モットレイ修道院。
カウンタベリー王国の西側に位置するホールズワース領は、なだらかな丘陵地が多く農業と酪農業を主にしている。
さらには西海岸に大きな港がいくつもあり、諸外国との交易も盛んで商会や人が数多行き交う。
領都はホールズといい、私たち領主一家はそこに居住している。
私が乗った馬車はその領都ホールズの海沿いを北へ進んでいく。海は今日もおだやかで日光を弾く波間がきらきらしていた。
側道にそれると、小窓から見える景色は牧草地に放牧された牛や山羊、羊に変わる。
丘を二つ三つ越えると、ドネリーと名のつく小さな町に入った。
商店などでにぎやかな道を通り過ぎ、おそらく周辺住民しか使わないであろう寂れた道を少し進む。
しばらくすると人家も減り、農地ばかりになり、その外れに森を背にした建物があった。
外壁が所々剥がれ、門や塀も崩れてほぼ無くなっている。
あれがモットレイ修道院ね。
デイビッドが調べてくれたところによると、このモットレイ修道院は元々、老年のサマンサと中年のスージーという二人のシスターがひそやかに生活をする場所だった。
しかし数年前から様々な理由を抱えた子供が庭先に集まり始め、見捨てておけなかったシスターらが面倒を見ている。
現在は子供の数が五人に増えたため、生活はかなりかつかつのようだ。
苦労するシスターたちを見て子供たちも畑仕事を手伝っているらしいが、建物を修繕する余裕はないのだろう。
「リリーさま、到着しました」
「ありがとう」
デイビッドの手を借り馬車を降りるとシスター二人が立っていた。
「ごきげんよう。リリー・ホールズワースです」
「ホールズワースさま、本日はお越し頂きありがとうございます。私はサマンサと申します」
「スージーと申します」
人の良さそうな二人のほんわかした笑顔に、なるほど行くあての無い子供が頼るはずだと納得する。
事前に手紙で「孤児がいると聞いたので領主の名代として慰問したい」と告げていたためか、通された食堂では五人の子供が出迎えてくれた。
修道院内部はよく清掃されており、子供たちも着古しているが清潔そうな服を身に着けている。
だが、そこから伸びる手足は棒のように細い。
髪や皮膚もぱさついていて栄養が足りていないのは一目瞭然だ。
シスター二人もよく見れば継ぎの当たった修道服を身に着け、あかぎれを起こした指先で私をテーブルに案内する。
ギシギシ言う椅子に座ると、シスター・サマンサはしわの深い目元を和ませた。
「行き届いたおもてなしができませんが、ご容赦くださいませ」
「こちらこそ慰問を受け入れて下さり感謝します。今日は私に出来ることがあればと思いまして、お話を伺いに参りました」
「まぁ、お気遣い頂きましてありがとうございます」
シスター・スージーが陶器のカップで私にお茶を淹れてくれた。
しかしシスターや子供たちには粗末な木のカップで、中身はただの水だった。
私の前に並べられた十枚ほどのクッキーは、それぞれ味が違うようだ。
おそらく菓子店で購入したんだろう。
テーブルを見渡すと、子供たちには形のいびつなクッキーが一枚だけ。
どの子も視線は自分の目の前にあるクッキーに注がれている。
「ねぇ、あなたたち」
私は笑顔浮かべ、痩せた子供たちに声を掛けた。
「あなたたちの前にあるクッキーはどこのお店の?」
私の問いに最初はみんな無口だったが、シスターにうながされ一番年上、十歳くらいと思われる女の子がおずおず答える。
「えっと、これは私たちが昨日焼いたものです」
「わたしがまぁるくこねたんだ! ぜったいおいしいよ!」
五歳くらいの女の子はおしゃべり好きなのだろう。年上の子にかぶせるよう元気よく話し始めた。
その表情に嘘はなく、自分たちで作ったクッキーが本当においしいと思っている。おそらく私の前に置かれたクッキーを食べたことはないのだろう。
「そう、おいしいのね?」
「うん!」
「私はそちらを食べたいわ」
「いえ、ホールズワースさまが口にされるようなものではなく……」
慌てたシスターたちを無視して、私は自分の前のクッキーの皿をそっと子供たちの方へ押し出した。
「私のクッキーと交換してくださらない?」
「え、いいのっ?」
「もちろん」




