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3.ユニコーンハンティング

 ソラルナでは、ユニコーンにまつわるこんな小咄がある。


 ある冒険者が、一攫千金を求めてユニコーン狩りに旅立った。

 狙いは、額に生えた一本角だ。傷でも病でも、何でも治る万能薬の原料となる。


 ユニコーンは乙女を好み、男を忌み嫌うため、狩りは大変困難なものとなった。しかし、男は怪我を負いつつも何とか目的を達成し、馴染みの酒場で自らの成果を大いに自慢した。


「どんなもんだい」

「嘘をつけ、お前なんかにユニコーンを狩れるもんかい。本当だというなら、証拠の一本角を見せてみろ」

「……角はないんだ」

「やっぱり、法螺を吹きやがったのか」

「いや、角は怪我を治すのに使っちまったんだ。おかげで、この酒を飲み終わったら俺は()()()だ」

 お後がよろしいようで。


 この小咄のポイントは、ソラルナのジョークのレベルが低い――ということではなく、地球におけるユニコーンの伝承とソラルナのユニコーンの生態・特徴が一致していることだ。

 地球では、ユニコーンは一般的に角の生えた白馬の姿として描かれ、処女の膝の上で眠る。また、角は浄化の力を有し、毒や病気を治す力を備えると伝わっている。ソラルナの小咄で言及されているユニコーンの特徴と、ほぼ同一だ。


 もちろん、地球ではユニコーンは本当には存在しない。一方、ソラルナにはユニコーンが地球に伝わる伝承のような形で実在する。果たして、これが意味するのはどういうことだろうか?


 問. 地球に伝わる空想上の生物が異世界に実在する理由について、以下の(a)~(d)から正しい解答を選べ(配点20点)。


 (a) 異世界から地球に転生した人が該当する生物についての伝承を広めた

 (b) 該当する生物が何らかの要因で地球に転移し、UMA(未確認動物)として広まった

 (c) 地球側の人間が異世界についての情報を超自然的な力をもって受信し、伝承を広めた

 (d) 単なる偶然の一致


 僕は後々、この正しい解答を知ることになる。しかし、今はまだそれを記すべき段階ではない。ひとつだけ言えるのは、地球とソラルナ、ひいてはすべての異世界の間には、見えないつながりがあるということだ。


 湖のほとりでユニコーンを発見したことで、僕を取り巻く状況は一気に動き出した。

 この記録を読んでいる方には、もうその理由がお分かりかもしれない。


 そう、ユニコーンの角はいい金になるのだ。人生を買おうとする人間たちが、群がるほどに。


     ◆◇◆


 僕にとって幸運だったのは、ユニコーンとの間に数十メートルほども距離が開いていたことだ(男を嫌うので、それ以上近づくことはできなかったろうけど)。おかげで突然降ってわいた攻撃に、僕は巻き込まれずに済んだ。


 最初にユニコーンに向かって飛んで行ったのは、数本の矢だ。

 空気を切り裂くような音が鳴って、僕はその攻撃に気が付いた。

 続いて、「ティ・オド!」という掛け声が聞こえた。

 すると、矢の射出地点と思われる辺りが蜃気楼のように揺らいで、先ほどまで誰もいなかった空間に5人の人間の男女が現れた。


 各々、よく使いこまれてそうな皮鎧や胸当てを身に着け、長剣や短剣、弓などで武装している。みな若々しく、野心でぎらついているように見えた。


 このうち、胸当ての上からゆるりとした外套を羽織った女が懐から短い杖を取り出すと、何らかの圧力が生じて、それが歪んでいく気配が空気越しに伝わってきた。

 口の動きから、一定の長さをもった言葉を紡ぎあげていることが分かる。

 女は最後に「エレン・ルシー!」と鋭い声を響かせると、頭上に鋭い氷の塊が生成されて、ユニコーンを貫かんと急加速した。

 僕には最初に聞こえた掛け声の意味は分からなかったが、何故だか「エレン・ルシー」という言葉が「氷の槍」を意味することだけは伝わった。「エレン」が「槍」で、「ルシー」が「氷」。


 この時の僕には知る由もなかったのだが、一連の出来事の種明かしはこうだ。

 女が杖を取り出して生じさせた力は霊力で、ソラルナに住まうすべての人·生物が兼ね備える一種の生体エネルギーだ。魔術を行使する際に必要なエネルギーでもあり、魔術師は霊力を込めながら呪文を唱えることで様々な現象を発現させることができる。


 魔術に関する詳細な説明はまた改めてさせていただくが、重要なのは霊力が意志や感情の動きと深く結びついているという点だ。つまり、言葉に霊力を乗せると、そこに込められた意志や意味合いが他人にも伝導することになる。

 さきほどの僕のように、霊力を感知することさえできれば本質的な意図が伝わるため、言葉が通じなくてもコミュニケーションを取ることができるというわけだ。


 ちなみに、5人組が発していたのはソラルナの公用語で、「ティ・オド」は直訳すると「これをしなさい」。ニュアンスとしては、「やれ」「行け」といったところだろうか。こちらの言葉には霊力が乗っていなかったため、僕の耳には初めて聞く謎の言語として響いた。


 5人が何もない空間に突如として現れたのも、仕掛けがある。狩りやアンブッシュ(待ち伏せ)によく使われる「リフラ・レイ(光の歪曲)」の魔術を使ったのだ。これはいわゆる「光学迷彩」の効果がある魔術で、光の屈折により自分たちを不可視化させることができる。


 このパーティーは、においがユニコーンに察知されぬよう風下に陣取るなど、狩猟を行う上での基本は抑えていた。ただ、ユニコーン狩りの最も一般的な方法は、乙女の膝枕でおびき寄せることだ。こうした手段を取らなかったのは、おそらくパーティーにいた2人の女性メンバーが共に処女ではなかったからだろう。ユニコーンは相手が乙女でなければ獰猛になると言われているため、「たちの悪い狒々爺のようだ」と嫌われることも多い。


     ◆◇◆


 結果からみると、5人組の奇襲はすべてが成功したとは言い難かった。

 1本の矢がユニコーンの臀部に刺さったものの、残る攻撃は身を翻してすべて回避してしまったからだ。氷の槍による魔術の狙撃も、むなしく空を切った。


 ユニコーンが受けた傷は、決して軽いとは言えないものだ。しかし、直ちに行動不能に陥るほどでもなかったようで、鼻先を針葉樹の森林の方角へ向けると、一目散に駆けていった。


 僕は5人組がこの後どうするのかと注意を払っていたが、折角の獲物をみすみす逃すつもりはなさそうだった。たとえユニコーンの足が人間より遥かに速くとも、彼らには成功の算段があるのだろう。


 5人組は手早く打ち合わせらしき会話を済ませると、ユニコーンを追いかけるために森の方向へと進んでいった。その途中、最も背が高い男が僕の方へと顔を向けて、「ヘイグ・アッショーレ、ニーヴ・ディスタビュラ・ウィ!」と怒声を浴びせてきた。


 こちらがあちらに気付いているように、あちらもこちらに気が付かないはずはないと思っていたが、あまり好印象は与えていなかったようだ。イレギュラー的に僕が現れたことで、彼らのハンティングの邪魔になっていたのかもしれない。

 この時の僕には分からなかったが、背の高い男の台詞を翻訳すると「この玉なし野郎、もう邪魔するんじゃねえぞ!」となる。


 まったく、世界を跨いでも罵詈雑言のバリエーションはそう増えるものではないらしい。


 僕はどうするかしばし考えた後、ユニコーンと5人組を追って森の中に足を踏み入れた。

 これから、どんな運命が待ち受けるかも知らないまま。

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