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空。



 翌日、討伐隊は町の人に見送られ、王都へ向かう。


 出発直前、デイビッドは細身の少年を紹介してくれた。

 陽に焼けた肌にパサついた茶色の髪、目は蒼く澄んでいる。少年はちょっと緊張した様子で私にぺこりと頭を下げた。


「ロックです、初めまして」

「リリー・ホールズワースです。初めまして」


 この少年がロックなのか……。


 背負う大剣は古めかしく、生成りのシャツと黒ズボンというスタイルにはなんとなく見覚えがある。

 そうだ、マンガによく似ている。


 そう思ったら、久しぶりに会う親戚の子みたいな気持ちで懐かしさを覚えた。


 ロックがソロで討伐していた時にピンチに陥り、行軍途中のデイビッドに助けられて心酔し、弟子入り志願したそうだ。

 デイビッドは「弟子だなんて認めてない」と言ったが、ロックは師匠、師匠と子犬のように周囲をついてまわっている。


「ロックも王都へ行くのね?」

「あぁ。押しかけメンバーだが、討伐の役に立ったからな」


 弟子入り志願した当初、ロックの剣の腕はまぁまぁだったが、経験不足だし、装備も貧弱だった。


 情熱だけはあったので、途中までなら面倒を見てやろうと誰ともなく考えが一致して、行動を共にするようになったらしい。

 旅の途中でぐんぐん実力をつけて、気付けば欠かせない戦力になり、大トカゲの目をつぶしたのもロックだそうだ。


「すごいわ……」


 さすが主人公と、感心していたらエリーとティナがやってきた。


「リリーお姉さま、馬車の用意ができましたわ」

「あ、デイビッドさま、お帰りなさいませ。ご無沙汰しております」


 エリーはふんわりとした外出用のレモンイエローのドレス、ティナも同じくふんわりしたライトピンクのドレスで装っている。


 美少女二人が現れたことで、あたりは一気に華やかな空気に包まれた。

 ロックもぽ〜っと口を開けて二人に見惚れている。

 だがデイビッドは今まで通り表情を変えず、一歩進み出て礼をした。


「エリーさま、ティナ。戻りました」

「討伐のお役目、お疲れ様でした。おかげで日々に不安なく過ごせております。民を代表して感謝申し上げます」


 エリーはそう言うと綺麗なカーテシーをし、デイビッドも騎士の礼で応えた。

 双方、顔を上げるとひたと視線を合わせる。


「この挨拶は昨日すべきなのに、誰かさんがリリーお姉さまを独り占めしちゃうからこんなに遅くなったわ」

「エリーさま……」


 ティナがエリーの袖をそっと引くと、ツンとあごを上げて続けた。 


「本当のことよ。戻るなり人前でリリーお姉さまに抱きついたりして、節度がないったら。まぁ、ケガもないようなので、よかったけど」


 エリーは最近反抗期のようで、強い言葉を発することがある。


 デイビッドは涼しい顔で……なんなら幼な子の駄々を聞くように微笑しているが、ティナが私とエリーを交互に見てオロオロしているので「エリー、公の場よ」と嗜めた。


 エリーはハッと口をつぐみ、目をふせる。


「申し訳ありません。はしたない態度でした」


 デイビッドはエリーにギリギリ聞こえるか聞こえないかの声で「まぁ、事実だしな」とつぶやく。


「デイビッド、エリーたちも私と一緒に王都へ行くわ」

「分かった。エリーさま、ティナ。この者はロックと言いまして、討伐隊員の一人です。俺のそばにいることが多いので、道中よろしくお願いいたします」

「ロックです、よろしくお願いします!」


 紹介され、エリーとティナの視線を受けたロックが緊張した面持ちで頭を下げた。


「平民なので何か気分を悪くさせたらすみません!」

「そんなの気にしないわ。私はエリー・ホールズワースです」

「ティ、ティナです。私も平民なので粗相があったらごめんなさい」


 エリーと同じ良い服を着ているティナが平民だと聞き、ロックは首を傾げた。


「えと、私は孤児でホールズワース家にお世話になっているの」

「もう孤児じゃないわ! 私たちも修道院の弟妹たちもティナの家族でしょっ」

「エリーさま……」


 ギュッと手を握り、怒ったように言うエリーにティナが瞳を潤ませる。

 相変わらずこの二人は仲良しだなぁ。


 チラリとロックを見れば、同級生の女子の会話に入れない男子みたいな、所在なげな顔で立っている。


「デイビッド、出発しましょうか」

「あぁ、ほら行くぞ」

「はい、師匠!」


 良い子で主人を待っている馬のところへ二人が行くと、私たちも馬車に乗り込んだ。


 道中、私とエリーとティナ、お付きのアンナで、にぎやかに窓の外を流れる景色を楽しむ。

 休憩時間は食事の用意を率先して行い、討伐隊員たちと仲良くなった。


 とりわけエリーとティナは人気があり、変わるがわるたくさんの人に囲まれている。


 同年代のロックとも楽しげに会話しているが、エリーとティナは二人で一つみたいな感じだし、ロックは「師匠、師匠」とデイビッドに懐いていた。


「なんだか変な流れねぇ」

「何か言ったか、リリ」

「あ、なんでもない」


 私はデイビッドと岩の上に並んで座り、軽食をとることにした。

 こうしていると一緒に魔物討伐に行った頃を思い出して懐かしい。


「デイビッド、このサンドイッチどうかしら」

「どれ、あぁうまい。肉もいいがソースが特にいい」

「よかった。家で作って持ってきたの。これにスープも作りたいけど、それは王都についてからね」

「楽しみにしてる」


 ニコニコ笑い合っていると、エリーとティナ、手にたくさんの骨付き肉を持ったロックもやってくる。

 三人の間に恋の矢印は見えない。健全な仲良し三人組って感じだ。


 いつか原作みたいになるのかもしれないけど、少なくともエリーが嫌な目に遭う流れにはならないだろう。

 この三人なら大丈夫。きっと仲良く手を取り合って生きていける。


 そう確信できて、私は肩の力を抜く。


 自然に笑みがこぼれて、三人に対する愛おしさが湧き上がった。


「リリーお姉さま?」

「リ、リリーさま……」


 エリーとティナは目が合うと、頬を赤らめて不思議そうに私の名を呼ぶ。


 それが小動物のように愛らしくて、私はさらに頬が緩む。

 そんな私をロックはポカンと見ていた。


「なぁに?」

「あ、いや。なんでもない……っす」


 デイビッドがぐいと私を引き寄せる。


「お前はあっち行ってろ。見るな」

「そんな、師匠! リリーさまの笑顔がほんわかしてて、ちょっと可愛いって思っただけです!」

「リリーお姉さまはちょっとじゃないわ! すごくすごく可愛いのよ!」

「エ、エリーさまの言う通りです!」

「えぇと、ありがとう……?」 


 なんの会話だ、と心の中でツッコミを入れたが、エリーたちが私の可愛さとやらを語り合っているので、なんとも言いようがない。


 それにしても……可愛いかぁ。


 もう十八歳になったのだから、キレイって言われたいなぁ。デイビッドに。


 私をがっちり捕まえて離さない腕の中から、デイビッドを見上げたら、締まりのない笑顔を返された。


 愛されてる感じはあるけど……。そうだ。パーティで絶対キレイって言ってもらおう。


 王都に着けば凱旋式典などいろいろ開かれる予定で、両親と兄姉たちは先に王都のタウンハウスへ行っている。

 お父さまたちは式典後のパーティで、デイビッドを私の婚約者だとお披露目し、おそらく今後様々な仕事が舞い込むであろう彼をホールズワースが後見として立つと広める手筈だ。


 そこで思い切り着飾って、デイビッドを悩殺したい!

 グッと拳を握れば「どうした?」と問われた。


「ふふ、パーティが楽しみだと思ったの」


 覚悟しておいてね、と胸の中でつぶやく。さすがに声には出せない。


「肩肘はった場所は苦手なんだがなぁ」

「我慢して。婚約のお披露目をしないと、また嘘だと言われちゃうわ」

「嘘?」

「デイビッドがいないから、婚約したのを周囲に信じてもらえなくて」


 デイビッドは私の横に控えるアンナをチラリと見た。


「アンナ?」

「リリーさまに方々(ほうぼう)から、たくさんのお手紙が届いていました」


 デイビッドの口元がぐっと真一文字に結ばれる。


「デイビッド?」


 どうしたのかと呼び掛ければ、人当たりの良い笑顔に変わった。

 でもその瞳の奥で魔物を狩るときのような光が宿っていて、背筋に一瞬冷気が走る。


 デイビッドに狩られる魔物の気持ちってこんなのかなぁ。


「そのパーティでリリが俺のものだって知らしめなくちゃな」

「え?」

「俄然やる気が出てきた」


 肩を抱く手に力がこもる。ちょっと痛いし、視線も怖かったけど、どこか甘さを感じて胸が高鳴った。


 ふと見上げた空は高く青い。


 魔物討伐もエリーの笑顔も、私の願いはこの空の元で叶った。

 それもこれもデイビッドがいてくれたから。

 エリーたちががんばって自分の人生を歩いているから。

 私一人ではきっと何もできなかった。


「万里一空……」

「何か言ったか、リリ?」

「……何でもない。ありがとう」


私は衆目を気にせず、デイビッドの胸に頬を寄せた。






お付き合いありがとうございました!

お盆休みを利用してなんとか最後まで書き上げられました。


デイビッドやエリー側から見た話も2000文字程度で書きたいと思っていますが、ひとまず完結とさせていただきます。

(ちなみにこの話の最初も一万字程度の短編予定でした……)


また次作もがんばって書きますので機会があればお立ち寄りください。

どうもありがとうございました!

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