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爆炎占術で王太子の結婚運を占ったら国王に死刑宣告されました

作者: 原雷火

「フレア・ミスティカ。貴様の占いはすべてデタラメだ。しかも王宮の庭に咲く国花を燃やし尽くすとは……オラクル国王の名において……処刑を命ずる」


 王宮の庭園。咲き乱れるカーネーションが炎の渦に巻かれて灰と化した。

 国王陛下が私を指さし顎で合図する。衛兵たちが剣を手に私を取り囲んだ。


 あっ……これ死んだかも。


 別に国花を燃やしたかったわけじゃない。ただ、私の爆炎占術が、今まで出たことのない大火力で爆発してしまった結果だ。


 これほどまでに破壊的に暴れる炎が出て、御しきれなくなったのなんて……初めて。


 アリオン王太子暗殺未遂の時でも、学園でボヤ騒ぎを起こした程度なのに。


 いきなり死刑宣告を受けた。


 それでも、もう一度結果を告げる。


「占いの結果は大凶です国王陛下」

「貴様、まだ言うか」

「それが私の……宮廷占術師の務めですから。もしアリオン王太子と隣国……ネビュラ帝国の第三皇女殿下との婚姻を進めれば……」


 私の手を離れて宮廷の庭を暴れ回った炎が、国の象徴たるカーネーションを一つ残らず焼き払った。


 極炎の揺らめきの中に見えたビジョンは、この国――オラクル王国が戦火に焼かれる光景だ。


 私はじっと国王ゼノンを見据えた。


「この国は滅びます」

「世迷い事を……。帝国との緊張を緩和するにはそれが最善の策だというのが、なぜわからぬ?」


 政治に疎くたって、それくらいはいつもアリオンから聞かされてきた。


 オラクル王国の置かれている状況は厳しい。


 西方諸王国連合の中で唯一、ネビュラ帝国と国境を接する。帝国は覇権国家だ。

 次に侵攻を受けるかもしれない微妙な立ち位置にオラクル王国はある。


 だから王太子のアリオンが帝国の皇女と婚姻することで、和平しようというのだ。


 国王ゼノンが私を睨む。


「貴様のいかがわしい占いなど、最初から信用していなかった。アリオンをあざむいて宮廷入りしただけでは満足せず、ついには国が滅ぶとまで言ったな」


 私だって不幸な結末よりも、幸せな未来を伝えたい。


 けど、出てしまった結果をごまかしたくない。かえって相手を不幸にしてしまうから。


 王が「連れて行け」と衛兵に命じると――


「お待ちください陛下! フレアに占いを強要し、結果が意にそぐわないからといって、彼女を処断するのですかッ!?」


 金髪碧眼の美丈夫が衛兵たちを押しのけて、私の元にやってきた。


 アリオン王太子だ。


「大丈夫かい? 怖くなかったかフレア?」

「は、はい……なんとかおかげさまで」


 あと少しのところで怖くて気絶してたかも。実は、もういっぱいいっぱい。


 王太子相手に兵たちも身をひく。青年と肩を並べて国王ゼノンと対峙した。


 陛下は不機嫌そうだ。


「戻ってくるのが早かったなアリオン」

「今朝、フレアに占ってもらったところ、用事は急ぎ済ませるのが吉と出ましたから」

「まったく……お前が連れ込んだその女は、聞けば下賎の者ではないか」

「陛下。僕は学園で一年、彼女とともに過ごしました。王宮勤めになってからはもう一年。合わせて二年間、彼女と交流を深めています。多少、貴族の流儀に疎いところはありますが、フレアの能力は本物です。それに……」


 アリオン王太子の言葉を国王は遮った。


「黙れ。私をこれ以上幻滅させるなアリオン」

「うぐっ……」


 威圧的な声に青年は下を向く。


 こうなると……アリオンに迷惑をかけるとわかっていたなら、王宮になんて来なければ良かったと、たった今、後悔の真っ最中だ。


 それでも出てしまったオラクル王国の不幸な未来という結果。


 知らせることで「変わる」……ううん「変えられる」未来があるのだから、口にしないわけにはいかなかった。



 アリオン王太子と私が出会ったのは三年前――


 オラクル王国の英才が集うフィオーレ学園でのことだ。


 田舎の平民の家の出で、本当なら高等教育を受けられる学校に通うことなんて、なかったはずの私。


 だけど、一つだけ他の人には無い才能があった。


 占いが出来る。他の人から言わせれば、予言とか神託レベルらしい。自分じゃわからないけど、本当に良く当たるんだとか。


 ただちょっとした問題というか、占い方が独特だった。


 爆炎を生み出してしまう。その炎で占うという、大層厄介なものなのだ。


 独自性と占いの精度を認められて平民ながらも、フィオーレ学園に一芸入試でスカウトされたところ――


 アリオンと出会った。彼は二学年上級生だったから、一緒に過ごした時間は一年ほどになる。


 最初は占いの練習でよく、火事を起こしそうになっていた。色々な人に迷惑を掛けてしまった。怒られた。


 なのに、彼は……アリオンだけは私に優しかった。失敗するたび、励ましてもらった。

 練習にも付き合ってくれて、炎が溢れて危ない時には水魔法で消火作業までと、至れり尽くせり。


 後で訊いたら「君の能力に興味があったんだ」って、素直に白状。逆に好感が持てちゃった。


 だから彼のために占術の技能を高めて、爆炎を制御できるようになって……。


 ある時、アリオンを占ったところ、彼が死ぬ運命を猛り狂う炎の中に見た。


 学園でボヤ騒ぎを起こして、あわや退学になりかけたんだけど――


 事件は本当に起こりかけた。事前にアリオンに命の危機が迫っていることを教えたら、彼は私の占いを全面的に信じてくれたのだ。


 刺客はアリオンに刃を突き立てる前に捕縛され、自害した。だからどこの誰が王太子を狙ったのか、真相は闇の中。


 私の炎もその暗い深淵を照らすまでには到らなかった。


 とはいえ――


 アリオンが無事で、心の底からホッとした。彼が学園に掛け合って私の退学処分も取り消しになった。


 季節はあっという間に巡り、王太子は卒業を迎えた。

 式典の後に、彼が私に訊いてきた。


「フレアは自分自身を占わないのかい? もしくは占えないとか?」


 占術師がよく訊かれる質問だ。そんなに当たるなら自分を占って、失敗知らずの成功ばかりな人生を歩めるんじゃないか? って。


 アリオンも好奇心を抑えきれなかったみたい。その素直さに免じて、正直に答えた。


「わかってしまったら人生、つまらなくなるかもって思うんです」

「じゃあ他人の人生を占うのはどうして?」

「それは……」


 きちんと向き合ったことがなかった。最初はただ、それができてしまうから。次に占いを喜んでもらえたから。


 アリオンを救えたのも、この力があったおかげだ。

 答えを待つ青年に――


「結局、運命を変える力を持っているのは占いの結果じゃなくて、その人自身だと思うから……です」


 暗殺未遂も、最終的にはアリオンが自力でどうにか対処したのだもの。


 返答を聞いた彼は「そうか。確かに君の言う通りだ。君が卒業したら、是非、王宮に招きたい」って、冗談っぽく笑ってみせた。


 うん、わかってる。私みたいな危なっかしい占術師が、宮廷でお仕事なんてできないわよね。


 アリオンが卒業してからの二年間、占術に磨きをかけて国家資格をなんとか取ることができた。


 他は学科も実技もギリギリだったけど。


 ただ、爆炎占術なんて、一歩間違えばそこら中を火の海にしかねないので、仕官先は結局見つからなかった。


 田舎に帰るか。国家資格が活かせる仕事なんて見つからないだろうけど。


 途方に暮れたまま卒業まであと数日というところで――


 王宮から招集状が届いた。私を王太子の専属占術師として採用するという通知だった。


 驚きすぎて心臓が口から飛び出すかと思った。


 自分を占っていたら、この結果を知っていたら、本当にこうなっていただろうか?


 これはね、たぶんなんだけど、今とは違った結果になっていたかもしれない。


 王宮に仕官できるってわかってたら、二年間自分の技術を磨いたりしなかったし、国家資格だって取得しようと思ってなかった。


 自分を占わない方がいい。そう、確信。

 するべき努力を怠るのだ。私は怠惰な人間だから。


 宮廷入りしてからは、貴族の女性たちに白眼視されることもしばしばあったけど、王太子の補佐役みたいな立ち位置について、彼の悩みを聞いたり、相談を受けたり、決断の際には占術を行った。


 どんなに酷い結果が出てもアリオンは必ず信じてくれた。


 そして、彼は乗り越えていったのだ。王が課した難題も難問も、青年は見事に解決へと導いていった。


 私が王宮入りして一年が経った頃。


 ネビュラ帝国の第三皇女との縁談の話が宮廷内で持ち上がった。考えたのはオラクル国王ゼノン陛下だ。


 アリオンは責任感が強い人。それに国王に忠実だった。


 けど――


「陛下。僕は……国のためになるなら、その婚約を成立させてみせましょう。ですが……」


 と、国王に対して歯切れが悪かった。


 そこでゼノン陛下は私に命じたのだ。


 アリオン皇太子と第三皇女の婚姻の吉凶を。


 嘘でも吉報を占って、王太子を納得させることを、国王は私に求めた。


 結果――


 国が滅びるビジョンとともに、王宮の庭園で国花が根こそぎ焼かれて灰になり、今に到る。



 不満げな国王に王太子は顔を上げた。


「陛下。これまでフレアの占術が幾度となく、僕を救ってくれました。美しい国花は燃えてしまったかもしれませんが、また咲かせれば良いではありませんか? 彼女という花は……二度と咲くことはないのです。フレア・ミスティカという才能を失うのは、我が国にとって損失と言わざるを得ません」


 拳を握り込み、青年は前を向いたまま王を説得しようとする。


 ゼノン陛下は顎をさすった。


「ほほぅ。そこまで言うか。だが、すべての吉事がこの女の成果か? 起こらなかった凶事もあるだろう。占術師が嘘をついているかもしれん。なんなら三年前の事件……お前に取り入るためにこの女が刺客を放ったやもしれぬのだぞ?」


 王は猜疑の人だった。王妃を陰謀で失い、息子たちにも先立たれ最後に残ったのがアリオンだ。


 私みたいなどこの馬の骨ともわからない、本来なら取るに足らない存在。しかも、当たったかどうか確かめようのない占術を操る人間を信じてはくれない。


 とは、アリオンの言葉だった。


 王宮に呼ばれた時から、王はずっと私を警戒していた。何かあれば追求されそうになる。


 そのたびに、彼が矢面に立って私をその広い背に庇ってくれた。


「陛下……いえ、父上。お願いです。信じてください。フレアは刺客を差し向けるような人間ではありません! 自らの力の恐ろしさを知って節度をもって制御している、良識ある人間なんです!」

「騙されおって。占術師の甘い言葉はさぞや耳に心地よかろう。私は心配なのだ。これ以上、もう失いたくはない。お前に玉座を譲る時、幸せであって欲しいのだ」

「でしたら父上。どうか……フレアを僕の……」

「黙れ」


 威圧的な声が私に向いた。


「占術師よ。もう一度、占ってみせよ」

「は、はい? え、ええと……何をでしょうか陛下?」


 心臓がバクバク音を立てる。怖かった。占うのが嫌だと、心が怯えている。


 王は言う。


「帝国の第三皇女でなければ、いったい誰が王太子の妃に相応しいか、占ってみせよ」


 ああ、きっとその人物を引き合いにだして、第三皇女と比べるつもりなんだ。


「どうした? 出来ぬのか? 占術を拒否するというのであれば、ここに貴様が存在する理由は無かろう?」


 アリオンが首だけ振り返って「いいんだ。これ以上は」と私を気遣った。


 優しくて、悲しげな瞳。


 そんな顔を私がさせてしまったことに、胸が痛む。


「やります。やらせてください」


 アリオンの陰に隠れるのをやめて、私は進み出ると炎を手の中に生み出した。


 集中し祈りを捧げる。


 炎よ答えて。王太子アリオンに相応しい女性が誰なのか。


 両手に包めるくらいの大きさの炎がゆらりと立ち上ると、それは天高く登って上空で美しく爆ぜた。


 破壊的な炎じゃない。蒼天に咲く花のように。


 そして――


 結果が私の頭の中に浮かび上がった。


 え……。


 このちんちくりんは。子供と見間違えられがちな、パッとしない華やかさのかけらもない、地味な女の子って……。


 アリオンが空を見上げた。青空の下にあっても綺麗に開いた炎の花弁が空気に溶けるのをみて「なんて美しいんだ」と、声を漏らす。


 国王陛下は「所詮しょせんまやかしよ。炎の占いなど。ただの火炎魔法の手遊びだろうに」と、一蹴した。


 ああ、どうしよう。なんてことなの。


 言えない。言えるわけ……ない。


 言葉に詰まる私に王が訊く。


「どうした? 何を見たのだ? 遠慮は要らぬぞ」

「お、恐れながら……ええと……王太子アリオン様の妃に相応しい女性は……」


 だめ。これ以上、やっぱり無理。


 王が低く吠えた。


「口の開き方を忘れたか? 言わねば死刑だ」


 アリオンが「そんな! お考え直しください父上!」と、抗議する。


「お前は黙っていろと言っただろう」

「ぐっ……ですが……ですがですが……ですが」

「くどいッ!」


 王に呑まれる。このままだと。


 言うしか……ない。


 うう、彼をもっと困らせてしまうかもしれない。


 王が私を睨む。


「言えないというのであれば、わかっているな?」


 王太子が庇う。


「お願いだフレア。言ってくれ。どんな結果でも私は君を信じる。君が……選んだ相手なら……その女性を必ず幸せにし、ともに生きる喜びを分かち合い、愛を育ててともに歩むと誓うから。言ってくれなければ君が処刑されてしまう……そんなことになれば、私は耐えられない。生きて……いけない」


 追い詰めてしまった。アリオンを。


 もう――


 私がなんと言われても構わない。全部ぶちまける。


 これが信条だ。占術師の矜恃というものだ。


 結果を正直に伝える。今までずっとそうしてきたから。これからも私は、ずっとそうしていくのだから。


 堂々と、胸を張って、告げる。


「アリオン殿下の妃に相応しいの、フレア・ミスティカ……この私です」


 宣言した途端――


 王が口を開けて笑った。目は冷たいままだ。


「ハッハッハッハ! ついに我慢できずに尻尾を出したか雌狐よ。その勇気だけは褒めて使わそう」


 一方、王太子はというと……こっちは青い瞳を潤ませて……あれ? え? なに? なんで泣いてるの?


「そ、そ、そうか! 僕の伴侶に相応しいのは君か! 君が言うのだから間違い無い!」


 二人とも笑顔になった。なんか……怖い。同じ笑った顔なのに、恐ろしく冷たい眼差しと、歓喜の瞳に私は挟まれた。


 自分だって言ってておかしいと思うけど、見えてしまったのだもの。


 私とアリオンが二人、この国を盛り立てて繁栄する未来が。


 アリオンは素敵な人。いつだって、私の能力が目当てだって言ってたけど、最近はそんなの抜きにして、気遣ってくれるし、私が宮中で孤立しないように心配りをしてもらってるのを、知っている。


 だからこそ、元々住む世界が違いすぎて、この人と一緒になるなんて想像もしていなかった。


 炎が見せた未来は、もしかして私の願望なの?


 わからない。わからない。


 けど――


 王太子が私の隣に立って腰に腕を回すと抱き寄せた。


 声にならない悲鳴が出る。


「――ッ!?」

「す、すまない。けど、僕は嬉しいんだフレア」

「急に抱き寄せないでくださいびっくりしてしまいますから!」

「ごめん。だけど、そうしたくて仕方が無いんだ。ずっと、君を見ていた。出会った時から気になって仕方が無くて。もちろん最初は君の力を知りたくて、それが国の未来に活かせればと思っていたけど……いつのまにか、君のことを……愛していたんだ」


 国王の表情が憤怒に変わってもアリオンは止めなかった。


「僕も君が好きだフレア」


 え、ええ!? 僕「も」って。まるで私もアリオンの事を好きみたいに言うし。


 実際に好きか嫌いかでいえば……大好きだけど。


 身分が違う。この人には王族として、王太子としての立場がある。


 私と結ばれることで幸せになれるなんて、言ったのは自分だけど。


 重苦しい雰囲気そのままに、王が口を開いた。


「占術師よ。貴様、そこまでして王族に取り入りたいか?」

「いいえ陛下。炎の中に垣間見えた未来を、そのままお伝えしたのです」

「戯れ言を」


 まあ、最初から疑われていたのだし、どれだけ言葉を尽くしてもわかってもらえないわよね。


 アリオンがそっと、私を離すと今度は手を握った。目と目が合う。


 透き通った瞳に胸の奥がジンとした。本気なんだ。この王子様は。


「僕は君が好きだ。迷惑だっただろうか?」

「い、いいえ。う、うれしい……です」


 王太子はもう一度、前を向く。


「父上。僕は彼女を……フレア・ミスティカを妃に迎えたいと存じます」


 改めて宣言されたら、何かがこみ上げてきて溢れそうになった。


 いけない。我慢しないと。思えば思うほど心が震える。


 王は首を左右に振る。


「まだ言うか。騙されているのだお前は。その雌狐にな」

「いいえ。彼女をそのように呼ぶのはやめてください。フレアの占術と助言によって、僕は命を救われました。陛下から与えられた任務をこなし、国を守ることができたのは彼女の支えがあったからです」

「そうとは限るまい。お前の能力の優秀さがあればこそだ。最初から占いなど当てにせずとも、上手くいっただけのこと。その女は功績にただ乗りしたに過ぎぬ」


 国王の言うことが違うと証明できない。私だって、占いでアリオンの力になれていると信じたいけど。


「父上! どうか……僕たちを認めてください! 二人ともにあれば、どのような運命にも打ち克ってみせます!」

「…………」


 重苦しい空気の中、平行線かと思われた均衡を先に崩したのは――


 国王ゼノンだった。


 王は懐から金貨を一枚取り出した。


「では賭けをしようではないか。このコインの表裏どちらが出るか。息子よ……もしお前が勝てば婚姻を認めよう。ただし私が勝った時には帝国の皇女と婚姻するのだ」

「そんな……陛下」

「負ければ占術師の命をもらう。確率は二分の一だ。運命に打ち克つのだろう?」

「……うっ」


 アリオンも即答できない。もし、私が彼の立場でも同じだ。

 私は青年の顔を見上げて首を横に振る。もういいから。これ以上無茶はしないで。


 王がわらう。


「良かろう。もし勝負をせずに皇女との婚姻を結ぶというのであれば、占術師は国外追放で済ませよう。国花を燃やした罪も問わぬ。決められぬか? 時間は待ってはくれぬぞ。では……私は表が出る方に賭けるとしよう。さあどうする? さあ? さあ!? さあッ!?」


 アリオンは立ち止まってしまった。


 私を見つめると。


「君がもし死んだら、僕も命を断つよ」

「そんな! いけません殿下!」

「君のいない国を守る意味はないんだ」


 そんなにも、私を想ってくれていたなんで。身分違いと最初から諦めていた自分が、恥ずかしい。


 王太子は王の挑戦を受けて、勝負する。


 王がコインの表が出ると選んだなら、王太子は裏をとることになった。


 嫌な、予感。


 私は陛下がコインを指で弾く前に前に進み出た。


「その勝負、お待ちください」


 炎よ……舞え。アリオンが勝てるかどうか……私に教えて。


 祈りが手のひらから炎を踊らせる。


 今度、溢れた火は指の間からこぼれ落ち、地に着く前に空気に溶けて消えていった。


 ああ、なんてことなの。


 勝ち目が全くない。何も見えない。それ以上のことは、ビジョンも与えられずわからなかった。


 私の生み出した炎は鎮火した。


「アリオン殿下。勝負してはいけません」

「なぜだいフレア? 勝ち負けは時の運だろう? 裏が出る可能性は半々だ」

「けど100%絶対に負けると出たのです」


 青年は何かに気づいたのか、目を丸くすると一度深くうなずいた。


 そして――


「陛下。どうかそのままで」

「なんだ? どうしたアリオンよ?」


 衛兵たちが止める間もなく、王太子は王の下に向かう。陛下の腕を掴んで金貨を取り上げた。


 コインの表裏を確認し、アリオンは一同に告げる。


「両表のコインだ」


 王の腕を押さえたまま王太子は物証を全員に見せつけた。


 王は微動だにしなかった。


 青年がコインを突きつけ訊く。


「父上……これはいったいどういうことでしょうか?」

「ふむ。見抜いた……か。どうやら私も老いたらしい」


 ずっと険しかったゼノン王の眼差しが、フッと力なく、優しいものに変わった。


 その時、私もきっとアリオンも気づいたのだ。


 王は私たち二人を、試していたのだ……と。



 ゼノン王は自らの意思で退位して、後を継いだアリオンが王となった。

 私は妃に迎え入れられた。


 前王は何も言わないが、挙式は国を挙げて盛大に行われた。ゼノン公は全権をアリオン王に委ね、歴史の表舞台からひっそりと退場した。


 厳しい人だったけど、最後には「お前に息子を託す。私はゆったりと釣りでもして余生を過ごさせてもらうよ」と、優しく笑ってくれた。


 お義父様と呼ぶと「酷いことを言ったのだ。義父と敬われる立場ではない」とも。


 蓋を開けてみれば、ゼノン公は国を滅ぼさないために、尽力なさった方だった。


 そして、私たちがバトンを託されて、次代に治世を引き継ぐこととなった。


 平民出身の王妃というのは、異国では珍しくはないとアリオンは優しく私の頭を撫でてくれた。


 外戚が強力だと王家を乗っ取られることもある。


 もし帝国の第三皇女と結ばれていたなら、オラクル王国の独立は早晩脅かされていたかもしれない。


 それからしばらくして――


 覇権国家である帝国がオラクル王国に攻め入る気配を、私の炎が察知した。


 やっぱり狙われてたみたいね、この国。


 私は占いで何度も王宮の中庭を焼くことになった。それほど恐ろしい計画が帝国では組み上がりつつあったのだ。


 帝国の侵攻時期や方法など、アリオンと協力して爆炎占術の結果を読み解いた。


 同時に西方諸王国連合に帝国の領土的野心を知らせた。


 最初は取り合ってもらえなかったけど、私の占いが役に立った。


 次々と、それぞれの国の問題点を言い当て、浮かび上がらせ、対処方をともに考えて信頼を勝ち取った。


 水面下で王国連合がガッチリと結託。完璧なまでの迎撃態勢が整ったところで、帝国の侵攻が始まったのだ。


 アリオンが先陣を切って指揮し、軍を動かした。


 帝国は奇襲のつもりが次々と出鼻をくじかれて、逆侵攻される。


 私は戦術も戦略も学科成績が赤点ギリギリだったけど、アリオンは私の占い結果から、帝国の進軍ルートを完璧に予想して、補給路を断ち敵軍を自陣に孤立させると、華麗なる各個撃破で次々と打ち破っていった。


 大陸中に軍神アリオン王の名が響き渡るほどだ。


 もし、アリオンが第三皇女と婚姻していれば、同じ結果にはならなかったろう。


 帝国に取り込まれたオラクル王国が、諸王国連合と戦う先兵にされていたかもしれない。


 破滅は免れた。


 奇襲に失敗し敗戦を繰り返した帝国は勢力を失って一気に弱体化。


 アリオンはその功績を認められ、諸王国連合の君主となった。


 隣にはいつも占術を嗜む地味でちんまりとした王妃こと……私がそばにいるのでした。


「君のおかげだよフレア」

「アリオン様の勇気と聡明さがあってのことです」

「なんだか照れるな。けど、誰に褒められるよりも君の言葉がなにより嬉しくて、誇らしいよ」


 帝国との決戦が近づき、炎に戦いの行く末を訊ねると――


「どうやら100%勝ちますね陛下」


 美しい炎の花が王宮の夜空に無数に打ち上がり、オラクル王国の勝利を先に祝うかのように咲き誇るのでした。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 国王に冒頭の占いの結果を認めさせられなかった事にモヤモヤしました。 結局、好きだなんだの感情論を押し通しただけですし。 防衛後に国王からの言葉があれば違いましたが。 占った結果とはいえ…
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