問題社員
急いで梯子を駆け上がり、会社の内部へ出る。残業時、仮眠に使っていた毛布を拝借してくるつもりだ。猛スピードで階段を登り、休憩室へ急ぐ。
到着。ソファにかかっている毛布を回収。ふと、人が会社に残っているか気になった。だが警報も出ているし、急いで帰宅したはず。
だから、狭いシェルターに人を匿うなんてことはないだろう。
俺らが働いていたオフィスも同階にある。せっかくだし覗いていくか……でも時間がない。一瞥し通り過ぎようと思ったが、オフィスの中に光が見えた。
うーん、気になる。少し、少しだけなら大丈夫。
ドアを静かに開け、中を確認する。右奥のデスクに人影が見えた。誰かを確認するため、近づくことにした。あの人でなければ、シェルターを紹介するつもりだ。
足音を最小限にし、近づく。だが、数歩進んだだけで、誰かがわかってしまった。なので気配をかき消し、そのまま回れ右をする。ちらっとしか見ていないからバレていないはず。寝ていたし。
うんうん、大丈夫。バレてない。全身を縛っていた緊張の糸がほどけると、思わずため息が漏れた。そして時間がない。開いていたドアを閉め、階段へ向かおうとする。
あれっ。ドアが閉まらない。……ああそういうことね。すべてを察し、ダッシュの体制をとる……が。肩を掴まれた。もうお手上げだ。せめてもの抵抗で、何も知らない風を装う。
「どうされました?」
ニコニコと微笑み、俺の肩を離すまいと全力で掴む。そんな彼女を前に、俺は何もできなかった。
「へぇ〜。こんなところがあったのね。助かったわぁ」
彼女は同僚の牧さんである。黒髪ロングの長身で、胸もでかい。美人でいい匂いがする。よって、新入社員からの人気はピカイチ。しかし、その超めんどくさい性格から段々牧さんから距離を取る人が増える。一定数の熱烈なファンはいたが。
肩を掴んで話さない牧さんにシェルターのことを渋々教え、ここに連れてきた。死ぬよりはいいでしょ、と将汰は快諾してくれた。内心は分からないが。
「なんで牧さん、会社にいたんですか」
「仕事よ仕事。営業が遅くなって、戻って来たらこれよ!」
そう言ってスマホの画面を見せてくる。そこには隕石の落下を知らせる、通知が映し出されていた。
「隕石、ですか」
「もう怖くなっちゃって。そしたら良介君、あなたが来てくれて!!!」
うるうるとした目で、こちらを見つめる。ハハーと受け流し、床に座る。
「もう、落ちるわよね」
牧さんがそうつぶやき、壁に掛けてある時計で時間を確認する。後一分。なるべく考えないようにしていたが、そろそろ向き合わないと駄目なようだ。
空気が緊張に支配される。将汰は安全だと言っていたが、やはり怖い。
色々考えている間にも、一秒は過ぎていく。一時は消えかけた死の影が再び纏わりつく。恐怖を紛らわせるために拳を強く握る。
ドクドクと高鳴る鼓動。荒い息。漫画やアニメで散々見てきた死。これが自分の目の前にどんどん近づいてくる。
あと、十秒。もう時計は気にしない。死にたくない、その思いだけが頭を支配している。
「時間、過ぎたわ!やった、やっぱりここは安全だったのね!」
牧さんの気楽な言葉。フラグだとしか言いようがない。その言葉を皮切りに、凄まじい揺れと轟音が俺らを襲った。
ガタガタと音を立て、室内の物が揺れている。端に寄せてあったフィギュアなんかは特に震えている。隕石落下の衝撃が、室内全体を通して伝わってくる。頭を守るために、床に伏せる。
自分たちにはどうすることもできない。それに、いつまで続くかも分からない。故に、恐怖は持続する。将汰と牧さん。二人の気配も感じ取れない。
終わりが見えない恐怖をただ耐えるしかなかった。
ようやく、揺れが収まった。なんとか死なずに済んだ。良かった……。安堵のためか、全身に力が入らない。そしてとても嬉しい。生きていることがどれだけ有り難い事なのか。
涙が出てきそうだ。牧さんに至っては泣いている。まぁ、いつものことか。
気づけば、時間は9時半を回っていた。揺れはだいぶ前に収まったはずなのに、まだ、室内はピリついていた。
「ひとまず安心だな、将汰」
「そうだね。でも大事なのは……」
「外、ね。誰が見てくる?」
二人の言う通りだ。隕石落下がどこまで影響しているのか。自分たちの周りは安全なのか。それを外に出て確かめてくる必要があった。問題なのは誰が見てくるか。
牧さんには任せられないし、俺では見落としがあるかもしれない。まだ外に出るのは怖いし。ということは。
俺と牧さんの視線が、将汰に集まる。
「あぁわかったよ。俺が見てくる」
「「ほんとにありがとう!」」
将汰は息を吐くと、地面から立ち上がった。ん、待てよ……?将汰がいなくなれば牧さんと二人きりになるじゃないか!しまった!
「将汰!待ってくれ」
「将汰君、行ったわよ」
くそっ、遅かったか。そうとなれば次の手だ。俺は端に寄せられているフィギュアの方へ向かう。揺れがひどかったから、かなり乱雑な状態になっている。
それを一つ一つ丁寧に並べていく。いかにも集中してますよ感をだし、会話が生まれないようにする。これならしばらくは持つだろう。
「手伝うわ。綺麗な方がいいもんね」
「はは、ありがとうございます。でも、僕がやるので牧さんは座っててください」
「気にしなくてもいいのよ」
失敗か。普段は仕事しないくせに、こういうことだけ手伝って。
普段は言葉巧みに仕事を躱し、楽そうなことだけ積極的に手伝う。だが、やってみると意外とめんどくさい仕事もある。そんな時は誰かに丸投げし、すぐ帰宅。それか部長と飲みに行く。
いくら牧さんの見た目に惹かれても、あそこまでの怠惰ぶりを見せつけられると駄目だ。やっていられなくなる。
愚痴はこのぐらいにしておいて。急いで作業を終わらせる。牧さんは二分ほどで飽きて、スマホをいじっている。
「あら、電波が繋がらないわ」
「ホントですか。さっきまでは、少しなら繋がりましたけど」
「おかしいわね。ちょっと、外見てくる」
そう言い残し、牧さんはシェルターを後にする。牧さん一人だと心配だな。一応様子を見に行くか。外のがどんな状況か気になるし。……決して一人が心細いわけではない。
梯子を登り、シェルターの外に出る。会社の中には、特に変化は見られない。落下はかなりの衝撃だったように思えたから、少しビビっていたのだが。
会社の中には二人ともいないようだ。外だろうか。会社の入り口を出て、将汰を探す。
あ、いた。将汰は坂の辺りに立っているようだ。まあ、牧さんもいたのだが。
「おーい、将汰」
「ああ、良介くんも来たのね」
あんたには言ってない。しかし、二人とも顔が険しい気がする。街全体が見渡せる坂に向かう。
「って、何だよ、これ……」
言葉が出ない。大したこと無いと思っていたのに。これから、なんの変化もなく生きていけると勘違いしていた。ところが、それは間違いだったようだ。
隕石落下により、荒廃した街。停電のようだ。街が暗い。ところどころ、出火している場所も見える。そのあまりの光景に圧倒される。
ピロン、とスマホから通知が届く。ポケットからスマホを出し、液晶を触る。
《緊急速報︰日本各地に隕石の落下が予想されます。速やかな避難を。対象の地域は……》
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