4.霊的力学にまつわる講義①
結局のところ、地球とソラルナの最大の違いは霊力の有無だ。
いや、他にも大きな違いがあることはある。ソラルナの大地が球状ではなく平面だったり、人間と亜人(エルフ、ドワーフ、ハーフリング、ライカンスロープなど)を総じて人類としたり、人類の上位存在として2柱の神が実在したり。
しかし、文化的にも生態系の観点から考えても、最も大きな相違を生み出しているのは間違いなく霊力の存在だと断言できる。
地球でも「霊感」という言葉があるが、ソラルナの霊力はそうした曖昧な第六感的能力とは根本から異なる。確かに感知することができる実存のエネルギーとして、ソラルナが独自の文化体系を築き上げる礎となってきた。
今となっては実証することができないので僕の主観で語らせてもらうが、地球にはソラルナで言う霊力のような超自然的な力は存在しなかったのだと確信している。
もちろん魔力も超能力もない。幽霊もいないし、妖怪も宇宙人も存在しない。もし何か超常的な出来事が起こったとしたら、それは単なる錯覚か思い込み、あるいは半覚醒状態の時に生じた幻覚、精神疾患などが原因だろう。
地球はソラルナと比較すると、霊的・精神的な力学の働きが薄く、極めて物質的な世界なのだと推測する。
僕が何故このような話をするかというと、森の中に入ると一気に霊的な圧力が強くなったからだ。地球ではありえない、ソラルナならではの象徴的な出来事だ。
当時の僕は霊力という概念について理解が及んでいなかったが、その力が周囲の木々から発せられているのは感じ取ることができた。先ほど、氷の魔術を行使していた女が発していた圧力と同種の力だ。
霊力の感知は、非常に独特の感触を伴う。
説明がとても難しいのだが、物理的に触れられるというよりは、肉体に収まっている霊的構造を直接刺激されるような感覚だ。
霊力は意志や感情の動きと強く結びついているため、そこに親愛の情が込められている時は暖かいフィーリングがじんわりと浸透するように伝わる。逆に、強い攻撃性が含まれる場合は、紙やすりでなぞられるようにざらつき、刺々しい感触を味わうことになる。
森で感じた霊力に乗っていたのは、全方向から突き刺すちくちくとした警戒感だった。まるで、「今すぐ森を出ていけ」と警告されているように思えた。その上、森の中は太陽光が遮られていたため薄暗く不気味で、僕の不安感は否応もなく高まった。
何一つとして明るい材料はなかったが、それでも引き返そうとは思わなかった。
「自分が何処にいるかも分からない中、あの5人組以外に光明がない」ともっともらしい理由を挙げることもできたが、本音を言うならば、ただの好奇心だ。
そう、僕はこれまで体験したことのない出来事の数々に、不安だけでなく高揚感も覚えていた。
あの冒険者然とした5人組は、魔法のような現象は、今まで知覚したことのない謎の圧力は――一体何なのだろう?
それが何なのか、知りたい。
我ながら呆れるほかないのだが、僕にはどうも好奇心を抑えきれないところがある。こんな振る舞いをしていては長生きできないと分かっているのだが、どうしてもやめることができない。
「5人組は武装している」「狩りの邪魔となった僕に悪印象を抱いている」「森の中から不穏な霊力を感じる」「男相手には獰猛なユニコーンがいる(しかも手負い)」
これだけの悪条件が重なっていて、知識もなく非武装で森の中に足を踏み入れる?
ああ、まったく!
きっと僕は、1日に10回は「好奇心は猫を殺す」と書き取り練習するべきなのだろう。そうしなければ、しっかりとした危機管理意識は身につかない。ワーキャットじゃないから、そんなことわざは当てはまらない? とんだ戯言だ。
ただ、僕のこうした無謀な行為は、結果的には正しかったと言わざるを得ない。
何故なら、僕は森の奥深くで運命の人、麗しきダークエルフ、銀花のサナリィと出会うことになるのだから。
ちなみに、「銀花」という二つ名は僕がつけたが、サナリィからはとても嫌がられている。
森の中では5人組の姿はすでに見当たらなかったが、僕は何故だか彼らが向かっていった方向を直観的に理解することができた。
樹木から発せられる攻撃的な圧力で気持ちが昂り、アドレナリンでも分泌されているのだろうか。やけに集中力が高まっているように感じられた。
森を見渡すと、5人組が残したらしき足跡、ユニコーンの臀部の矢傷から零れた血液の痕跡が見つかる。さらに耳を澄ませば、遠くから複数の人らが叫んでいるような微妙な空気の振動も伝わる。
「僕の観察力や聴覚の感度はこんなに鋭かっただろうか」
自らの能力の高まりに違和感を覚えつつも、僕は5人組を追いかけた。
異世界転生ならではの異能を獲得するまで、もう少し。