第28話 シャルロッテ
中央大陸を統一した魔法王国が崩壊してより千年、人類が誇った偉大な技術は失われ、時折発見される遺跡や迷宮によりかつての偉大な人類の英知の断片を再発見することで、当時の偉大さを伺い知ることが出来るだけとなっていた。
魔法王国の崩壊は強大な魔術の暴走とも、神の怒りに触れたともいわれるが、幾つかの伝説や伝記の中に推測が述べられるのみであった。
その後も繰り返す戦乱によって著しく疲弊した人類に対し、人類の生存圏を埋める様に、魔獣たちが生息範囲を広げ人類の生存を脅かし続けていた。
バラバラに成った人類は中央大陸の各地に分散し、やがて地方を統合する英雄たちが現れ、徐々に支配地域を拡大し、それを統合して新たに王権を確立していった。
現在王冠を戴く者の多くは、魔獣を討伐し人類の脅威を除いた英雄の子孫であり、このバルフィリア王国も初代英雄王の建国伝説に彩られた国だった。
三百年ほど前にバルフィリア王国の東方拡大に際して、東方騎士団を率いた王家に連なる者ロベールは、東方に拡大した領土鎮護の王命を受けて、ブラウンシュバイクの姓を賜り、辺境伯としてこの地を治める事と成った。
その十五代目ブラウンシュバイク伯ベルンハルトは、娘のシャルロッテの事を考えていた。
今から3か月前、妻ソフィアと息子のアルベルトと共にシャルロッテは、王都の屋敷からブラウンシュバイク伯領に移動中、魔族の襲撃を受けた。
護衛は全員殺され、ソフィアやアルベルトや近習の者たち、メイドに至るまで全員が惨殺された。
但し、シャルロッテのみが無傷で生きているのを後日発見された。
発見当時、惨殺された者たちの血肉滴る臓物に塗れて、すでに意識もなくただ焦点の定まらない目で何もない場所を見つめているだけだったという。
魔族には人間を遊び半分に苦しめて楽しむ所があり、幼い子供を直接殺害するのではなく、精神的に殺す行為もよく見られる事だった。
ブラウンシュバイク伯家の跡取りであった、アルベルトが妻と共に死亡し、シャルロッテも心が無くなり、元に戻ることは無いと言われていた。
体に滋養を与え回復魔法を施していても、やがて心に引きずられて体の死が訪れると言われていたのだが。
昨夜突如としてシャルロッテの意識が戻った。
言葉は混乱していて意味が分からないものだったが、目には意思の力が感じられたし周囲への反応も意思が有る者の行いだった。
死んだと思われていた心が蘇ったのだ。
心に悪魔が乗り移ったり、精神に魔術を仕込まれた可能性もある。
司教と魔術師協会の会長を呼んでいる、シャルロッテに妙な噂が立つ前にバルフィリア王国でも権威ある存在の両名にシャルロッテの身の証を立ててもらう必要がある。
結局ぷぷるんもこの世界の事は分からないし、いくら脳内思考を繰り返していても埒が明かない。
もっと情報収集が必要だが、焦っても仕方がないので、マリアが持ってきてくれた朝食を頂く事にする。
パンとスープに肉と卵、ジャムとお茶が並ぶ食事だ、野菜とかは無いらしい、この子の家での作法はどう成っていたか考える。
まず手を組んで額を付けて、お祈り風にしてセリフをいう流れだ。
「神よ今日の糧をお恵み下さり感謝します。」
ちゃんと出来てたのかマリアの方を見るが、大丈夫そうだ。
あまり固形物食べてなかったって事なんで、スープ中心にして胃腸を刺激しない様に、腹八分目に抑えよう。
手づかみで食べて、汚れたら手をボールで洗って布巾で拭う感じだ。
中世の食事風景な感じだが、カトラリーが欲しい、箸でも使いたいところだが今は我慢だ。
食事が終わったら手を組んで祈りながらセリフを言って終わりだ。
「神に感謝します。」
中世と同じ様な感覚なら残り物は従業員の胃袋に収まるので、全部食べる必要はない、マリアも違和感なく片づけを始める所を見ると食事作法は問題なくちゃんと出来ていた様だ。
貴族とはいえ所詮は四歳児なので、多少の失敗は見逃してくれると思うが禁忌に触れるようなNGワードが有ったら危険だ、地雷には注意したい。
以前から近しい関係に有った人物は全て死亡している訳で、多少仕草やリアクションが違っても問題ないと思う。
マリアが戻ってくると、旦那様つまり父親が呼んでいる事を知らされた。
父親は辺境伯という事もあり、この地を治めるために領地に在って政務を行い母や子供は王都に住んでいる。
江戸時代の大名の様なイメージなんだろうか?
だとしたら王都は社交と情報収集の場って感じなんだろうと予想される。
従って父親との親密度は低い、年に何回か会う感じの人物だ。
マリアに連れられて屋敷の中を歩いて、重厚な扉の前にやってくると、マリアが扉をノックして扉の中に声を掛けた。
「シャルロッテお嬢様をお連れしました。」
「入りなさい。」
回答が聞こえると同時に、中にいる人物が扉を開けてくれる。
剣を吊るしたゴリマッチョな人だ、自動扉兼護衛か?
部屋の中に入ると視線が集中する。
この部屋には重厚なテーブルを挟んで、向かい合わせにリッチな革張りのソファーが置いてある。
左側ソファーの奥に父上が座っていて、右側ソファーには老人2名が座っている。父親はベルンハルト・フォン・ブラウンシュバイク、その後ろには執事のハンスが立っており、右側の2名の老人はシャルロッテの記憶にはない人物だった。
先ずは挨拶だ、シャルロッテの記憶から良さそうなものを選んでやってみる。
「お父様、シャルロッテお呼びにより参上しました。」
そこで、スカートの裾を少し持ってお辞儀すると同時に膝を曲げる感じだ。
その後、顔を上げると、全員がノーリアクションで執事のハンスさんのみが、ギョッとした表情を一瞬見せていた。
「うむ、シャルロッテこちらに来なさい。」
呼ばれて父親の近くに来ると、テーブルが高くてソファーの座面が肩の高さだ。
ハンスに「お嬢様こちらへ」と言われて、一番奥のお誕生日席に座らされる。
子供用の少し座面の高さが高い椅子だ。
椅子に座って父親を見ると、「シャルロッテ紹介しよう!」と手前側の人物白衣の上品な法衣のような物を纏った老人を示して、
「ブラウンシュバイク教区の司教ユリウス様だ」
老人は穏やかな顔でにっこりと微笑むと、「ユリウスと申します」と右手を胸に置いてあいさつした。
こちらも「シャルロッテと申します」と答える。
「こちらはブラウンシュバイク魔法協会の会長ザーレ導師だ」
ユリウスの隣の老人は黒っぽい衣装で鋭い眼光を放ちながら「ザーレじゃ」とだけ答えた。
少し面食らったが堂々と「シャルロッテと申します」と微笑んで返した。
お互いの紹介が終わると、この部屋の人間全員に対して父上が話始める。
要約すると、シャルロッテの精神に魔族の汚染が無いか調べたい、心を失っている間にステータスに異常が無いかを調べたい。
両方の老人にシャルロッテに問題が無い事の証人と成ってほしいと言うものだった。
二人の老人は頷くと、まずは調べてみてからだと言って、シャルロッテに確認する様に話しかける。
「今からそなたの魔法特性の判定を行う。この玉に触れてごらん」
大人の手の平よりも大きい透明の玉がモフモフのクッションの上に置かれていて、玉は曇り一つないピカピカに磨かれている。
触って指紋が付くのをためらわれるほどの美しさで、ピリッと電撃でも出そうな雰囲気を放っている。
そっと手で触れるが玉には一切何も起こらなかった。
手でべたぺた触りなおしても何も起こらない。
大人たちはお互いに顔を見合わせて、ユリウスが玉に触れると強烈な白い色が光って玉から手を離すと光が消えた。
「魔力が無いか無色の魔法すなわち全適正かと言ったところです。」
部屋全体で少し弛緩した空気が流れる。
次に黒衣の老人が取り出した金属の板、これに手を乗せるように言われる。
板には何やら文字と数字が刻まれていて、これを見ながら三人の大人は議論を始める。置いてきぼりに成ったので、ぷぷるんと脳内念話を始める。
『ぷぷるんあの板の文字読めないんだが・・・』
『恐らく何らかの分析結果が記載されているのでしょう、
全体画像を精密記憶していますので後日調べる事が可能です。』
彼らの議論の断片から判断すると、あの玉は魔法の適性を調べる玉で心が魔族に関係すると黒く変わるらしい、白色は神聖魔法、赤は火魔法とか魔法適正に応じて色が変わるが、無色だから適正なしか、全適正かって話に成っている。
ステータースは、4歳にしてレベル15が異常だって話に成っていて、魔力は8しかないから、魔法適正は無い方向で議論はまとまっている。
中堅冒険者並みのレベルとステータスを備えた4歳児で、魔法適正はなし魔族の汚染も無い事が分かったらしい。
寄って二人の老人は、シャルロッテが魔族による汚染を受けていない事を証明する証人に成ってくれる事に成った。
「お嬢ちゃんダンジョンか古代遺跡にでも潜ったみたいじゃ」
黒衣のザーレ導師はシャルロッテを見て、面白そうに笑った。
その後会話は、王都からの帰りに何が有ったのかの質問に移って行き、襲ってきた魔族の形状や大きさなどの質問に答えて行った。
母や弟の惨殺シーンは詳細に記憶しているが、その辺を淡々と語る四歳児は客観的に見ても気味が悪いので、よく覚えていないから話したくないとお茶を濁した。
こちらで心を失っている間の事を聞かれると、夢の世界を旅していた的な事にしておいた。
夢なら何とでも言い訳できるし、後から何とでもフォロー可能だ。
父上の言葉で自分の出番は終了して退出することに成った。
「シャルロッテそれでは部屋に戻って休んでいなさい。」
ハンスさんが高い椅子から降ろしてくれる。
部屋の扉の前まで歩いて、振り返ると軽く礼をして挨拶する。
「皆様失礼いたします。」
そして促されるままマリアに付いて自室に戻るのだった。
シャルロッテが退出し、扉が閉まると全体の空気が弛緩し、一息ついたベルンハルトは、一同に声を掛ける。
「皆シャルロッテをどう見た?」
ユリウスが穏やかな眼差しで答える。
「とても利発な受け答え、堂々とした態度、さすがブラウンシュバイク伯家の淑女教育ですな!邪悪な雰囲気は微塵も感じられなかったし、受け答えに嘘を言っている様子は有りませんでした。」
「堂々とした態度じゃと!わしの威圧を軽く躱しおった。
それにあのステータスはなんじゃ!ベテラン冒険者と変わらん、
ブラウンシュバイク家は四歳児にダンジョンを攻略させておるんか?」
ザーレ導師は軽い笑みを浮かべながら呆れたように答える。
「ハンスはどう見た?」
「王都の家庭教師ゾフィーの報告では、礼儀作法の教育はまだ始めたばかりで 中々捗らないと有りましたので、いささか驚きました。」
最後にゴリマッチョの護衛に目線を向けると、ゴリマッチョが頷いて答える。
「物腰、目の配り方は只物では無いと感じました。魔族の特徴や大きさなど的確にとらえていて、あの惨劇の中では歴戦の戦士でもなかなか出来ない事です。」
ベルンハルトは、溜息をつくと自分の考えを述べる。
「シャルロッテは常に王都に有って、年に数回しか会うことが無い、
親子の情は薄いかもしれないが、十分な教育を施してどこか良い縁談をと思っていた。しかし、長男アルベルト無き今、シャルロッテに婿を取り、このブラウンシュバイク家を存続させねば成らないがシャルロッテにその器量が有るか?」
ユリウスは穏やかな雰囲気で答える。
「いまだ四歳の子供、これからの教育次第で何とでもなりましょう!」
ザーレ導師もどこか考えを絞り出すように発言する。
「良い教師と良い仲間に出会えるか次第じゃろうな!」
ベルンハルトはこの日シャルロッテは王都に戻さずに、この領地でしばらく教育を施すことに決定した。
新たにユリウスとザーレ導師から紹介の教師を付けて教育を行う事となる。
部屋に帰ってきた所で、マリアに話しかける。
「マリア、私ってきちんと出来ていた?」
「お嬢様はとても立派でした。マリアはあの方々の圧力に冷や汗が止まりませんでした。」
マリアが身だしなみを部屋用の緩いものに変えてくれて、お茶の用意をしに部屋を出て行った。
ベッドに横に成ってぷぷるんと念話だ。
『ぷぷるんアレでよかったのかな?会社の懲罰委員会とか査問を受けているようで
緊張したよ、重役連中で平社員取り囲んで寄ってたかって感がすごい。』
『あそこにいたマリア以外の人物は、貴方の事を疑い半分で見ていたと思われます。
何を疑っているかはわかりませんが、彼らが想定するよりも高い能力を持っている事が問題視されていた様子です。』
『それそれ魔力が8で魔力なし認定されてたぞ!魔力無限じゃなかったの?』
『こちらで言う魔力と元の世界の魔力が違うという事も考えられます。』
『だとするとこちらの世界では魔法が使えない可能性が有る訳だな。』
『一度魔法を使って試す必要が有りそうだが、自殺するつもりは無い!
それにレベルとかステータスってなんだ?』
『・・・・』




