10.霊的力学にまつわる講義②
地球で科学技術があらゆる分野に応用されるように、ソラルナではさまざまなシチュエーションで霊力が活用されている。
例えば、食料生産、商業、物流、土木工事、都市建設、医療、娯楽・芸能――そして戦争。
もちろん、日常生活においても霊力は必要不可欠で、コントロールがままならなければ部屋の明かりをつけることにも苦慮する羽目になる。
このため、ソラルナに住む人々にとって、霊力の強さというのは非常に重要なステータスだ。地球でMBAを取得した人がビジネスでステップアップできるように、ソラルナでは霊力が強いことが職能上、極めて大きなアドバンテージをもたらすことになる――商売の上でも、戦いの上でも。
老ダークエルフの教師は、霊力の授業で「イメージが大切です」と強調する。
「霊核から流れる、自らの霊的エネルギーを意識するのです。それが、霊脈に乗って全身を循環するに従い、少しずつ強度とボリュームを増していく。皆さん、イメージできましたか? イマジネーションこそが霊力操作の基本です」
「霊核」というのは、体内の霊力を司る臓器だ。まだ現物を拝む機会には恵まれていないが、心臓の横の、胸部の中心にあるそうだ。
そして、霊核から血管のように全身を張り巡っているのが「霊脈」で、霊力を体内の各部位に供給する機能を持つ。
心臓が血液を循環させるように、霊核が霊力を全身に廻らせると想像してもらえば間違いない。
始めてこの事実を聞いたとき、僕は「そんな馬鹿な」と思った。
これまでの既成概念で、僕はソラルナも地球も人体構造には違いがないと思い込んでいたが、どうやら大間違いらしい。
まあ、ダークエルフやユニコーンが存在する世界なのだ。僕の浅はかな思い込みなんて、簡単にひっくり返すくらいでなければ面白くない。
ちなみに、霊力がある生物はすべて霊核と霊脈を兼ね備えており、人間もエルフもドワーフもハーフリングもライカンスロープも人類みな兄弟というわけだ。
子どもたちと受ける授業では、瞑想を通じて霊力に対する感度を高める。
「ユーリ氏、貴方は人間にしては霊力が高いようですね。訓練次第では、我々に近いレベルまで霊力を伸ばすことができるかもしれませんよ」
「人間とダークエルフは、そんなに霊力が違うのですか?」
僕がそう問うと、老ダークエルフは悲しげに首を振る。まるで、教え子のあまりの愚かしさに心を痛めるように。
「ユーリ氏、ダークエルフと人間では比べものになりません。はっきり言って、人間は霊的にはできそこないの生き物だと言わざるを得ません」
彼らはナチュラルに人間を見下すところがあるが、決して悪い人たちではない。僕に対しても、基本的には親切だ。ただ、霊力の強さや寿命の長さから、人間をちょっとばかり舐めているだけなのだ。
「それだけの違いがあるのに、僕はダークエルフに追いつける、と?」
「貴方から漂う月神さまの気配を思うに、何らかの加護を受けているのやもしれませんね。まったく、ギャラディナさまの慈悲深いこと……ほっほっほっ」
霊力のコントロールに長じるに従って、身体感覚が研ぎ澄まされていくのが分かった。
授業を通じて分かったが、霊力には大まかに2つの効用がある。
そのうちの一つは、身体活性化だ。
霊的エネルギーは肉体に活力をもたらす機能を有する。
身体の特定部位に絞って霊圧を強化すれば、地球の常識から言わせれば「人間をやめた」能力を発揮することも不可能ではない。例えば、霊力を腕に集中すれば怪力無双、足に集中すれば風のような瞬足、といった具合だ。
使い方次第では、星条旗を背負った盾持ちの超人や、突然変異の蜘蛛に噛まれた親愛なる隣人などと対等にやりあえるレベルまで身体能力を引き上げることができる。
そして霊力のもう一つの効用は、魔術だ。
ソラルナで使われる魔術は、世界に遍く存在する精霊や、2柱の神の力を借りて、特定の現象を発現させるものだ。
手順は複雑なものではなく、①呪文で精霊・神に呼びかけ、②現象を発現させる――だけ。
ただ、気を付けなくてはいけないポイントもあり、それは霊力を込めて呪文を詠唱すること。精霊や神には霊力が込められた「真言」でなければ言葉が届かず、発現させる現象が強力なほど、大きな霊力が必要となる。
つまるところ、精霊や神は人が使うソラルナ公用語など知ったことではないのだ。彼らには、意志や感情を込めた言葉でなければ通じない。これが、呪文に霊力を込めなければいけない理由だ。
ちなみに、呪文には特に定められたフレーズがあるわけではなく、究極的に言えば術者の意図さえ伝われば問題ない。ただ、同じ呪文を唱えると基本的には同じ現象の再現性が担保されるため、過去に考案された魔術をそのまま丸暗記するか、多少アレンジして使う人たちの方が圧倒的に多いそうだ。戦闘中などの差し迫った状況では、即興でオリジナルの呪文を唱えることはなかなかに難しい。
「サナリィ、きみを助けようとした時に発現した水流は、水の精霊の力を借りたものだったんだね」と僕は聞いた。
夕食後の一家団欒の時間帯で、サナリィもララミィもマリガンものんびりとくつろいでいた。
「貴方、水の精霊にだいぶ気に入られたみたいね。精霊には相性があるけど、あれだけの威力を出せるんだもの。あんな短い呪文じゃ、普通は無理よ」
あの時、僕は咄嗟に「その娘を殺すんじゃない! 水でも被って、頭を冷やせ!」と叫んだが、無意識に霊力を込めていたらしい。
殺し合いをしている人たちに冷静さを取り戻してほしくて、思わず水星の戦士のようなことを言ってしまったが、その言葉を聞き届けた水の精霊は5人組の冒険者に水を被せて戦意を奪い、サナリィが殺されるのを防いだというわけだ。
まさしく、呪文通りの効果というほかない。
「でもね、ユーリ」とサナリィは言う。「あんな大ざっぱな呪文では、味方も巻き込んでしまうわ。もっとちゃんと考えて、呪文を唱えないと駄目」
「考える……水の精霊よ、我が友を守るための力を貸し給え。汝の水流をもって、我が敵を打ち倒さん! アクアストリーム! とか?」
僕がそう言うと、サナリィは心底呆れた顔をした後、「また冗談?」と聞いた。
「うん」
「貴方の冗談、本当に意味が分からないからやめた方がいいわよ」
「そんなにつまらないかな。つまらないかい、ララミィ?」
「よく分からない」とララミィは申し訳なさそうに答える。「でも、お兄ちゃんの冗談は好きだよ」
そんな僕らを見かねて、マリガンが口を出す。
「ユーリ、そんなに難しく考えることはない。精霊との相性にもよるが、呪文は短く、分かりやすくが基本だ。今の話の場合ならば、『水の精霊、標的は人間5人、不殺の水流、敵のみ洗い流せ』で十分だろう。呼びかける精霊、発動範囲、発現効果をセットにして詠唱する癖をつけるといい。何事も積み重ねだ」
彼の話は、いつも的確かつ実直だ。
「分かりました、マリガンさん」
サナリィは父親の言葉に同調するように「うんうん」と頷くと、妹に言った。
「ララミィ、貴方も授業でしっかりユーリの面倒を見てあげなさい。この人、何を考えているのか分からないから心配だわ。悪い人間じゃないってのは、分かってるんだけどね」
「うん。お兄ちゃん、明日も一緒に頑張ろうね」
「もちろん。よろしくね、ララミィ」
ソラルナは、僕が暮らしていた日本に比べると遥かに危険な世界だ。
ここでは魔物に襲われるだけではなく、当たり前のように人類同士も殺し合いに臨む。ある者は大切なものを守るため、ある者は自らの欲望を満たすため。
僕は積極的に戦いたいという考えは持たないが、自衛のために自らの能力を高めるに越したことはない。僕に親切にしてくれた人たちが危険な目に陥った時、何もできずにいるのも御免だ。
果たして、僕の強みは何だろうか?
それを霊力や魔術に応用することで、一体何ができるだろうか?
愛と勇気と希望をもって、異世界転生者ならではの可能性を最大限に開いてみせようとも。




