第30話 たまには運動そして
連日書庫で本の虫をやっていると、健康に良くないと思い至った。
確か太陽光線の照射量が少ない北欧とかでは、背中が曲がるくる病を恐れて、海岸でヌードに成って日光浴するらしいが、成長真っ盛りの子供が薄暗い部屋の中に籠っていたら、くる病に成るかも知れない。
ビタミンDとカルシウムが必要で、ビタミンDは日光で生成できる。
日光を掌に当てるだけでも良いって聞いた事が有る。
今日は天気だし、庭に出て騎士団の訓練とか見学したい。
父上に話を入れておいたら、兄の昔着ていた剣技訓練の服を着用して、見習い騎士の訓練に参加しても良いことに成った。
今は無き兄のアルベルトも3歳から棒切れを振り回していたらしい、さすがは武闘派の家風を持つブラウンシュバイク家だ。
見習い騎士は6歳から騎士に交じって訓練を行い、読み書きなどの教養も叩き込まれる。
当然雑用とか掃除洗濯とか色々なことをやって、体力や知力を身に着けるらしい。
マリアに髪の毛は後ろでポニーテールにまとめてもらい、兄の剣技訓練用の服の中では一番地味なやつを選んで着付けてもらった。
「お嬢様!本当に大丈夫なんですか?」
マリアはアワアワ狼狽えているが、ここはクールにニヤリと笑って、
「マリア心配するな!腕におぼえが有る。」
マリアは茫然として見送ってくれた。
剣の使い方は知らないが、中学校まで剣道やっていたのだ、初段取って忙しくなって遠のいてしまったが、竹刀や木刀で面打ち百回とかだったら出来そうな気がする。
中庭の練兵場で、6歳から10歳位までの男の子に交じって訓練をすることに成った。父上の命令でシャルロッテとは名乗るなとの事になり。町娘のリナを名乗ることにする。正体を知っているのは、以前査問めいた集まりの時に自動扉役だったゴリマッチョ、実は隊長さんのハルトマンだけで、他の人たちは町娘リナと認識している。
運動するのって転生後初なんじゃないだろうか?
初めは歩くのも心配な感じだったが、最近じゃ書庫に行くのもマリアを振り切る勢いで走れるし、広辞苑みたいな革張りの本も軽々と数冊まとめて持ち歩くこともできる。少し年上だが同年代の子供のステータスを比べるいい機会だ。
先ずは挨拶からだ、「本日よりお世話になるリナです。」頭を軽く下げる。
周りの視線が痛い、変な時期に入ってきた謎の転校生の立ち位置だ。
教官の指示で井戸からバケツに水を入れ飼い葉桶まで運ぶ作業を行うらしい、バケツに入れる水の量は体力に合わせて少なくても、多くても良いがバケツ自体が木製の樽みたいな構造でかなり重そうだし、身長が無いので手を肩より持ち上げないと地面に擦ってしまう。
空のバケツを持ってみるが案外軽い、これってプラスチックバケツ並みに軽いんじゃないだろうか?まずはバケツに八分目まで水を入れてみる。
これなら広辞苑みたいな金属蝶番と鎖がセットになった羊皮紙本の方が重い、井戸端の桶に教官が水を満たしてくれているので、それを掬って30m位先の馬小屋の桶に入れるだけの往復運動だ。
飼い葉桶に水が一杯に成ったので、周囲を見ると驚愕の表情で自分が注目されている事に気付いた。
他の見習い騎士はへとへとに成って作業をしている。
これはちょっとやらかしたかもしれない、STRやVITの値が周りと違うようだ。
ここは頬を手で抑えて、笑ってごまかす。
「えへへ!毎日お風呂の水汲みやらされていたもので・・・」
次の場所は10m幅×30mの範囲に、木の杭が地面に打ち込んである。
フィールドアスレチックみたいな感じだが、杭の直径は10cm程度で、高さも杭間隔もランダムに成っている。
ここでは杭の上を踏み外さない様に歩いていくらしいが、これ足首グキって成る奴だ。
見た感じ特に障害と成るような物では無い、普通の地面を歩いているように、でも今回はあまり急がずにゆっくり渡って行く。
渡り切って振り返ると、時が止まったように皆が固まっている。
他の見習い騎士は、手を左右に開いてバランスを取りながら上半身をぐらぐらさせて落ちないように慎重に渡っている。
またもやらかしたかAGIが効いているのか?
今回も笑ってごまかすしかない!
「てへ!南方の沼地で生活していたので・・・」
言い訳が少しきついが仕方がない。
次の訓練は、ボコボコに成っている木偶人形の兜への打ち込みらしい。
さすがに身長の制約が有るので、的は子供用に低くされているが、それでも胴にしか入らない高さだ。
距離を取って、走りこんで手前で大きくジャンプしてからの面打ち!
「めーん!」
一本決まった感と共に、太い杭がボキりと折れて、木偶人形が倒れた。
「えーっと!杭が杭にヒビが入っていたと思います!」
もう、言い訳が苦しくて嫌だ!
ゴリマッチョのハルトマン隊長に呼ばれて別室に案内される。
「シャルロッテ様、いや今日は町娘リナだった。
お前さんレベル15って本当だったな!
その成りでそんな力出されると目立つんだが・・・」
「力の調節が難しくって。」
「そうか、基礎体力も力もあるから、
基礎訓練やるより旨く力を調節する技を身につけた方が良い。
ちょっと待ってろ。」
ゴリマッチョのハルトマン隊長が連れて来たのは、長髪でイケメンのほっそりとした騎士だった。
彼はハインリッヒ、技の使い手らしい。
しばらくは彼に技と、弱く見せるテクニックを教わることに成った。
ハインリッヒは無口な騎士で、技を見せては真似るように指導し、間違った所を木刀で突くそれを何度も繰り返した。
今日は運動が出来て気分が良い、帰ってきてマリアが湯あみの準備をしてくれる。
いざ湯船に入らんとする所でマリアの悲鳴が上がる。
「お嬢様!いったいこれはどうしたことですか!」
あっ!これハインリッヒに木刀で突かれた所だ!
ちょっと痣っぽい感じの場所が無数にある。
「お嬢様にこんな酷い仕打ちをするなんて!」
ボロボロと涙を溢れさせて泣き出してしまった。
マリアをなだめすかして何とか落ち着かせるのに苦労した。
夕食も食べて、今日は運動していい感じの疲労感でよく寝られそうだ!
「ハンスどうした?」
執務室で机から顔を上げてベルンハルトは、ハンスの浮かない顔を見て尋ねた。
「マリアからの報告でシャルロッテお嬢様の体中に痣が出来ていると、
マリアは心配のあまり号泣しておりました。」
少し考えるような仕草の後、ベルンハルトは話始める。
「ハルトマン隊長からの報告では、レベル15の件は間違いないとの事だ。
シャルロッテは中級冒険者並みの能力を持っている。
筋力、体力、敏捷性の全てでだ、あのステータス表示板の内容は正しい。」
ハンスは心配そうにベルンハルトに尋ねる。
「明日も騎士団にて訓練させるとの事ですが・・・」
「シャルロッテの能力を隠蔽する方法を身に着けさせる必要がある。
魔法的にも技術的にもだ。」
ハンスは噛みしめるように頷き、
「マリアにはよく言って聞かせます。」
ハルトマンは食事の後の晩酌として、エールをチビチビと飲みながら一人、物思いにひったっていたが、隊員たちが数名近寄ってきて話しかけてきた。
昼間見習い騎士の指導員をやっていた騎士の一人だ。
「ハルトマン隊長!昼間のあのリナって娘あれなんですか?」
ハルトマンは頬をポリポリとかきながら答える。
「ん!アレは何だ・・・力持ちの町娘にも広く門を開こうって事で、
領主様が探してきたんだ。」
別の指導担当だった騎士が身を乗り出してくる。
「あれがただの町娘って、あんなの力も身のこなしも大人顔負けでした。
しかも俺の娘とそれほど変わらない歳格好であれだ。」
ハルトマンはエールのジョッキを一気に煽ると、
「世の中には優れた逸材がゴロゴロしている。
お前らも気合入れて行かないと町娘にコテンパンにされる日が来るかもしれない、
皆頑張ってくれ! おっと! 領主様に呼ばれていたんだった。」
演説して間髪を入れずに立ち上がり、スタスタと食堂を後にする。
隊員は隊長の後ろ姿を呆気に取られ見送った。
「そうだ!ハインリッヒ、ハインリッヒが特別指導をしていた。」
隊員たちはハインリッヒに質問をぶつけたが、無口な彼から新たな情報を得ることは出来なかった。
数日後の事、伯爵領の行政府である屋敷の中でも一番大きな会議室にハルトマンが入ると、すでに大勢の人間が着席していた。
領主はまだ来ていないが、物資物流担当の文官や行政や法務商工関係の人員、教会関係者や魔法協会、冒険者組合からも何人か出ている。
ハルトマンは騎士団長を見つけて席の近くに着席する。
「騎士団長、砦の具合はどうですか?」
騎士団のトップはゲルハルト騎士団長で、東部国境の砦で警戒に当たっている。
ハルトマンは領主館の警備隊長に過ぎないが、複数の隊長の中では最先任であった。
「国境付近は相変わらずだ、魔獣も蛮族もいつもと変わりない、
それより中央で何か有ったらしい。」
領主ベルンハルトが部屋に入ってくると一同起立して迎え、領主が着席したところで一同が着席する。
静まり返った会議室の中で、ベルンハルトが会場に響き渡る声で話始める。
「王都より緊急の知らせが有った。中央大陸西方諸国が魔王討伐のため勇者を派遣して魔王の本拠地に攻勢を掛けたのが五年前の事であったが、魔王討伐に向かった勇者が殺害された事が分かった。
剣士、騎士、魔法使い、聖女、エルフ、ドワーフ、からなる高レベルの精鋭が、勇者の剣をはじめとして神器に等しい装備を持って、大陸西方の魔王本拠にまで到達したが、全員が殺害され、聖女がゾンビ化された生首で送り返されて、事の詳細を語ったという。」
会場は水を打ったように静まりかえって誰一人発言する者はない。
「魔王は中央大陸における全人類家畜化を宣言し、各国の無条件降伏と年間5万人の家畜奴隷供給を要求してきた。
西方諸国は人類の結束を訴え、宗派や国境の紛争を一時棚上げし、人類統合軍の創設を提案した。
王都でも提案内容の検討と交渉を重ね、バルフィリア王国も人類統合軍に参加する事と成った。
バルフィリア王国は最も戦場から遠く、穀物などの物資の供給源として期待されており、騎士や物資輸送人員の派遣も必要と成る。」
その後会議は紛糾し、物資の生産輸送に関する検討と、軍事及びその移動と編成、装備に関する検討に別れ、教会をはじめ冒険者や魔術師からも志願者を募る事と成った。
訓練に通い始めてすでに10日が過ぎた。
ハインリッヒからの突きも数が減ってきて、マリアに心配されながらも、髪をポニーテールにまとめてもらい、練兵場にやってくる。
何時もと雰囲気が違う、何だか忙しない感じと不安感が混じったような様子で、皆の鍛錬も実戦的で気合が入っている。
ハインリヒいから本日で訓練終了を申し渡される。
近々西方に派遣されるらしい、騎士団員の話を聞き耳立てて聞いていると、
魔王の宣戦布告と人類家畜化計画、それに聖女のゾンビ化での生首伝言などのショッキングな噂話を聞くことが出来た。
ハルトマンから呼ばれて別室に案内されると、話を切り出される。
「シャルロッテ様、本日で訓練は終了させてもらいます。
噂は聞いたと思いますが、魔王の侵攻に対して騎士団も対処する事に成りました。
戦場まで一か月は掛かる行軍に成ります。
どの程度駐留するかもわかりません、勇者が血祭りに上げられる様な相手です。
戦いの行方は知れません。」
とぼとぼと自室に帰りながら、何か対処できないかを考え続ける。
教団を使って人間の脳を改造し、俺の嫁を残虐な拷問にかけて虐待し、俺を殺して、シャルロッテの母と兄を惨殺してバラバラにし、マリアの姉ミリアを遊び半分に殺して楽しんだ。あの糞野郎共は絶対に許せん!
『神威魔法を使って、何かできる事が無いか?』
『自分中心の発動条件だと敵地に乗り込んで自殺覚悟の自爆攻撃に成ってしまいます。スキルや防具、アイテムを入手して防御しつつ発動する手も有りますが、実行可能か不明です。』
『天体魔法は自分中心じゃないから、一番小さい隕石爆撃なんてどうだろうか?』
『惑星の半球に対して広範囲に隕石が落下します。直撃を免れた地域にも飛散した塵による隕石の冬到来や津波、地殻変動により影響は甚大です。』
『終末魔法では関係ない人間全員死亡確定だし。召喚魔法ならどうだろうか?』
『召喚した生物が強力な個体ならその後、増殖や居座りなどで被害が出る恐れがあるのでは?』
『ドラゴンとか外なる神とか、リバイアサンとか魔王倒しても被害が続きそうだ、そもそも強さもよく分からない。宇宙生物とか呼んで酸の血液出して体内に寄生する感じだったら魔王よりヤバい。』
『強力なアイテム又は一度しか発動しない兵器やアーティファクトはどうでしょうか?』
『そういった超兵器や超技術の知識が無いから強力な兵器って分からない。
凄い兵器で思い当たるのはICBM位だろうか?核ミサイル召喚できないかな?』
その夜、マリアを早く下がらせると、シャルロッテはベッドシーツを剥がして、そこに魔法陣を丁寧に書いていき、魔法陣の中心に立って複雑な呪文の詠唱を5時間かけて行った。




