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始まり

 よし、やっと仕事が終わった。


「そっちはどーだ?」

「もう少し…。ふぅ、終わった」

「帰宅じゃぁ!!!」


 同僚を含めた仕事の終了を確認し、オフィスの電気を消す。エレベーターを使って、一階まで降りる。そして会社の外に出て、また高らかに叫ぶ。


「帰宅じゃぁ!!!」


 横に立つ同僚、|桐谷(きりや)将汰しょうたがギョッとするのも気にせず、にこやかに歩みを進める。幸い、会社は山の中にある。どれだけ叫ぼうと気にする者はいない。残業につぐ残業。終わりの見えなかった仕事がついに終わったのだ。感動が叫びとなって現れただけである。


「この辛くて憎たらしい坂も、愛おしく思えてくるよな〜」

「良ちゃんテンション上がりすぎ」


 冷静に言っているようで、実は将汰もかなり嬉しいのだ。はにかむ横顔を見ればわかる。会社の前にある坂を下り、街へ行く。時刻は午後8時。街の外れにあるアパートへ帰って、二人で飲み明かすつもりだ。


 将汰とも長い付き合いになる。かれこれ7年ほどだろうか。IT関連の企業に新卒で入社し、たまたま出会っただけの関係。だと思っていた。初めはただの同期だったが、ある事件でかなり仲良くなった。それ以来、ずっとこの関係が続いている。


 ん?事件て何だって?いやー恥ずかしい話なんだけど。付き合ってた彼女を親友にとられたんだ。ものじゃないから取られたって変な表現だけど、急に振られてなんでーって思って親友に相談したわけ。そしたらいつもとは違う変な反応で。


 問い詰めたら、親友が彼女に惚れて交際を申し込んだんだと。そして、成功し俺はお払い箱。もう、ショック通り越して吐きそうになった。二人が笑ってるところに俺はいない。愛し合ってるのはその二人。俺は、一人。


 ダブルの裏切りがキツすぎて酒を飲んだ。大して酒が強いわけでも無いのに、一人で飲みまくってそのまま路上でぶっ倒れた。気づいたら公園のベンチで寝てて、隣には将汰がいた。ああ一人じゃないって思えて、そのまま事の顛末を話した。

 

 途中、涙で顔がぐしょぐしょになってもずっと話を聞いてくれた。マッシュルームの根暗なヤツって思ってた自分が恥ずかしいぐらい、将汰は優しい人だった。


 家に帰らず公園でずっと話してた。最後まで俺に付き合ってくれたことで、だいぶ心の黒いものがなくなったように思う。お互い寝ずに話してたから疲労はすごかったけど、不思議に足取りは軽く、誰かに支えられてるかのようにも感じた。


 簡単には人のことが信じられなくなったが、将汰はすぐに信頼できた。自分にしっかり向き合ってくれる人がいる。その存在が、事実が俺を助けてくれている。


「どうしたのぼーっとして。寝てんの?」

「バーカ。寝るわけ無いじゃん」


 ニヤニヤと尋ねてくる将汰を軽くあしらう。仲良くなるとすごいちょっかいを出してくようになった。まぁ、嬉しいんだけどさ。


 ようやく橋が見えてきた。会社から家までは、坂とこの氷天橋を経由する必要がある。さほどの距離は無いが、近くは山で橋の下には川が通っており、圧迫感を感じる。ここまでくれば家までは数分の距離だ。


 ふと、川を見ると普段は暗くて見えない水面がキラキラと光っている。何か違和感を感じ、水面を凝視する。原因を考えてみるが、全く見当がつかない。


「なんか、水が光ってるな。月があるわけでもないし……。なぁ将汰」


 視線を右から左へ動かす。左横を歩いていたはずの将汰はいつのまにか後ろにいる。どうした、と声をかけようとするが将汰は左手である一点を指さしたまま動かない。将汰の指が向いている空へ上を見上げる。


 全体的に雲がかかっているが、ところどころ黒い部分が見える。特段変わった部分は無さそうだが、注意深く観察する。すると右手側の空に光るものが見えた。星、だろうか。将汰って星なんか好きだったっけ?

 

 疑問に思いつつも、とにかく将汰の方へ向かう。あと一歩の距離まで近づくと、将汰が急に俺の手を掴み来た道を走っていく。だが、その手を振りほどいて将汰に問いかけた。

 

「おいどうした?家は反対だぞ?」

「そんなことわかってる。とにかく走って」

「なんでだよ将汰。理由を教えてくれよ」

「いいから!」


 将汰が聞いたこともないような大きな声で怒鳴る。将汰の必死さに気圧され、俺は動くことにした。たとえ無駄足だとしても……いやそんなことはないだろう。さっきまでとは真逆の直感が俺の足を動かした。



「「ハァ、ハァ、ハァ」」


 静かな山には二人の呼吸音だけが響いている。結局、会社まで戻って来た。坂を全力で登るのは久しぶりで、将汰も俺もかなり疲れている。将汰を信じてここまで来たが、流石に事情を説明して貰う必要がある。


 俺が少しムッとしているのを察してか、ようやく将汰が口を開いた。


「空を、見てくれ」

 

 疲労が滲み出た声で俺に伝える。将汰の言葉通りに空を見たが、変わったところはない。強いて言えば先程の星が明るくなったことだろうか。


「あそこの……そう、右側の星。それが明るくなったように感じる」

「そう。それが問題なんだ」

 

 俺の頭に浮かんだはてなマーク。それを解決しようと将汰は例の星を見続けながら、俺に話をする。


「あれ、隕石なんだよ」

「いっ、隕石!?」

「テレビでやってただろ。ちょうど今日地球の前を通過するって」

「そうなんだ。じゃあ、問題なくないか?」

「違うんだ。恐らく、あの隕石は墜落する。それも、この近くに」


 将汰の言葉を皮切りに、星の大きさがみるみる増していく。一見流れ星かのように見えるそれは、確かな赤みをもって空からこちらへ近づいてくる。


「確かにヤバそうだけど、危険ならニュースとかになってるんじゃないの?」

「ああ、その通りだ。だからもうそろそろ……」


 ピロン。スマホから通知音が鳴った。まさかとは思うが、隕石じゃないよな?


《緊急速報︰隕石の接近を予測しました。下記の地域に該当される方は、シェルターなどに速やかに避難してください。落下予想時刻は九時十八分です》


 急いで時刻を確認するまでもなく、今は九時だよと将汰が告げる。その声からは感情が読み取れない。()()()()という事実が重く響く。恐怖で立てない俺の背中を、将汰がバシンと叩く。


「痛っ!?なんでいきなり叩くんだよ!!」

「だって、良ちゃんビビってるんだもん」


 冷静に将汰が告げる。痛みよりも、死の恐怖よりも、隣に立ってくれる人がいる。この事実に、何よりも励まされた。


「それに、死なないためにここに来たんだし。行くよ」

「行くってどこに?」

 

 もうすでに歩き始めた将汰が、くるりと身体の向きを変える。すべて知っていたかのような口ぶりで、たった一言、俺に伝える。


「シェルター」




「まさか、会社にこんな場所があるとはなぁ」


 将汰に連れられてきた会社のには、地下シェルターがあった。なんでもうちの社長が趣味のために作ったものらしい。その証拠として、沢山のアニメフィギュアがここには置かれている。しかも幼女の……。それらが大部分を占めているが、なんとか二人は入れそうだ。


「ところで将汰。どこで寝るんだ?」

「床だよもちろん。そんな嫌そうな顔するなよ」


 フィギュア以外、特に物はないこの空間。フローリングの硬い床で寝る他無い。自然と険しい顔になったが、名案を思いついた。オフィスに戻るための梯子を嬉々として登っていると、後五分という将汰の声が聞こえた。急がなくては!!

ちなみに、主人公のエピソード(彼女絡みのやつ)は実話です。僕が中学生の時にされました。あいつら絶対許さねぇ。


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