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8.月神の民の郷

 森のより奥深くへ体感40~50分ほども進んでいくと、ダークエルフの郷へと着いた。

 あの5人組が流されていった先とは別の方角だったので、僕は少し安心した。


「あいつらがこっちの方に流されてきたとしても、結界が張ってあるから大丈夫だけどね」

 サナリィによると、集落の周囲には方向感覚が狂ってしまう魔術のフィールドが設置されているそうだ。ダークエルフの血族でなければ通過できず、自分の尻尾を追いかける犬のようにぐるぐるとさまよい続けることになるという。

 この頃になると、僕は言葉に()を乗せるコツを大分つかんでいて、会話もかなりスムーズになってきた。


 サナリィはユニコーンから降りると、僕の手を握った。

 柔らかく、ひんやりとした感触だ。


「私と一緒じゃないと、貴方も迷ってしまうから」と言った。「さ、お前はもうお帰り。ここまで乗せてくれて、ありがとう」

 ユニコーンはそう言われると、僕に対して威嚇するようないななきを浴びせかけ、鼻を「ふん」と鳴らしてから立ち去った。ユニコーンという生き物は、本当に男が嫌いなようだ。


 サナリィに手を引かれていった先には、いったいどれほどの樹齢か想像もつかないほどの巨木があった。直径だけでゆうに数十メートルはあり、高さは100メートルを超えていそうだ。巨木の側面や太い枝の上には数十戸の家屋が設置されていて、幹にぐるりと巻き付いた螺旋階段や、梯子、吊り橋などで行き来するダークエルフらの姿が見える。


 目の前の光景に呆然としている僕を見て、サナリィは少しばかり自慢げな表情を見せた。

 言葉で表すなら、「ふふん」という心境だろうか。

 きっと、自慢の郷をよその人間に知らしめることができて、嬉しいのだろう。

 僕は「このダークエルフは意外とかわいげのある性格をしているのかもしれない」と考えた。

 集落に入ると同時に繋いだ手は解かれてしまったが、そのことが何となく残念な気持ちになる。


「まず郷長に会ってもらうわ」

 サナリィに案内されながら、僕は螺旋階段で巨木を登っていった。

 彼女は他のダークエルフとすれ違うたびに挨拶し、「森で人間を拾った」ことを説明しているようであった(ダークエルフ同士の会話には例の()が込められていなかった)。


 郷の住人の反応はさまざまで、やさしげに微笑む者、物珍しげにじろじろと見る者、警戒心を露わにする者、無関心な者など、十人十色だった。明確な拒絶はなかったことに、ほっとする。


 郷長の住居は、巨木のかなり上の方にあった。どうやら、地球でCEOの部屋が最上階にあるように、この世界でも重要な役職に就く人物は高いところに居を構えるようだ。延々と階段を登らせられて、僕の膝はがくがくになってしまった。


 郷長の住居は他の家屋に比べると一回り大きく、外壁やドアには植物を象ったプリミティブアート然とした紋様が彫り込んであった。家の中は天井から吊るしたタペストリーで空間を区切り、応接向けと思しきスペースには背の低いテーブルと腰かけ椅子が4脚並んでいた。部屋の中で何かを焚いているのか、ハーブ系のアロマオイルのような匂いが漂っている。


「郷長」

 サナリィが呼びかけると、不思議なほど老練とした佇まいの男性ダークエルフがタペストリーの奥から出てきた。見た目はせいぜい30代にしか見えないが、途方もない時間を蓄積してきたかのごとき雰囲気を醸し出している。


「この男を森で保護しました」

 郷長はサナリィの言葉に頷くと、「精霊を通して視ていたよ。お客人も疲れているだろう。お茶でも飲みながら、話を聞こうじゃないか」と言った。

 僕に言葉が通じないのを分かっていたのか、彼はあの()を込めて話してくれた。声色からは深い慈しみが伝わってきて、僕は異世界にやってきてから初めて安心感を抱くことができた。


     ◆◇◆


「おそらく、僕はこことは異なる世界からやってきたのだと思います」

 僕は郷長とサナリィに、嘘偽りない真実を話すことにした。

 郷長から伝わってきた深い慈しみで、「この人はきっと信じられる」と直感したからだ。


 いつか誰かが言っていたが、人から信用される一番の戦略は「嘘をつかない」ことだという。


 何も持たない僕が差し出せるのは、今のところ「誠実さ」だけだ。

 真実を話すことで何らかの不利益が生じる可能性は否定できないが、嘘をついて誤魔化したところでリスクが生じるのは同じである。結局のところ、自分の行動がどう転ぶかなんて分からないのだ。

 ならば、せめて自分とちゃんと向き合ってくれる人に対しては誠実でいたいというのが僕の基本的方針だ。


 それに、日本でも「茶道はもてなしの心」と言うが、こんなおいしいお茶を入れられる人が悪い人のはずがない。

 郷長が入れてくれたお茶は薄い橙色で、とても爽やかな風味だった。喉が渇いていたこともあり、僕がすぐに飲み干してしまうと、彼は快くおかわりを注いでくれた。


「不思議な話だが、嘘をついているようには見えないね」と郷長は言った。

「本当にそんなことあるのかしら……悪さを考えているんじゃないでしょうね?」

「悪さを考えているのならば、きみを助けるために体を張ったりしないよ」と僕は肩をすくめてみせる。


 郷長はお茶を一口飲み、音を立てずにカップをテーブルの上に戻すと、正面から僕の目を見据えた。

 まるで僕の根源まで覗こうとしているかのように、深く、長く視られた。


「……確かに、きみからは月神さまの残滓のようなものを感じる。どのような思し召しかは測りかねるが、きみが我々の世界に来訪したことにも何らかの理由があるのだろう」


 僕とサナリィは、彼の言葉の続きを待つ。


「我々は、月神ギャラディナさまの信徒だ。ならば、行く宛もないきみを無碍にするわけにはいくまい。サナリィ、お前がお客人の面倒を見てあげなさい。ユーリ君、しばらくこの郷に留まることを許可しよう。我々が迷い人をこんなに手厚く待遇するのは、本当に特例だよ」


 郷長はそう言うと、思いのほかチャーミングにウィンクした。

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