幸せとは。
「すぐに強くなって魔物を苦もなく倒せるようになりたい」
私がそう言うと、繋いでいたデイビッドの手に力が入った。
ギュッと大きな手で包み込まれるとそこからじわりと経験したことのない切なさが生まれる。
この手を胸に寄せて抱きしめたい。ふいにそう思った。
その一方で、自分がこんな大きな手だったらよかったのにとも思う。
さらにデイビッドや主人公ロックのような強さを持っていたら。
ないものねだりな思考に陥ってため息をつけば、低い声で名前を呼ばれた。
「リリ」
「なぁに?」
のぞき込むデイビッドの目が痛ましげに歪んだ。
私はそんなにひどい顔をしているのかな?
「リリの願いは魔物に襲われない世界だろう?」
「そうよ」
「でも思うようにいかなくて落ち込んでるよな」
「……うん」
デイビッドに強がってもしょうがない。素直に頷くとデイビッドが繋いだままの手を私の目の高さに持ち上げた。
「こんな細い腕では全ての魔物を倒せない」
「そんなの分かってる。だからもっと鍛えて強くならないと」
「強くなったら、あふれ出てくる魔物を全て倒せる?」
「……っ! ひ、一人では無理なのはわかってるわ。だけど少しでも減らせれば……」
「そうしてる間にもどんどん魔物は増えているのが現状だ」
「そうよ、だから私はもっとがんばらないと……」
万里一空、たゆまぬ努力。
私を追い詰めるような質問をするデイビッドを涙目で見上げながら頭の中で座右の銘を繰り返す。
「悪い。泣かせたいわけじゃない」
「まだ泣いてないわ」
涙はまだこぼれ落ちていない。私はくちびるをグッと引き結ぶ。
陽はもう沈んでいる。情けない表情を見られぬよう、私はうつむいた。
「リリは魔物を討伐する度に辛そうな表情をしてる。自分で気づいてないだろうが」
「そ、そりゃ魔物だって命だから」
「リリは戦闘や生き死にの世界にむいてない」
繋いでいない方の手で、デイビッドは私の頬をそっと撫でて顔を上げさせる。
「弱いって、言いたいの……?」
震える声で問えば、デイビッドはゆっくり首を横に振った。
「そういうのは個々の性質だから、恥ずかしいことじゃない。だけど何事にも向き不向きはある。しかもリリは戦場に出る目標が良くない」
「目標が?」
「リリはいつも妹のために、と言う。そういう人間は危うい。自分の命を軽く考えている」
「そんなことはっ!」
「リリの幸せはなんだ?」
デイビッドは静かに問う。私はとっさに口にできる答えが浮かばない。
だって私の幸せはエリーが傷つかない世界。
確か以前も同じような問いを受けた。
あの時は縁談のことが主だったけど……今は少し違う。
デイビッドは私の生き方を問うている。
「だ、誰かを守りたいって言うのは、そんなにダメなこと?」
「ダメじゃない。だけどそこに自分という核がないと、土壇場で簡単に命をあきらめる」
「だから、エリーが幸せならそれで私も幸せで……」
言いながら自分が薄っぺらい言葉を使っているようで語尾が消えていく。
「出会った時から思ってた。リリは最後まで魔物を倒す方法を考えてはいたけど、自分の命に執着はしてなかった」
そう言われてデイビッドに助けられた時のことを思い返す。
私は確かにあの時、死にたくないとは思わなかった。
魔物を倒せず、道半ばで終わるのが悔しいとは考えていたけど。
ゲームオーバーでコンティニューか。
どこかそんな気持ちもあった。
それに思い当たり、私の涙が引っ込む。
私はこの人生をきちんと生きてなかったんじゃないか。
生き方も剣や魔法の修行も全部クリアに必要なポイント稼ぎみたいな気分でやっていたような気もする。
決して遊び気分ではなかったけど、意識はこの世界の地に足をつけていなかった……?
それをデイビッドに見透かされていたとしたら……。
それに気づき、羞恥心が全身を駆け巡る。
「自分を犠牲にして満足する人間は戦いに向いていない」
「デイビッド、もう良いわ。聞きたくない」
恥ずかしい。私は自覚したくなかった。デイビッドの言葉が胸に刺さる。
「守りたいもののために命を捨てるのはダメだ。残された方は救われたと喜ぶ前に誰かを犠牲にした事実に心を病む」
エリーならそうだろうな、やさしい子だから。
そうだ、もし私が死んだらあの子は自分自身を責めるかもしれない。
家族も悲しむだろう。
そう思うと、もう二度と魔物の前に立てないような気がする。
途方に暮れた気持ちで私は足を止めた。
「リリのしてきたことはムダじゃない。今までのどの行動も正しく慈悲深い。それだけは本当だ。でも」
デイビッドは私の歩みを急かさない。
「俺が言いたいのは自分の命をあきらめないでくれってことだ。自分を大切にしてほしい」
デイビッドの声音に切実さが混じる。
耳を塞ぎたいけどこれは聞かなくちゃいけない。
だってこれは私のための言葉だから。
エリーが幸せならそれでいい。
そうではなく、自分自身の幸せが何なのか考えろとデイビッドは言っているのだ。
結局何も言えない私の手をそっと引くデイビッドと共に宿へ戻る。
部屋の前まで送られ、土埃まみれの髪をそっと撫でられた。
「明日起きたらホールズワース領に戻るぞ」
「わかった……おやすみなさい」
「おやすみ、リリ」
やさしい声に背中を押され部屋に入る。
デイビッドの顔は見られなかった。




