それから。
二年後、私は無事に学園を卒業した。
「卒業試験は優秀な成績だったと旦那さまが喜んでいらっしゃいました。さすが、リリーさまですね」
褒めてくれるアンナの手には、手紙の乗ったトレーがある。
「どなたからのお手紙?」
「アイザック殿下からです」
「魔物対策のことかしら」
アイザック殿下は以前私が話したことを真摯に受け止めてくれていて、魔物の情報や身を守る術を世にたくさん発信している。
その中には、魔物の肉を食べるというものがあった。
今までは魔物なんてと忌避されてきたが、食べると魔力が上がるのが分かったのだ。
それが世界に広まると、冒険者は仕入れ気分で中型を、村人も食料がてら小型の魔物を狩るようになった。
結構いい稼ぎになるらしく、魔物の数は一気に減った。
今も昔も人間てすごいなぁ……と思いながら、アイザック殿下からの手紙を開く。
「あら、夜会のお誘いだわ」
日時を見ると、ティナと一緒に討伐に行く予定が入っている日だった。
「欠席のご連絡をしなくちゃ」
「参加されないのですか?」
「えぇ。討伐に行こうと思っていたし、お父さまやお兄さまも仕事でしょう? 参加したくてもエスコートしてくれる人がいないわ」
「アイザック殿下はリリーさまにパートナーになっていただきたいのでは」
「え、まさか」
アンナは首を横に振り、続けた。
「まさかではございません。以前から王宮によく呼ばれているではありませんか」
「魔物討伐に関する意見交換会のこと?」
「周囲から見たら、あれはお二人のお茶会ですわ」
そうだったかなぁ。
「情報をたくさん教えてもらっていただけよ」
私はデイビッドたちが参加している魔物討伐隊の状況が知れる、貴重な機会だから積極的に王宮に上がっていた。
「私も殿下もそういうつもりはないと思うわ」
「リリーお嬢さまはそうかもしれませんが、向こうはどう思っていらっしゃるか分かりません。それにアイザック殿下とのご交流は貴族間で有名になっていまして、リリーさまが王子妃になるという噂が出回っています」
「それは……」
身分から言ったらそういう可能性があったかもしれないけど。
王族からアプローチされれば断るのは難しい。だから婚約が決まってすぐお父さまが報告してた。
もちろん王族にも国内貴族にもその情報が回っているはずだ。
私がそう言えばアンナは残念そうな顔をした。
「けれど婚約のお披露目をしていませんし、相手のデイビッドが討伐に参加していて姿を見せないから、王族との婚姻を断るための方便と受け取った人もいます」
「そうなの?」
「しかも社交界だけじゃなく、民の間でもお嬢さまが誰を選ぶのか噂になっています」
「なんで!」
「お嬢さまは人気がありますから」
呆れたようにいわれて、ぽかんとしてしまった。
「私が?」
「はい。貴族子女なのに冒険者になって魔物退治をする。身分をいとわず民の間に入り、子供たちに食事を与える。民がそういうお嬢さまをたくさん見ています。尊敬されてあたりまえでしょう」
「尊敬されたくてやってるわけじゃないわ」
飢える子供を見るのがつらかっただけ。あとエリーのためだったし。
「ぜんぶ私のわがままなのよ」
「はいはい」
軽くいなされて口をとがらせる。
「ちゃんと聞いて。わたしはわがままで自分がやりたいようにやっているだけ。これからもそうするつもりよ!」
「それがお嬢さまの考える未来?」
「そう」
「では王家に嫁げば、より規模を広くできますね」
「……なるほど」
国政として手掛けられれば、今やっていることをさらに発展させられるかもしれない。
納得しかけて、でも、ぶんぶんと頭を振った。
「でも、私にはデイビッドがいるし」
「アイザック殿下はデイビッドが戻ってこなかった場合を考えていらっしゃるんでしょうね」
「戻ってこないって……死ぬってこと?」
アンナの言葉がショックで、私は固まった。
「そ、そんなの……」
直視しないようにしてきた問題を突かれて、喉が詰まる。
それでも「デイビッドは絶対帰ってくるから」と声をしぼり出した。
「アンナもそう思うでしょ?」
「思っております。デイビッド自身が魔物じゃないかってくらい強いんですから」
「そ、そうよね。本当に惚れ惚れするような戦い方するのよ」
目を閉じてデイビッドの面影を思い出す。
「無駄のない剣さばきとかぶれない体幹とか、背後にも目があるのかしらと思うほど周囲の気配に敏感で」
どんな時も私を必ず守ってくれてたし。
思い出せば言葉が止まらなくなって、アンナにデイビッドのことを話し続けた。
「だから、デイビッドは絶対帰ってくるのよ。そう約束したのだから」
「そうですね」
「でも……ケガしてないかなとか、ちゃんと食べているかしらとか……そばにいて助けられないのが悔しい。足手まといになるのが情けないの。あと、旅の途中に魅力的な女性に出会って私のこと忘れちゃうってこともよくある話よね。どうしよう……」
「リリーお嬢さまより魅力的な人など、私は知りませんけど。デイビッドも同じだと思いますよ」
「じゃあ、ちゃんと帰ってきてくれるわよね」
「大丈夫です」
アンナに大きく頷いてもらい、気がおさまった。
話しすぎて喉が渇いている。アンナが紅茶を淹れてくれて私は一息ついた。
久しぶりにデイビッドのことを話せた満足感で肩の力が抜ける。
「……ありがとう、アンナ」
上目遣いで礼を言うと、アンナは無言で微笑んだ。
デイビッドがいないさみしさや不安を心の内にためこんでいた私を心配してくれていたのだろう。
待ってるだけなのは怖いけど……こうして弱音を聞いてもらえて落ち着いた。
「リリーお嬢さま」
「なぁに?」
「デイビッドの方はリリーお嬢さまより、もっと心配していると思いますよ」
「心配?」
「婚約したばかりの魅力的な女性を一人残していくのです。気が気でないはずですわ」
逆の立場を想像してみてくださいと言われ、デイビッドを置いて旅に出る自分を思い描く。
さっきも思ったけど、私がいない間に魅力的な女性といい感じになっていたら……。
「嫉妬で胸が焦げそう」
ついつい不機嫌丸出しの低い声でつぶやいてしまった。




