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これから。



 デイビッドが出発して二年が過ぎた頃。


 各国で対策したおかげで魔物が格段に減った。

 そのため現在の体制を縮小していくことが発表され、討伐隊もそれぞれの国へ戻ることになった。


 我が国カウンタベリーの討伐隊は王都へ戻る途中、ホールズワース領で一泊する。

 私たち領主一家は少しでも体を休めてもらおうと、宿や料理を用意した。


 同じように討伐隊を迎えるために集まった領民が待つ中、砂煙を浴びて隊列が現れた。

 王国旗を掲げた軍隊に続き、ギルドの旗をなびかせた冒険者たちが到着する。

 総勢二百名を迎えた町はおおわらわだが、みんな笑顔だった。


 そして……私は隊列の後方にいた彼を見つける。


 野生味を帯びた表情。野獣みたいに鋭い目。体も二回りは大きくなったのではないか。

 日に焼けた肌。出発する前より増えている傷跡。

 どれだけ頑張ってきたのかな……。


「デイビッド!」


 私は泣きながら名前を呼んだ。

 鋭い目が私を認めて、ふっと和らぐ。


 デイビッドはひらりと馬を降りて、駆け寄った私を強く抱きしめてくれた。


「デイビッド、お帰りなさい」

「うん、戻った」


 かすれている声に切実さがこもっていて、胸が痛くなった。


「会いたかった。リリが足りなかった……くそう、もっと早く戻ってくるつもりだったのに」


 私の首筋にグリグリと頭を寄せて甘えてくるのが大型犬のようだ。


「あ~、リリの匂いだ。本物だ」

「本物よ」

「俺、湯浴みできてないから臭い。ごめん」

「そんなの気にしないわよ。湯浴みがしたいなら宿へ入りましょう」

「うん」


 頷くが、デイビッドは動かない。

 他の討伐隊の人たちは我が領から派遣された役人たちがテキパキと案内している。


「ほら、デイビッド。宿でゆっくり湯あみと食事をしましょう」


 手を繋いでうながせば、やっと動き出す。

 ちなみに馬は護衛の一人がとっくに馬房へ連れて行ってくれていた。





「は~、さっぱりした」


 濡れ髪をゴシゴシ拭いながらデイビッドは本当に気持ちよさそうに部屋へ戻ってきた。


「食事ができているわよ」

「すごい、ご馳走だな。それに椅子で食べるなんて、いつぶりだろう」


 気を利かせたアンナが給仕をしてくれた後退室して、二人だけになる。向かい合って座れば、二年ぶりとは思えないほど落ち着いた気持ちになった。

 私たちは食事をしながら、離れていた間のことを話し続ける。


「途中食料が足りなくなって、しょうがないから魔物を食べたらみんな調子良くなって……。それ以来もう食糧としか思えなくなったなぁ」

「王宮での研究でもそれが証明されているのよ」

「そうらしいな。俺たちは魔物が出ると腹が鳴るようになった」


 そこでデイビッドがポツリとつぶやいた。


「大型トカゲの魔物は淡白だけど、噛むとじわりと旨みがあって最高だったなぁ」

「大型トカゲの魔物? そんなのもいるのね。どのくらいの大きさだったの」

「小山ひとつ分くらいかな」

「小山ひとつっ?」


 その魔物は北の国のさらに奥地、誰も領土にしていない険しい山脈を超えたところに棲んでいたそうだ。


「歩くと地響きで俺たちの足場が崩される。太い尾に打たれたやつは見えないくらい遠くへ飛ばされてたな」


 その人は頑丈な甲冑を身につけていて、かなりの大ケガをしたが、治癒魔法師が間に合って生き延びたそうだ。


「しかもトカゲは火魔法を使えるらしくて、口から炎を出してこちらに投げつけてきた」

「え、それはもしかしてドラゴンじゃない?」

「かもしれないな」


 本やおとぎ話にだけ出てくる想像上の存在かと思ってた。


「それをデイビッドが倒したの?」

「あぁ、まぁみんなで。鱗が硬くて刃が通らないから目をつぶして行動不能にした後、口を縛り付けて、首元の鱗を剥がして剣を突き立てた」

「そう……」

「で、トカゲの鱗がキレイだったから、リリにみせたくて持ち帰ってきた」

「トカゲの鱗……」


 デイビッドが荷物の中から無造作に取り出したのは、手のひらより大きい楕円形の板のようなもの。透き通った銀色で光に当てると虹色になる。


 触れてみると、ヒヤリと冷たい。指先から強大な魔力を感じて、ビリビリする。


 ……これまさか、逆鱗ってやつじゃない?


 ドラゴンの喉元の鱗で、前世の古事では一枚だけ顎の下に逆さに生えているものだったはず。


「そう言えばそれは一枚だけ変な生え方をしてたから、剥がしやすかったんだ」

「へ、へぇ……」

「急所だったんだろうな。それを剥がしたら大暴れしたので、すぐにトドメをさした」


 デイビッドはのんびり笑うけど、大型トカゲがドラゴンだとして……。

 もしかしてマンガに出てきた魔王じゃないかなぁ。

 それを倒して帰ってきたってこと?


 じゃあここから未来はどうなるんだろうと思案していたら、デイビッドがカトラリーを置いて私の横にかしずくようにしゃがむ。


「魔物はかなり減らせた。確実にゼロにはしてないけど、被害にあう人間はいなくなると思う」

「そうね」

「なぜ発生するのかという研究も進んでいるし、各魔物別の討伐方法もわかってきた。食べるという活用方法も見つけた」

「うん」

「リリの望み通り?」

「うん。本当に……ありがとう」


 本当は自分でそうしたかったけど、デイビッドが代わりにやってくれた。その上、無事に帰ってくれた。


「うれしい」

「そうか」


 膝にそろえた私の手にデイビッドが手を重ねる。


「他に望みはある?」


 琥珀色の瞳にひたと見つめられ、ふわふわした気持ちになる。


 やっと会えたんだなぁ。

 待ってる間は、さみしくて辛かった。

 帰ってきてくれてありがとう。

 魔物をたくさん退治してくれてありがとう。


 いろんな思いが胸に渦巻くけれど、出てきた言葉は「そばにいて」だった。

 一緒に涙がポロとこぼれ落ちる。


「リリ?」

「もう離れないで。お仕事の時はしょうがないけど、いつでも私のそばにいて。それ以外の望みはないわ」


 デイビッドの両目がこれ以上とないくらい大きく見開かれた。

 ガシガシと自分の髪をかき回し、私から顔をそらしてしまう。 


「あ~、可愛いこと言ってくれちゃって……」


 デイビッドは中腰になってそっと私に顔を寄せる。


「じゃあ俺からも頼みがある」


 ちょっとかすれた声が耳元で私に囁く。


「これから毎日ずっとキスさせて」


耳に直接注ぎ込まれた甘い毒にくらりとなった私に、その後の記憶はない。





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