スープ。
「おかえりなさいませ、ホールズワースさま」
「ただいま戻りました。厨房へ案内していただけるかしら?」
「こちらでございます」
モットレイ修道院へ戻りシスターに先導され、私は小さな厨房へ向かう。
買ってきた食材を調理台に置いて腕まくりをしたら、ティナが遠慮がちに近寄ってきた。
「あの、ホールズワースさま。私も何かお手伝いさせてください」
「ありがとう、ティナ。ティナは包丁を使ったことがあるの?」
「最近シスターに習い始めたばかりです」
「そうなのね。では一緒に野菜をカットしていきましょう」
まずはジャガイモとニンジンを洗う。皮をむくティナの手つきはたどたどしい。
「ティナちゃん、右手の親指でジャガイモの皮をおさえて、その下に包丁を入れてゆっくり動かしてみて」
アンナも料理が好きなので、コツを伝えながら楽しそうに作業してくれる。
その間に私は玉ねぎをザクザク切り、分厚いベーコンブロックを細切れにした。
大鍋に油を引き、ベーコンを炒めると肉の香ばしさが厨房にさっと広がる。
「ふあぁ……」
アンナが目を潤ませて大きく息を吸い込む。隅で私たちを見守っているデイビッドの唇の端も上がった。
ティナはというと、ベーコンの匂いに呆然と口を開けている。あら、ヨダレがきらりと光ったわよ。
カットした野菜を大鍋に投入し、ベーコンの油と馴染ませたら水を入れて煮立たせる。
塩胡椒で味付けをし、しばらく弱火でコトコト煮込めば完成だ。
「ホ、ホールズワースさま、これは何というスープなんですか……?」
「ポトフというの。たくさん作っておいたから明日も食べられるわ」
貴族はスープに肉を入れることが当たり前だが、平民では野菜のみのスープが主に食べられている。
修道院での食事内容とはかけ離れた、初めて見るスープにティナは鍋を覗き込んだまま動かなくなった。
匂いを嗅ぎつけたのか、外で遊んでいた他の子供たちが厨房の窓から覗き込む。
皆、さっきのティナと同じ、ほうけた顔で口からヨダレを垂らして目をキラキラさせている。
「リリーお嬢さま、子供たちが……」
「すぐにでも食べさせてあげたいけど、まだ煮込みが足りないわ。アンナ、さっき買ったお菓子を出してあげてちょうだい」
「はい!」
アンナが厨房と隣接している食堂へ子供たちを集めて座らせてオリーと呼ばれる菓子を分け与えた。
オリーとは小麦粉と砂糖、卵を練って丸くした生地を揚げたお菓子で、見た目は穴の空いてないドーナツに見える。
前世のようにたくさんの味はないが、アンナはシュガーとシナモンの二種類を購入してくれていた。
「さっきのクッキーよりふわふわで甘い!」
ティナたちは夢中でオリーを食べ、口や指に付いたシュガーも綺麗に舐めとった。
「もっと、欲しい!」
「ダメよ、もうないの」
年少の子たちをなだめるティナもどこかもの欲しそうで、私はポトフの鍋にそっと手をかざす。
魔力を鍋の中に行き渡らせて、その内部の熱を上げる。
イメージするのは前世の圧力鍋だ。全ての野菜に熱が入り、やわらかくなるまで魔力を微調整し、頃合いに蓋を取る。
白い湯気が上がり、ポトフの香りが厨房中に広がる。
「さ、できたわ」
「すごい! いい匂い」
「おいしそう!」
子供たちが歓声を上げて、鍋に駆け寄る。
「あまり近づくと火傷するわ」
「そうですよ、お行儀もよくありません」
シスターたちに嗜められて、子供たちは座り直すが椅子の上でソワソワしたままだ。
その後ろの時計が午後四時を指す。
「もう食べさせてあげたいけど、夕食には少し早すぎるかしら」
「そうですね、夜中にお腹が空いて眠れなくなってしまいます」
真剣な表情で同意するアンナが自分のお腹を押さえてシスターをチラリと見た。
「でも、温かいスープは温かいうちに食べるのが正解です!」
力強いアンナの正論に誰もが頷いて、モットレイ修道院では早めの夕食となった。