胸の痛み。
出会った晩、野営地で焚き火を囲みながら、俺はリリに魔物二頭に飛びかかられた時のことを聞いた。
「ここからどうすれば逆転できるかなって考えていたのよ」
「魔物の牙が目の前にきてたのに?」
「それでもよ。剣は力負けするから、もう一度魔法で障壁を作るか、爆風を生み出してぶつけるかとか」
魔法発動までどちらも時間がかかる。もっと早く魔法を放てるよう修行しなければ。
それよりも、物理的に魔物を追い払える腕力がなければ。
もっと他に良い手はなかったのか。
こうなる前に、あの状況に陥る前に何ができたか。
「あの一瞬でそんなこと考えてたのか」
「うん、あれは走馬灯ってやつかなぁ」
「走馬灯?」
「あ、何でもない」
首を傾げるとリリは曖昧に笑った。
モウイチドテンセイ、マキモドシという聞き慣れない言葉に続き、「ムリね」つぶやいて頭を振る。
俺の知らない魔法のことだろうか。
「あなたは強いのね。どんな修行をしてきたのか聞いてもいい?」
「修行というか……実戦を見据えて仲間と毎日打ち合いするな。魔物相手だと経験がものを言うので情報も多く集めたりする」
「情報はギルドから?」
「それと個人的な繋がりからもあるかな」
リリはさらに俺の話を聞きたがった。
強くなるにはどうしたらいいか考えていると言ったリリに問われ続け、気づけばすっかり話し込んでしまった。
「ところで……君は貴族の娘だろう。なぜ冒険者を?」
俺の問いにリリはスッと表情を改めた。
真っ直ぐに俺を見て「妹を幸せにしたいの」と言う。
「妹を?」
「そう。このまま魔物が増えていけば、いつか妹が辛い目に遭うかもしれない。そうならないように強くなって魔物を減らしたい」
リリは自分の手をじっと見た。剣を握るために爪は短く、野営中では手入れもできないためカサついている。
小さく頼りない手だ。
なぜ妹なのだろう。どんな思いがあるのだろう。
考えていることを全部知りたい。
そして……ボロボロになったリリの手を、俺は握り締めて守りたいと思った。
討伐隊が解散になるまでの数日、俺はリリとたくさんの話をした。そこで知ったのは、彼女が十四歳であること、とある高位貴族の次女であること。
最近、討伐に参加することが増えて、力不足を実感していることなど。
趣味は料理で、討伐中は料理番を好んで請け負っていることなど。
俺も問われるまま出身国や家族構成などを答えていく。
「そう。デイビッドは真ん中っ子なのね」
俺は兄二人、妹二人に囲まれて育った。中間子は親からの干渉が少なく、独立心旺盛だと言われる。
子爵家だが子沢山で領地は小さい。なので俺は早くから親元を離れて自分で稼ぐ道を探していた。
子供の頃から剣技に自信があったので、軍隊か冒険者かで悩んだのは一瞬。
性格的に堅苦しいのは苦手だから、冒険者一択だった。
そう決めたらすぐにギルドへ登録に行き、紹介された先輩について、すぐに魔物討伐を開始した。
目の前の獲物を倒していくのはボードゲームに似ている。
大局を見て動き、目的を達成するだけだ。
あとは剣を振るうだけでいい。
魔物討伐は性に合っていて、気づけば俺は最高ランクに上がって指名依頼ばかりになった。
「そうなのね……私もデイビッドのようになりたいわ」
リリが俺を見上げる。その瞳には憧憬が込められていて、つい気恥ずかしくなりさりげなさを装って目をそらす。
「冒険者になる……か。さすがに貴族子女には厳しいだろう。今でさえ、親はよく討伐に参加させているなと思ってしまうくらいだ」
「えぇ、そうね……」
急に暗くなった声音に振り向けば、リリは口元こそ笑みの形をしているが、視線は俺じゃなく遠くを見ていた。
「両親は優しいのよ。私がやりたいようにしていいって言ってくれるわ。だけど、親戚筋は口やかましいの」
ここで大きなため息を一つ。
「貴族にはそれなりの役目がある。それが婚姻による縁繋ぎよ。だから婚約者を早く決めなさいって」
「婚約者……」
リリの小さな唇から出た言葉がグサリと俺の胸を貫いた。なんだ、この痛みは。
「婚姻して家を繁栄させることが大切なのはわかっているわ。だけど、このまま何もしないでいて、魔物が蔓延る世界になってほしくないのよ」
必死で表情を取り繕って相槌を打つが、胸の痛みは去らない。
こんなこと、初めてだ。
年度替わりで仕事が忙しく、更新滞りがちで申し訳ありません。
必ず完結させますので気長にお付き合いいただけますと幸いです。