彼女の瞳。
少年冒険者の話を聞いた後。
もっと強くなって魔物を倒したい。魔物に脅かされない世界にしたい。
リリは小さな手をぎゅっと握り、そうつぶやいた。
「初めて会った時もそう言っていたな」
俺は自分の声が懐かしそうな声音であることを自覚する。
ほんの二、三年前のことだ。
オリアン王国方面からカウンタベリー王国の国境へ中型魔物が群れで移動しているという目撃情報が上がった。
両国の人員が集結し合同討伐に出ることになり、オリアン王国の出身でソロ冒険者としてそれなりに名を上げていた俺にも声が掛かった。
ホールズワース領からは百人ほどが参加していて、その中に一際小さな少女がいた。
まばゆい金髪を後ろで一つにまとめ、質の良い防具と服、それに小ぶりの剣を腰に佩いている。
貴族か金持ちの商家の子だろう。歩く姿や立ち姿はしっかりしていて、それなりに鍛えているようだ。
「おい、誰だ。子供を連れてきたのは」
「いい家の子ってカンジだな。討伐見学に来たのか?」
「討伐を舐めてやがんな。ちょっと脅かしてやろうぜ」
そんな声が荒くれ者から上がるのは当然だ。
だが荒くれ者たちはリリに近づけなかった。
周囲に姫を守る騎士のような男たちが常に側にいたからだ。今思えば彼らは領主が付けた護衛だろう。
魔物の群れを追って討伐が始まると、ちょっかいを出す隙もない。
いくつかの集団になり陣形を組み、魔物の群れを分断し、各個撃破していく。
群れの数は三十頭ほどと聞いていたので、丸二日の行軍でほぼ殲滅できたと思われた時。
小さめの魔物がリリと護衛五人の前に現れた。彼女たちは善戦し、程なく討伐し終える。
だが、一息ついた彼女たちの前につがいらしい中型魔物二頭が現れた。
先に倒した魔物より二回り大きい。
おそらく家族だったのだろう。
親と思われる魔物二頭は子供を殺されたことを理解しているようで、怒りを多分に含んだ目でリリたちを見据える。
すでに全員、疲労の色が濃い。彼女たちが勝てる見込みは少ない。
その時リリは、迷いのない動作で障壁を作る魔法を放つ。
それは自分たちを守るものではなく、魔物を封じ込める障壁だった。
「リリーさま!」
「今のうちに剣を構えて間近で待機して! 障壁が消えたら急所を一気に攻撃よ!」
リリはジリジリと障壁を狭めていき、魔物は動きを止められもがいた。
魔物を一心に見つめるリリの瞳には青い炎が宿る。
大人でも辛い行軍と討伐に体力は限界を迎えているだろう。
剣を振るう力はもう自分にないし、仲間の残りの力もない。
だがそんな中でも勝率を上げるため、リリは冷静に状況を見ていた。
護衛たち四人がすばやく動き、魔物の喉元と心臓の位置に剣を突き立てる。
もう一人は二頭の正面に立ち腰をぐっと落とした。
何かあってもリリに魔物が向かわないようにしたと思われる。
「妥当な判断だが……」
俺は剣を抜いた。
リリの顔色は青白く指先は震えて今にも倒れそうだ。
「配置につきました!」
「魔法を解くわ!」
「はい!」
その言葉と同時に魔物には剣が突き立てられ、咆哮と共に体から鮮血が吹き出す。
「仕留めました!」
「やった!」
「うわぁ!」
一瞬の喜色、その後に焦った叫び声が続く。
護衛たちの剣は急所を刺したが、手負の魔物二頭は最後の力を振り絞って跳躍した。
正面で待機していた護衛の頭上を遥かに飛び越え、リリへ真っ直ぐ向かう。
二頭とも大きく開けた口から血泡を吐き出しながら、鋭い牙を剥き出すのが見えた。
そこまで、まばたき一回ほどの時間しかなかった。だがリリは剣を構えて魔物へ向けている。
その青い瞳に強い無念さが浮かんでいた。
そして何か必死で考えているように見える。
俺は魔物二頭の真横から剣を水平に振り、リリに牙が届く前に薙ぎ払った。
「えっ……」
急な展開に驚いた声は可憐で、血生臭さを忘れさせる。
俺は魔物二頭の眉間を割り、動かなくなったのを確認してからリリを振り返った。
リリは真っ直ぐ俺を見ていた。視線は相変わらず強い。
そしてやはり何かを考えているように見えた。
彼女は何を考えているんだろう。
それが知りたくて俺は瞳の中を覗き込んだ。