第21話 闇医者
「琢磨です、只今帰りました。」
玄関の外で小声で囁くと、急いで廊下をパタパタと歩く音が聞こえ、ガチャガチャと鍵を開ける動きと共に扉が開く、満面の笑顔で彼女が出迎えてくれる。
「おかえりなさい!」
少し照れるが彼女の全身をまじまじと見つめてしまう、彼女はさっき買ってきた、ちょっとダボダボのズボンの裾を折り返して、水色の長袖のシャツを羽織っている。
「ただいま・・・あっ!とっとても似合っています。」
髪を切って肩までの長さに揃えてサッパリと落として、前髪は右目が少し隠れるくらいの長さに成っていてとても可愛いい。
ちょっともじもじして上目使いにこちらを見ている姿を見ていると思わず抱きしめてしまいそうに成るが、こんなおじさんに抱き着かれたら恐怖を覚えるに違いない、ここは我慢して意識を別の物に変えると、何だか旨そうな匂いが漂ってくる。
鼻をクンクンさせている事に気が付いた彼女は微笑んで言った。
「いまご飯を作っていたの、お味噌汁飲みたいって言っていたから。」
はにかんだ彼女は何だかとても嬉しそうだ。
「ケーキを買って来たんです。食後にどうですか?」
ケーキの箱を見せて二人で笑顔に成って笑った。
彼女の料理スキルは高い、あの限られた食材で和食中心の献立を作り上げた腕は中々の物だ。
飢餓状態にあった者が突然腹いっぱい食べると死ぬって事も聞いたことが有るので、少しずつゆっくりと食べてもらう。
先ずは怪我の治療のために病院を探さねば成らない。
行政機関、警察、報道など、どの辺まで浸透されているのか不明だが、完全に乗っ取られていれば、法律が変わったり警察権を行使して、収用所や労働キャンプなどに連れ込まれてもおかしくない。
今のところそうした動きが無いのは、一部の人間にしか手が回っていない状態だと思うのだが、だからと言って現状では大手を振って歩き回る訳にも行かない。
夕食の後に彼女と今後の方針に関して打ち合わせをする。
「まず病院を探しましょう!教団の経営する病院は論外だが、
医者が信者かどうかの区別もできないので安全な医者を急いで調べます。」
彼女のケガの状態で普通の病院に連れて言ったら、DVとか虐待を疑われての通報案件間違いなしだ!そこから通報されて警察沙汰からの新聞報道と成れば彼女の存在を全国区でアピールすることに成ってしまう。
教団の規模や勢力が不明な現状では、彼女の存在を知る人が少なければ少ないほど安全なのだ。
彼女には申し訳ないが和室のせんべい布団に寝てもらい、自分はキッチンの床で寝袋で睡眠だ。
襖を挟んで気配を窺う、彼女の寝入った所でぷぷるんに話しかける。
『彼女はぷぷるんが俺の頭の上に居たり、
床をトコトコ歩いていたのが見えていないようだったな。』
『彼女の魔力が枯渇し、全く回復していない様です。
ぽんすけの姿も見えなくなってしまいました。』
『ぽんすけって彼女と契約している使徒なんだろ?』
『使徒は契約者を守るための防御を司ります。
ぽんすけは、彼女の肉体損傷と精神破壊を防御する作業を今も
継続していますが、魔力が不足していて実体化できずにいるようです。』
『彼女の魔力の枯渇か、どうしたら回復するんだろ?』
『そもそもこの世界には魔法が存在しない環境なので、現役のマジカルファンシーXが使っている魔法回復薬が入手できれば何とか成るかもしれません。』
いま彼女たちに接触するのはリスクが大きい、連絡を取り合っている事を知られて両者共倒れに成ったら何もできなくなってしまう。
『そもそも射撃時に使用した魔力を自分が回復出来ているのは何でなんだ?』
『メンタルや体力の安定が欠かせないのかも知れません。』
魔法や魔力なんてスピリチュアルな世界の話だから何にも分からないのが正解だな。
『そういえば俺の口座に大金が入っていたのはぷぷるんだろ?』
『神様からの初代魔法少女に対する慰労の意味を込めたものです。』
『すると俺は安藤さんに対する退職金の財産管理人って感じか!』
いつしかウトウトとし始めたころ、彼女のさめざめとした泣き声が聞こえてきたが、やがて寝息に代わって静かに成った。
明日は調査だ!
彼女と朝食を一緒にとって、すぐに帰るからと家を出る。
以前の仕事の先輩が無保険現金で診察する医者が居るって話をしていた、やくざ者の銃や刀の傷とか風俗嬢の中絶とか外国人とかを見てくれる医者がいるらしい。
大金は彼女の福利厚生のための現金だから、今使わずにいつ使うのかって話だ。
ATMでは降ろせないので、銀行の窓口で300万円降ろす事にした帯付きの札束だ!振込とか色々進めて来るが現金が必要だからと言ったら、それ以上食い下がって来ることは無かったが、事前に連絡を頂ければ準備しておきますと、迷惑そうに言われたので次は大金降ろす場合は連絡を入れておくべきだろう。
さて、いわゆる闇医者を探し出すために裏家業っぽい人に当たっていきたいが、ヤクザとか情報屋とか伝手がない一般人がどうこうできる案件ではない。
探偵とかなら情報が有るだろうか?
外国人相手の診察もしているって話だし、ヤクザや風俗嬢に話しかけるよりも敷居の低い外国人に話しかけるのがよさそうだ、如何にもな外国人の人に聞いてみるか?
繁華街の裏通りの公園、というか広場みたいな場所にラテンな感じの外国人が隅の一角で昼間っから酒を飲んで楽しそうに話している。
ビール350ml缶六本パックを持って近づくと気さくに話しかける。
「助けてくれないか?友達が怪我をして医者に見せたいが、
日本の保険を持っていない。
現金で見てくれる医者がこの辺に居るって聞いたが教えてくれないか?」
彼らにビールを渡すと初めは胡散臭そうにしていたがアルコールが回っているのも手伝ってか、あれこれと教えてくれた。
「ありがとう」と礼を言うと口々に「友達がよくなると良いな」とか「がんばれよ!」とか温かく送ってくれた。
医者の場所は繁華街のマンションの一室だ、完全にもぐりの医者みたいで外からは医者を感じさせるものは見当たらない。
引っ切り無しに、怪しげな男や、お水系の女性が出入りしている。
こんなところに彼女を連れてくるのもどうかと思うし、いきなり連れてくるより現ナマの威力で休診日などに診てもらえないか話を付けておきたい。
人が途切れたところで勇気を振り絞ってマンションの扉の前に立つが当然ながら表札も看板もない、使い込まれた取っ手に手を掛けて扉を開けて中に入る。
部屋のなかに入るとエーテルの匂いがツンと鼻をつき消毒の匂いに交じってメントールの匂いも充満している。
薄暗い部屋の衝立の向こうから、男の渋い声が聞こえる。
「こっちだ、どうした?」
男の向かいに回っていくと、白衣を着た白髪の老人が年季の入った椅子に座ってこちらを見ている。
「女性一人が組織に追われている。
人目の無いところで診察してもらえないか?
見つかったら命が危ない。」
嘘じゃないので本当のことをいう。
一瞬目がギラリと光ったように感じた。
「よくある話だ、往診はやってねえ、機材が無いからだ。
ただ、夜間の診療は特別価格だ!」
何も言わずに100万円の札束を机に置いて老人をみる。
「明日、午前2時に、ここに連れてこい。」
頷いて席を立つ、そのまま部屋を出て、雑踏に紛れる。
マンションのビルを出るまで誰にも会わずに済んだが、足がガクガクしてやばかった、俺って初めてにしては中々できる子なんじゃない?
深夜の繁華街に人通りは少ない。
すでにほとんどの店は閉まっており、営業しているのはラーメン屋と牛乳屋、新聞屋程度だ。
そんな通りから一本裏に入った通りには、誰一人歩くものも無く俺と彼女の二人だけだ。
彼女はジーンズに黒のパーカを羽織って頭までしっかり覆って、顔が見えない様にしている。
右足を引きずるようにして歩く彼女の、横に付き添って並んで歩いていく。
マンションに入って目的の部屋の扉を開けると、白衣の老人がポケットに手を突っ込んで立っていて、顔を確認してこちらに歩いてくる。
「時間通りだな、つけられれねえだろうな?」
と老人は入り口の扉を開けて外回りを確認した後、扉の鍵を慎重に閉めた。
「早速だが、その女が患者か?」
「そうだ!」と言ってから名乗ろうかどうか思案していると、
「何も言わなくていい、下手なこと聞いて後で巻き込まれても困る。
まずは座って患者を見せてくれ。」
彼女は医者の向かいの丸椅子に腰かけると、パーカーを脱いで顔を見せる。
「お嬢ちゃん良い顔してんのに、いったい何やったんだ?
あ~!俺が質問しても答えなくていいからな、
独り言喋りながら診察するのが俺のスタイルなんだ。」
医者は全身くまなく診察していく、目、口、耳、全身の痣、などで、俺は衝立の裏に移動して彼女の裸を見ない様に気配で様子を窺っていた。
時々風俗嬢の話とか、やくざ者の指詰めた後の処置とか、外国人の抗争の治療の時の話など一方的に喋って診察している。
右膝の関節は時間を掛けて調べている様子で、診察が済むと彼女に服を着る様に言い、
「兄さん入ってきて良いぜ!」
老医師は目を見張って鋭い目線を彼女に戻すと、
「こいつはひでえ事に成ってるな!
今どきヤクザだってこんなことしねえよ!
70年代の共産主義国の尋問かと思ったぜ!」
いったいどうなってるんだと顔が語っている。
「目は網膜剥離しかかってる。
指の方はだいぶ前に切断されて切断面がふさがってるが、一番悪いのは右ひざだ、
膝の関節が砕かれてやがる、手術をしても完全には治らないだろうな。
歯の方も入れ歯にするしかねえな。
内臓の方は大丈夫みてえだから、目と膝を何とかしよう。」
眼帯を付けて全身包帯な感じに成って、飲み薬と塗薬をいくつか渡される。
札束を懐から出して礼を言うと。
「兄さん、この娘最後まで守ってやんなよ!」
肩を叩かれて、玄関扉まで送ってくれた。
黎明の街の中を、新聞配達だろうか?
バイクのエンジン音だけが響いている。
そんな早朝の道を寄り添うように帰って行く二人。
大通りには車の通りが徐々に増え始める中、バスの中から敷島梓が呟いた。
「安藤小鳥? 小鳥ちゃん?」
「どうしたの梓っち?」
敷島梓は、奈美の言葉が聞こえていない様に、只じっと窓の外を凝視し続けるのだった。




