寄付。
青ざめるシスターたちが止める間もなく、子供たちは高級クッキーに手を伸ばす。
「すごくあまい!」
「さくさくしてる!」
「おいしい!」
男の子も女の子も目をきらきら輝かせて食べ始めた。
「まだあるわ。分け合っていただきなさい」
「はい!」
私はシスターと共に食べこぼす子供や、急ぎ過ぎて喉を詰まらせた子の面倒を見る。
その合間にいびつなクッキーを一口いただいた。
想像通り、とても堅い。甘さもないし、素朴すぎる味だ。
「もう少し良い材料を使った方がいいわね」
「今はそれが精いっぱいでして……」
責められていると思ったのか、シスターたちは汗をかきながら肩をすぼめた。
年下の子たちの面倒を見ながら私とシスターの会話を聞いていた年長者の女の子がこちらをちらちら気にしている。
心配そうに揺れる翠の瞳と淡いピンクの髪。顔色は良くないが整った顔立ちをしていた。
「あなた、お名前は?」
「ティ、ティナと言います」
「何歳になったの?」
「十歳……いえ、もうすぐ十一歳になります」
やっぱり彼女がヒロインか。まんがでは肌つやが良く健康そうだったが、今はガリガリ。造作が整っている分、痛々しさが増してる。
「うっ……」
「リリーお嬢さま?」
デイビッドとアンナが背後から気掛かりそうな声を出した。
私は軽く手を挙げて大丈夫だと示し顔を上げる。
危ない。ティナが想像以上に困窮していて、泣きそうになってしまった。
だめだよ、子供がお腹空かせてるなんて……。
おなかいっぱい食べて安心して眠れる。そんな生活を送ってもらわなくちゃ。
私にできることは……。
「デイビッド、用意してきた寄付金は?」
「はい、ここに」
間髪入れず、デイビッドは銀貨の入った袋を懐から取り出した。
「シスターにお渡しして。それと、今から買い物に行くわ」
「分かりました。では馬車の用意を」
「町の雰囲気を知りたいから歩いて行きたいの」
「あ、あの、ホールズワースさま……こんなによろしいのでしょうか?」
デイビッドから渡された寄付金の重さにシスター・サマンサがおろおろしている。
私は立ち上がりかけた腰を戻し、姿勢を正した。
「子供たちを満足に食べさせてあげられていないとお見受けしました」
「……はい」
シスター・サマンサは表情に疲れを見せて頷く。
聞けば私に出したクッキーの購入費用はティナたちが近所の農家の手伝いをしてなんとか捻出したらしい。
さらに、修道院に入る時に実家の男爵家から持って来たティーセットは売ってしまったそうで、知り合いからポットとカップを借りてきたそうだ。
「売れる物はすべて売り、自分たちで野菜を作ったりもしています。近所の方々も食糧を分けてくださったりするのですが……」
だが、周辺住民も裕福ではないので、施しを続けるにも限界がある。
子供たちも日々大きくなっているから、食事量も増えていくことだろう。
「毎日どうやって食べさせてあげようか、最近はそればかり考えています……。ご寄付を頂けて、本当に感謝申し上げます」
シスター・サマンサは立ち上がり、私に深く頭を下げた。
「貴族として当然のことです。このように厳しい状況にあるということを誰かに……そうですね、例えば町役人に伝えましたか」
「いいえ」
「そうですか……。このままでは子供たちを守り切れないかもしれません。私もお手伝いします」
「ホールズワースさまが……?」
シスター・サマンサの困惑した視線に、私は強い意志を持って頷く。
「えぇ。まず修道院兼、孤児院として運営していくための申請書類を作りましょう。国に孤児院と認められれば、公的援助をもらえるのです」
「国から援助が頂けるのですか?」
「それに周辺の貴族たちは近隣に孤児院が出来ると、貴族の義務として寄付金を出してくださるわ。領主……私の父にも伝えておくので、状況を把握して生活を改善してくれるはず」
「領主さまが……」
シスター・サマンサが私の言葉をおうむ返ししているところへ、すきま風が吹き込む。
秋になったばかりの今でさえ冷えを感じるのだから、冬になったら室内でも凍えてしまうだろう。
「……っ」
「リリーさま?」
「なんでもないわ、デイビッド」
子供たちがおなかを空かせているだけじゃなく、冷えきった部屋で震えているという姿を想像し、また泣きそうになってしまった。
食事だけじゃなく、住居を修繕し衣服を整え、読み書きも教えなくちゃ。
「やることがいっぱいね」
私はこぶしを握って立ち上がった。