第22話 偽の戸籍
闇医者に診察してもらってから、2か月が経過した。
小鳥の様子は劇的に改善し、うなされて夜中にうなされて起きることも無くなり、昔のことをお互いに話せるように成ってきた。
昔の話で、親や友人の話題になると寂しそうに成るが、根はとても明るく真面目な娘であることが分かった。
金の心配も無くなり、どこか田舎に引っ越して引き籠る手もあるが、いまだ小鳥の身分は、宙に浮いたままだ。
現在安藤家の住所に住んでいる朝鮮語を話す娘が安藤小鳥を名乗っている。
新しい身分を手に入れる必要があるが、そんな裏社会の伝手は、あの闇医者しか思い浮かばない。
「安藤小鳥さん、あなたの住んでいた家には、
全くの別人があなたの家族を装って住んでいます。
安藤小鳥を名乗る人が住んでいましたが、
日本語が不得意で、朝鮮語を話す少女でした。」
小鳥はとても悲しそうな眼をして、しばし俯いていたが、本当の家族は教団の施設に居て人格が変わっていたので、多分全部入れ替わってしまったのだろうとの事だった。
教団の追手を躱す為にも、普通の行政手続きを受けるためにも正式な身分が必要だ。
「小鳥さん、別の人間に成るって考えた事ありますか?」
一瞬驚いた表情に成った後、悲しそうに絞り出した。
「今までずっとほかの人間に成りたいと思い続けていました。」
彼女も宗教団体の追手の事を不安に思っていたに違いない。
「もしかしたら安藤小鳥ではない別の人間に成れるかもしれません。
そのようなことが出来るならやってみませんか?」
彼女はコクリとうなずいた。
久しぶりに闇医者のマンションを訪ねる。
患者の途切れるところを狙ってこの場所にやってきた。
玄関に入ると老人が出迎えてくれる。
「お前か、彼女は元気でやってるか?」
頷いて、老人の前に進んで、丸椅子に腰かける。
「実は彼女に新しい身分が欲しいんです。」
「組織に追われているんだったな、よくある話だ。」
何も言わずに老人に封筒に入った金を渡す。
老医師は中身も見ないで重さだけ確認して、メモを書きはじめる。
「いいだろう!このメモの住所に彼女の身分証用の写真を送る。
書類の受取先のメモも入れておく、
10日後には書類が届く、そんな感じだ。」
「ありがとうございます。」
「俺の見立てじゃ、あの娘お前に惚れてるぜ、頑張んな!」
老医師はニヤリと笑うと俺の肩をピシャリと叩いた。
老医師に乗せられて大恥かくことに成るかもしれないが、彼女の事は大事に思っている。
そして、彼女を守ってやれるのは自分だけだ。
勇気を出して婚約指輪を買うつもりだが、彼女の左手に薬指は無い、ジュエリーショップに行って、ダイヤモンドの指輪を選び、金のネックレスチェーンと一緒に購入する。
医者の見立てを信用して、懐に忍ばせておく。
10日ほどして、住民票と運転免許証、マイナンバーカードなど、が同封された封書が届く。
依頼の時の封書に同封した安藤小鳥の写真が貼られているが、西島詩織という女性の身分証明の書類一式だった。
西島詩織は鳥根県大山町出身の20歳、親兄弟なしの独身、現住所は近くの街に住んでいる事に成っており、手書きのメモで早めに結婚して姓を変える様にと書かれている。
これらの書類を二人して読みながら、彼女の様子を窺うと、彼女と目が合ってしまい、彼女は真っ赤に成って目線を下に向けた。
「あの、僕はこれまで誰とも付き合ったことが無いし、
正直女性にどのように接したら良いのかわかりません。
でも、あなたのことが日に日に好ましく感じています。」
「私も高校生の時から強制的に施設に入れられたので、
男の人と付き合ったことが有りません。
こんな傷だらけの体ですし・・・
でも、うれしいです。」
俯いて消え入るようにしながら、ぽつりぽつり答えてくれる。
ここは勝負所だ!気合を入れてたたみかける。
「安藤小鳥さん改め西島詩織さん、私と結婚してくれませんか?」
と言いつつ、懐に忍ばせておいたダイヤモンドの指輪を差し出す。
そして金のネックレスとして首に掛ける。
彼女は目に涙を浮かべ、微笑みながら言った。
「はい!よろしくお願いします。」
彼女の両手を掴んで目と目を見合わせ、そしてお互いに笑い合った。
早速、西島詩織の本籍地から戸籍謄本を郵送する手続きを取る。
近くの市役所に婚姻届けと一緒に戸籍謄本を提出して、数日後には法律上の正式な夫婦に成った。
夫:伊藤琢磨と妻:伊藤詩織だ。
「結婚して苗字が変わるって憧れだったけど、名前も変わっちゃったね。」
彼女と正式な夫婦に成った。
しかし、彼女が宗教団体に狙われている事に変わりはない。
彼女の笑顔を守るためにも敵を倒さねば成らない。
敷島梓は数ヶ月前に、早朝のバスの中から安藤小鳥の様な女性を見た事を報告できないでいた。
直感では自分とペアを組んでいた、美少女戦士ファンシーりりの本人だったと思うが確証が持てなかった。
じりじりと心に引っ掛かる物がある。
現在の仕事で梓の成績は店のトップ3に入るようになり、月間売り上げも、指名ランキングもリピーターも上々だ。
客一人で30ポイント、指名が入るとさらにプラス10ポイントとなり、お客が部屋でタバコを1本吸うとマイナス1ポイント、タオル1枚使ってもマイナス1ポイントとなる。
部屋代をお店に10ポイント払わなければ成らないので、お客一人に対して、平均15ポイント程度の手取りに成る。
奈美は注射のお薬で頑張るようになって、疲れ知らずだ。
梓もお薬をもらいに司祭様の所に行って、小鳥の事を相談することにした。
梓が数か月前に風俗街の一角で安藤小鳥らしき人物を見かけた事を教団に報告した。
「敷島梓さん、よく告白してくれました。
魔人様はきっとお喜びですよ!」
司祭様は慈愛に満ちた顔で梓を誉め祝福してくれた。
そしてご褒美として注射のお薬を与えられることに成った。
梓にとって注射器に入った透き通った青色の液体は、見るからにクールでとても美しく感じられた。
左ひじの裏側にある太い血管に針が突き刺さる瞬間、一瞬チクリと痛みを伴ったが、その後冷たい液体が少しづつ血管に入ってくるのが感じられる。
思わず「ああっ!」と声が出るのを止められなかった。
やがて全身が温かい物でゆっくりと包まれるような、世界が晴れ上がって魔人様に祝福されているような幸福感に浸って、敷島梓はだらしなく涎を流して、全身をぴくぴくと何度も痙攣させる。
仕事を続けながら定期的に注射のお薬が与えられるようになり、薬のためだったら何でも出来るし、薬さえあれば何も要らないと思えるようになったころ。
敷島梓に新しい命令が教団から与えられた。
元魔法少女が厳重な教団施設から人目の少ない場所に運び出されるとき、何らかの方法で救出作戦が行われる。
敷島梓を囮にして、魔法少女を新たに捕獲する計画を教団は発動した。
安藤小鳥を使った人体実験により、魔法少女の防御力と欠点が推測されている。
また魔人から得られた技術によって教団組織としての攻撃力が上昇している。
敷島梓は救出に来た魔法少女を捕獲することが使命と成るが、すでに薬が有れば何でもできる状態に成っており、薬の切れた時の禁断症状も激しい。
彼女は薬漬けにされた状態で幸せな夢を見ながら、車に乗せられて作戦のポイントに輸送されていくのだった。




