選択。
討伐が終了した後、オリアン、カウンタベリー両国の合同討伐隊は現地で解散が告げられた。
その晩、俺はなぜか溢れ出てくる焦燥感を持て余し、酒場で杯を重ねる。
「貴族にはそれなりの役目がある。それが婚姻による縁繋ぎよ。だから婚約者を早く決めなさいって」
どれだけ飲んでも酔わず、リリのこの言葉が耳から離れない。
「部屋に戻るか……」
絶え間ないため息を酒と一緒に飲みくだし、立ち上がる。
酒場を出ようとした時、リリと共に行動していた男が訪ねてきた。
「私はホールズワース領領主の元で働いているイアン・ワットと申します。不躾ですがお頼みしたいことがございまして……」
「頼みたいこと?」
座り直して話を聞くと、ワットは「この後、リリーさまを自宅まで一緒に送ってくれませんか?」と切り出した。
「リリを家まで?」
「はい」
「しかし護衛がいるだろう」
「五人中二人ほど負傷しておりまして、リリーさまの安全を考えて信頼できる方にご同行いただければと」
ワットは物腰柔らかに俺に頭を下げる。
そうだ、この男はリリの集団の中で一番の実力者だ。常に先陣を切り、退却ではしんがりを務め、そして幾度か魔物の爪に当たっていた。
「あなたの傷は?」
そう問えば、一瞬眉根を寄せ苦笑する。
「太ももにくらった傷が思ったより深く、いつもよりほんのわずか動きが遅くなります。もし帰途に盗賊や魔物に遭っても倒すことはできるでしょうが、リリーさまの安全には万全を期したいのです」
その言葉を聞いて、俺はワットに好感を持った。
傷の程度を考えると、おそらく問題なく帰宅できるだろう。予想できるアクシデントにも対応する余裕もある。
だが、もし予想もできない事態になった時にリリーに危害を与えず確実に安全地帯まで逃す手が欲しいということだ。
守護対象者の生命に対する責任感の強さに俺は「分かった」と答えた。
「それにしても……ホールズワース領ときたか。想像以上だったな」
ワットと別れ部屋に帰り、俺はため息をつく。
ホールズワース侯爵領は隣国カンタベリー内でも五指に入る栄えた領だ。
「リリは侯爵令嬢か」
気さくな面もありながら自然に醸し出される雰囲気は、しっかり教育を受けた貴族のものだ。
だがああやってある程度自由に行動させてもらっているのだから、いっても伯爵位ほどかと思っていた。
吹けば飛ぶような自分の身分との違いに気が塞ぐ。
「まぁ、送り届けたら二度と関わり合うことはないだろうな」
自分のつぶやきにまた胸が痛む。俺はリリと離れ難いと思っているらしい。
「まいったな」
たいして寝付けぬまま翌朝からリリたちと共に行動した。
俺が領までつきあうことになったと知ったリリは、曇りのない笑顔でよろこんでくれた。
道中がとても楽しかった分、ホールズワース家に着いた時はもうため息しか出ない。
「お父さま! お母さま! ただいま戻りました!」
「リリー! けがはないか?」
出迎えたホールズワース領主一家はリリとよく面差しが似ていて美しい。みんなほっとした顔で口々にリリに声を掛け抱きしめている。
領主はリリから俺の話を聞き、しばらく滞在して体を休めてくれと声を掛けてくれた。
ここで潔く辞去すればいいのに、リリと離れ難いと思ってしまった俺はやはり頷いてしまう。
チラリと見たリリはすごく喜んでいてくれた。
つい俺も口元が緩む。
そのまま二日ほど滞在し、十分に休息を取った俺は辞去することをワットに伝えた。
俺の仕事は終わっている。これ以上ここにいて無駄飯を食らうわけにはいかない。
荷物をまとめているとワットに呼ばれ、領主の元へ案内された。
重厚な作りの書斎で柔らかな物腰ながら威厳のあるまなざしの領主と対面し香り高いお茶を飲む。
緊張しない性質だが、なぜか少しだけ肩に力みが入る。
お茶をもう一口飲み、深呼吸して何も言わない領主を見つめ返した。
窓から聞こえる小鳥の囀りが聞こえる。他の小鳥と楽しげに唄いあっていて、どこかリリの笑い声に似ていた。
そう思えば体の力みも自然に抜け、お茶も美味しく感じられる。
そんな俺を見て領主は笑みを浮かべた。
「娘を守ってくれて本当にありがとう」
「いえ、成り行きですから」
「それでも君でなければ危なかったとワットから聞いている」
「恐れ入ります」
ここで俺は謙遜しない。冒険者は実力を隠さない。だが、ひけらかしもしない。
そういう姿勢でいるべきだ思っているから。
領主は満足そうに一つ頷く。
「君から見て、リリーの実力はどのくらいかな?」
「剣技は中級冒険者レベルです。腕力がまだ弱いのを魔法で補っている感じですね」
「冒険者として通用すると?」
「小型魔物相手でしたら、十分通用します。ただ中型以上の相手をするのであれば、魔法のレベルをさらに上げた方がいいかと思います」
「なるほど……つけた護衛たちは現場でどうだった?」
「レベルの高い仕事をしていました。しかし魔物相手では経験値がまだ足りないかと」
「そうか」
領主はソファの背に体重をかけ、窓の外を見てしばし黙考する。
俺は干上がった口内を潤すようにお茶を飲み干す。
壁際に控えているワットが音もなく近づいてきて、ポットからお茶を継ぎ足してくれた。
ケガの様子は問題なさそうだ。俺と視線が合うとかすかな目礼をする。
もう一口お茶を飲み領主を見れば、彼は何度か頷いた後に「うちで働いてくれないか?」と言った。
「は? ここで、ですか?」
「失礼だが君のことは調べさせてもらった。有能でたいそうな腕前だとワットからも話を聞いている」
領主はワットを信頼しているのだというのが声音から感じられた。こういう主従関係もいいなと素直に思う。
「リリーはなぜか幼い頃から魔物を倒すことを人生の目的だと口にしている。だが、そうは言っても、危険な場所に何もせずただ放り出すというのは違うと思っている」
「はい……」
「命は一つ。私たち家族はリリーを失うわけにはいかない。安全な場所にいてほしいが、本人の望みを無理やり抑え込んでいいことはない。だから君にリリーを守ってほしい」
「俺を彼女の護衛にということですね?」
「護衛だけでは入れない場所もある。侍従兼護衛の地位をつけよう。だが私は君に師となってほしい」
「師……」
「リリーだけじゃなく、ワットを含め我が家の人間に魔物と戦う時の知識を授けてほしいんだ。先ほど君が言っていた経験値を与えてやってほしい」
給与や待遇に関しての書類も差し出され、目を通す。俺には過分な条件ばかりが記載されていた。
「返事は急がないので、もうしばらく滞在してゆっくり考えてくれれば」
「……もし俺がこの仕事を引き受けたら、彼女は魔物退治を続けると思います。貴族令嬢としての教育や評判、婚姻に支障は出ませんか?」
「私はリリーの情熱を堰き止めるより、自由にやらせてあげたい」
「……外聞が悪いのでは?」
「外野の言うことなど、私が跳ね除けるさ」
胸を張り得意げな表情で言う領主に思わず頬が緩んだ。
このような考えを持つ親だから、リリのような子供ができるのか?
俺は自分の妹たちを思い出す。
生まれた時から貴族の婚姻に関して言い含められていて、自分で相手を選ぶなんてことは考えていない。
今までの常識がくるりとひっくり返されるような気持ちで、俺は領主を見つめ返した。
「婚姻もね、本人がしたければすればいいし、したくなれけばしなくてもいい。どの子にも納得した人生を送らせてやりたいんだ」
こんな親がいるのかと俺は驚きの表情を隠せなかった。
そんな俺に領主はスッと姿勢を正す。眼光は鋭い。
「……子供たちには家柄にとらわれず、婚姻相手を自分で選ぶよう常日頃言っている」
領主から醸し出される圧に俺は背筋を伸ばした。
書斎に緊張感が満ちる。領主の目は俺に「理解できたか?」と問うていた。
無意識に口角が上がる。理解? もちろんした。
選ばれろ。
領主は俺にそう言っているのだ。
執筆再開します。
よろしくお願いします。




