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山の気配。



 国からギルド経由で依頼された魔物調査を終えると、日常が戻ってきた。


 剣と魔法の鍛錬をし、学園に通い、モットレイ修道院に子供たちの様子を見に行く。

 デイビッドともいつも通り過ごしている。


「リリーさま、モットレイ修道院へ食料を持っていきますか?」

「えぇ、デイビッド。ドネリー町で買い物をしていくつもり。あと文房具も」

「かしこまりました」


 廊下でそんな会話をしていたら、ワットが近づいてきた。


「デイビッド・ウエイン、旦那さまがお呼びです」

「はい、参ります。リリーさま、少々お待ちいただけますか?」

「ウエイン、おそらく込み入った話になるだろう」


 時間が掛かるということだ。デイビッドは私を見る。


「それでは先に出るから、デイビッドは話が終わったら追いかけてきて」

「しかし……」

「この領内にホールズワースの紋が入った馬車を襲う輩はいないわ」

「リリーお嬢さま、私が共に参ります」


 ワットがそう言ってくれたので、デイビッドは不承不承頷く。


 そういえば最近、お父さまがデイビッドを呼ぶことが増えたなぁ。

 どんな話をしているんだろう。


 お父様との話が終わって書斎から出てくるデイビッドはいつも思案顔をしている。

 どうしたのと今までなら気楽に聞けたのに、真剣な横顔になぜか声が詰まる。


 そして一番自分で戸惑っていることは……考え込むデイビッドのそばに近寄りたくなる衝動が湧き上がることだ。


 熟考しながら口元へ寄せる大きな手。少し丸まる背に触れて労わりたい。

 かきあげて乱れた髪を手櫛で整えてあげたい。


 そんな自分に目をそらしたくて、私はデイビッドに背を向けてしまう。


「何なのかしら、私ったら……」


 どことなく落ち着かない気持ちでモットレイ修道院へ向かう馬車にアンナと共に乗り込む。


「エリー、お待たせ」

「いいえ、全然待ってませんわ」


 先に車内で待っていたエリーが、にっこりと微笑む。つられて私も相好を崩してしまう。

 馬車がかすかに軋んで動き出した。


 小窓の外に目をやれば、デイビッドの姿は見当たらない。それがなぜか心細かった。


「もう。私ったら……」

「リリーお姉さまっ?」


 頭を抱えると、エリーは驚いて私の背に手を添えた。


「具合でも悪いのですかっ?」

「あ、違うのよ、ごめんね」


 私はノロノロと顔をあげて情けない笑みを浮かべた。


「大したことじゃないんだけど、最近考えることが多くて」

「そうなんですね……。私では役に立たないかもしれませんが、話して気が楽になるのでしたらいくらでもお聞きします」

「ありがとう、エリー!」


 うちの妹が今日もかわいい。ギュッと抱きしめたら鈴を転がすような笑い声をあげる。


「もう、リリーお姉さまったら甘えん坊さんみたい」


 鈴を転がすように笑うエリーは私の背をあやすようにポンポンと叩く。

 その強さとリズムに私の体から力みが抜けた。




 モットレイ修道院に着くと、雰囲気がいつもと違う。

 この時間ならいつも子供たちの笑い声が響いているのに、今はざわりとした空気に包まれている。


「リリーさま、エリーさまっ」

「ティナ、何があったの?」

「メイナードがいなくなっちゃったんです!」

「いなくなった?」


 メイナードとはつい最近ドネリー町役場の紹介でモットレイ修道院にやってきた五歳の男の子だ。

 ティナのスカートにしがみついた同い年のパティが涙目で付け加える。


「裏庭で遊んでたら、わぁ! って言って走って行っちゃったの」

「どっちの方に?」

「お山……。わたし、ついていけなくて……」


 パティは足が悪い。それが原因で捨てられたのではないかとシスターたちが話している。


「周辺を探したのですが、見当たらず……かなり奥に行ってしまったのかもしれないんです」

「町の人に探すのを手伝ってもらおうとお願いしに行くところでした」


 シスターたちは泥や枯れ葉で汚れていた。かなり草深い場所も探したようだ。


「わかったわ。私たちも探します」


 シスター・サマンサに留守居を頼み、シスター・スージーに町役場へ走ってもらう。


「エリー、ティナ。二人はアンナと子供たちのそばにいて。おやつとお茶で一息ついてもらいましょう」

「リリーお姉さま、私も一緒に行きます!」

「リリーさま、私も!」


 エリーとティナは私の腕にすがってそう言った。


「いつもより奥の山に入るのよ。エリーもティナも慣れていないのだから危ないわ」

「でもメイナードは大人の男性が怖いから」


 ティナの言葉に私はメイナードについて思い返す。

 メイナードがモットレイ修道院に身を寄せるまでの詳しい経緯は分からない。

 本人がとても幼く、言葉も教わって来なかったようで保護した役人も事情を探り出せなかった。

 ただひたすら大人の男性を怖がって、震えてばかりいたそうだ。


 モットレイ修道院に来て一ヶ月弱。ようやくシスターや子供たちに慣れて少し笑顔を見せるようになったところだったのだ。


「そうね、じゃあエリーとティナにもついてきてもらうわ。ただし危ないと思ったら、戻ってもらうわよ」

「はい!」


 二人並んでいい返事をしてくれる。


 私はワットに目配せして馬車に積んでおいた剣を取り出してもらった。


「リリーさま、どうぞ」

「ありがとう、ワット。私が先頭を歩いてエリーとティナを引き連れるので、後方から全体を見ていてくれる?」

「かしこまりました」


 護衛は三人。フォーメーションはワットに任せて、裏庭から山へ分け入る。


 木漏れ日の間を進みながら、メイナードの名を呼ぶ。


 パティはメイナードが何かに驚いたと言っていた。

 茂みに隠れている可能性が高いので、耳をすませ周囲を見渡す。


 そして、思わず足を止めた。


「リリーお姉さま?」

「エリー、声を出さないで」


 私は多分引き攣った顔でワットを振り返った。

 ワットも厳しい顔をしている。

 そんな私たちの空気にエリーとティナは身をこわばらせた。


 山に音がない。


 いつもなら小鳥の囀りや小動物の駆け回る音、葉擦れの音で賑やかなのに。

 そして、それの意味するところは明白だ。


「ワット、退却するわ」

「はい、しんがりを交代します」


 私たちは極力足音を立てないよう、場所を移動する。


 この山に今までそんな予兆はなかったはずだ。

 なのになぜ、いきなり……?



 山が魔物の気配に怯えている。




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