騎士達が下がって来た。
「オーガスト、アブリスは癒やしの魔本にて浄化をしつつ、負傷兵の救助」
「了解」「お仕事頑張りましょうか」
左肩に手を置いていた人物と、右側でレーヴェに掛かった呪いを浄化した人物が同じ色の本を手に持って戦場へと駆けていく。魔本から小さな女性型の透明な四枚の羽根を背に持つ妖精を召喚し、アンデッドからにじみ出ている黒い霧を祓いつつ、負傷兵へと癒やしの光を与えていく。
「レーヴェは引き続き陣の維持。ティカは好きにしろ」
「了解」「はいな~」
最後の二人に指示を出して、アルク本人も戦場へと駆けていった。息が切れない程度に走って追いかけ、だいぶ薄れた陣を張り直す。そこは後衛でもあり、一番安全地帯だ。こうなる気はしていたので文句はないが、不満は顔に出る。
呼ぶつもりは全くなかったのだが、向こうから飛び込まれてしまってはレーヴェに為す術など無い。
「なんで分かった」
どうせ彼女が発案者だろうと陣を維持しつつ、隣に立つうっかりすれば子供と見間違う身長の女性へと顔を向ける。すると彼女は楽しげな笑みを浮かべながら、分かったわけじゃない。と首を振った。
「事前偵察をどの時間帯にしたのかがちょっと気になってね。でもオレはお兄ちゃんにその確認をしただけだよ。
あとはお兄ちゃんとリスさんの二人が勝手に色々と調べて、念のために転移してみようって提案されたから、行きたいって人を連れて跳んできただけ」
何も知らなかったし、何かを感じ取ったわけではない。とティカは戦場へと顔を向ける。身長差と彼女自身が日よけとして被っているつばの広い帽子のせいで顔が見えなくなった。
釣られて戦場へと顔を向ける。アルクは自分でもアンデッドを盾で押し込むようにして一箇所に纏めつつ、適宜指示を出している。
心配性の相棒は、ティカの言葉から国に出した報告書を確認したのだろう。日中と夜に二度確認をしたと書いてあったが、実際には日中だけだったし、数も十体前後とあったが、十五体はいた。しかも戦闘で流れる血と魔力に反応して、次々と起きてきた。
そこに老害ならぬ老兵達のアンデッドも加わって、三十以上。こちらは十人減ってしまったが、呪いさえ何とかなるのなら苦ではない。野盗の方が面倒なぐらいだ。
だからレーヴェは自分が多少無理をすれば大丈夫だと判断し、最後の浄化だけ誰かを派遣してもらおうと考えた。
おそらくアルクは報告書の不備に気づき、更に編成した騎士達も調べたのだろう。そして、最悪の事態を想定して跳んできた。もし最悪の事態でなければ、そのまま手伝うなり、近くの村への安否確認なりをするつもりで。
「終わりそうねー」
「そうだな」
ティカの言葉の通り、もう片付きそうだった。
アンデッドは血と生者の魔力の臭いに惹かれる。腕をわざと傷つけたリュートとニールが森を駆け回り、日中のためにまだ起きていないアンデッドを起こして、街道へと案内する。
それを騎士達が一箇所に集まるように攻撃しつつ街道半ばまで引っ張り、ヴァスクが範囲炎魔法できっちりと焼く。
数を数え、頃合いと見てリュートとニールの治療をしたあと、オーガスト、アブリス、連れてきた魔本士が森の中に入った。オーガストとアブリスが奥の方へと向かい、三匹の妖精が広範囲へと浄化をかけていく。
「はっはー。やり過ぎでは?」
「オーガストだけで良かったな」
大きな魔力が流れ、街道まで清浄な空気に包まれて若干ティカが息苦しそうに胸に手を当てた。しかし誤魔化すように笑って森を指さしながらレーヴェを見上げてくるので、見ていないことにして呆れた声を出す。三人分の魔力でこの辺り一帯が聖域並に浄化された。大慌てでヴェスクが魔紋を描いてわざと瘴気を流す。教会を建てるための結界を張る前ならともかく、自然界で突如聖域を作ると、揺り戻しで逆に瘴気の溜まり場になってしまう。
程よいバランスになったところで魔紋を消し、今度は連れてきた魔本士だけで場を均すために軽い浄化をかけて、魔力的な後処理は終了。
レーヴェは陣を消し、安否確認のために整列を言い渡すアルクの下へと歩いて行く。
「レヴェさん。ちょっとは自分のこと、大事にした方が良いよ」
同じように隣を歩きながら、レーヴェにだけ聞こえるように小さな声でティカが言う。笑いで包んでいるが声には僅かに心配の色が滲んでいて、ちらりと彼女へと視線を向けたが、帽子に遮られて表情は分からない。よほど顔色が悪いか、悪かったのかと片手で口元を隠してみたが、彼女は溜め息をついてレーヴェのマントの汚れを払うように軽く手を動かした。腰のポーションホルダーがある辺りだ。二本の空瓶に気付かれないようマントで隠したのだが、彼女の身長だと見えるのだろう。
魔力値がそこそこ高いレーヴェがポーションを二本を飲むのは、それだけ無茶をした証でもある。
「お前にだけは言われたくねぇ」
だが謝罪も反省もする気は無いと拒絶する。小隊の中で最も無茶をして、代償によくベッドの住民になっている彼女だからこその忠告だとわかっているからこそ、その心配を受け取るわけにはいかない。
「お前がもっと自分を大事にするなら、俺も見習ってやるよ」
「……これでも大事にしてるんだけどにゃ~」
逆にお前こそ気を付けろと忠告してやれば、ティカは降参を示すように両手を軽く上げて笑った。よく笑う女だ。
アルクに近付けば、彼女はパタパタと軽く駆けて遊撃隊の一番後ろへと回った。彼女が列に加わったのを確認して、アルクを筆頭に遊撃隊のメンバーがレーヴェへと敬礼を取る。
「レーヴェ様。先発隊の生存者二十二名、後発隊の生存者七名。計二十九名、全員治療済み。
戦死者は十三名。すべて火葬済み。
以上の報告を以て戦闘終了を宣言し、レーヴェ様に指揮権をお返しいたします」
「ご苦労」
同い年で幼馴染みの彼に敬礼を取られるのはいつまで経っても慣れないが、感情を隠すことには慣れた。上司としての顔で受け取り、労って改めて連れてきた騎士達へ顔を向けて命令を下す。
「では、各自警戒をしつつ、遺品、遺骨を拾え。魔本士三名、黒魔道士は街道の整備後、拾いきれない遺骨を森の土に還せ。
拾った遺骨は共同墓地へと納める。命を落とした騎士達の遺品は持ち主が分かるようにしておいてくれ」
了承の声と敬礼が返され、騎士達が散る。遊撃隊も同じように散ったが、アルクだけは残った。
「レーヴェ。返却には俺も」
「俺の仕事だ。お前は代わりに書類を片付けといてくれ」
周りに人が居ないため、部下としてではなく幼馴染みとして声を掛けてきたアルクの言葉を遮る。アルクの表情は他人が見れば無表情に見えるが、これはこちらを気遣っている時の顔だ。
自滅したとは言え、遺族には事情の説明と遺品を返さねばならない。その説明には連れて行った自分と命令を下した上司で回ることになる。なかなかの問題児のため結婚もしていない者ばかりだが、誰かの息子ではある。どんな問題児も愛している者は存在し、泣かれたり恨み言をもらったりもする。それらを受け止めるのが命を預かる隊長としての責務だ。だから、幼馴染みを押しのけてレーヴェがこの地位に居る。
まだ何か言いたそうに口を中途半端に開けていたアルクは、レーヴェの意志が硬いとみると口を閉ざして僅かに顔をしかめながら俯いた。心優しい幼馴染みは、人が傷つくことを厭い、よく肩代わりをしようとする。だがレーヴェもアルクが傷つくのが嫌だからやっているだけだ。もしアルク以外に代わってくれる人が居るというのなら、喜んで代わってもらう。
「アルク」
手袋を外し、自分よりも高い位置にある頭を撫でてやる。ふわふわとした紺の髪に指を通し、戦闘で乱れた髪を整えた。式典以外では上げない前髪も整えれば、いつも通りの美丈夫だ。
頬に付いた泥か返り血か、汚れを親指で拭って、顔を上げさせて微笑んでみせる。
「お前は矢面に立つべきじゃねぇ。遊撃隊の名の通り、自由に動き回れ。それが俺の望みだ」
「レーヴェ……」
騎士団も一枚岩ではない。貴族出身が多い第一・第二騎士団と平民出身が多い第三騎士団で確執がある上に、異質な能力を持つ者ばかりが集められた遊撃隊は風当たりが強い。ひとたび戦場へ出れば、各々が一騎当千の働きを見せるからだ。戦功を上げたい騎士達にしてみれば、団の規律に縛られず自由に戦う彼らは邪魔に映るだろう。実際には規律違反で反省文のうえに様々な罰則を受けているのだが、裏方のことは見えまい。
その中でも、貴族の次男坊として育てられながらも第三騎士団に望んで入ったアルクは、第三騎士団内でも疎まれている。陰口は絶え間なく。聞こえる度に潰しているが、遊撃隊が目立てば目立つだけ生まれていく。
「だが、その分お前の自由が減っては意味が無い」
アルクは汚れたレーヴェの手を取り、自分のマントで拭いた後に離し、自分も手袋を取ってレーヴェの頭に手を置いた。整えていく手を好きにさせながら、彼は苦笑するしか出来ない。
「大丈夫。お前らと酒を飲む時間は多少減ったが、案外自由だ」
今のレーヴェは第三騎士団の第三位だ。騎士団に本来ならそぐわないが、親の権限や様々な思惑で騎士団に押し込められた異端児ばかりに声を掛け、部隊として纏め上げ、戦功を上げて、国に貢献させた。その功績でここにいる。
遊撃隊の実績をうわはねしただの、コネだの言うやつもいるが、平民としては過去最高の地位に立つレーヴェに、素直に賞賛や憧れの声もある。上司――団長も副団長も、人を見ている人格者だ。無茶なことは言わない。単に、レーヴェが少し視野が広すぎて、やれることが多くて、残業しているだけで。確かに自由時間は減ったが、その分給金や権限が増えた。
整え終えたアルクが悔しそうに眉を寄せつつ、左耳のピアスを撫でるようにしながら手を離していく。
「頼れ、と言ったところでお前は聞かないな」
「心外だな。頼ってるぜ、相棒」
溜め息をついて首を振った彼に、レーヴェは笑いながら腕を叩いて会話を終わらせた。状況を確認するためにアルクから視線を切り、手袋をはめ直しながら周囲を見回す。後片付けは順調に進んでいるようだ。
2024/09/05追記
長すぎて読みにくいと友人に文句を言われたんで半分に分割です。
真面目にブロマンスをタグに入れるべきか悩んだ。違うねん。二人とも妻がおんねん。