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できることは。



 アイザック殿下たちを連れてケルズの街へ戻る途中、森の出口で慌てた様子の冒険者二人組に出会った。


 私たち一行を見ると「あっ」と声を上げて気まずそうに押し黙る。

 たぶんギルド長がアイザック殿下たちを守るためにこっそり配備していた冒険者たちなんだろう。


 私たちは偶然会ったフリをして一緒にギルドへ戻る。

 アイザック殿下たちに聞こえないよう、小声で道々話を聞くと、三人とも足がものすごく速かったらしい。


「周辺への警戒もなく尾行にも全く気付いていないようでしたが、うまい具合に撒かれてしまって……」


 たぶんそうやって王宮も抜け出してきたんだろうなぁ。


「ともかく……無事とは言い難いが連れてきてくれてよかった。この礼は必ずする」

「いえ、成り行きなので」


 ギルドに着くとギルド長はアイザック殿下たちのケガを見てため息をついた。


「医師を呼びましょう。しばしお待ちを」

「うむ、すまない」

「では私たちは失礼いたします」


 カーテシーではなく、ただ頭を下げて部屋を出ようとすると、アイザック殿下が私を呼び止めた。


「リリー・ホールズワース嬢」

「はい、なんでしょう」

「その……今回は迷惑をかけてすまなかった」


 立ち上がる余力はないのか、ぐったりとソファに寄りかかっていたアイザック殿下だったが、なんとか背筋を伸ばして私に小さく頭を下げる。そして大きく息を吐いた。


「俺はゆりかごの外を知らない赤子だったんだな」


 前世風に言えば井の中の蛙大海を知らずだね。


「そんなつもりはなかったが、ずっと王宮で守られていて俺は何でもできると勘違いをしていた……きっとこの世界にはもっと多くの知らないことがあるんだろう」

「アイザック殿下……」


 私には続く言葉がない。だって今アイザック殿下が口にしたのは誰でも思うことだ。

 知った気になって、後から自分の思い上がりが恥ずかしくてのたうち回るなんて本当によくある話。


 だから彼の目をしっかり見返すだけに留める。きっと彼も返事を求めていないだろうから。

 ひとしきり悔恨を口にし、アイザック殿下は無言になる。

 心の中で強く自分を責めているようだ。


「アイザック殿下、お願いがございます」

「……なんだ」

「ご存知のように、今は魔物がとても増えています」


 アイザック殿下は顔を覆っていた手を下げ、私を見る。


「殿下のような目に遭う民が大勢いるのです」

「……そこでは助けがなく命を失う者も出る、ということか?」

「はい」


 私が頷くと、アイザック殿下は真剣なまなざしで考え込む。そして髪をぐしゃりと掻き回し「俺に何かできるだろうか」と問う。


「できます。アイザック殿下にはお立場がありますから」

「立場だけあっても」


 皮肉げに笑ったアイザック殿下に私は続けた。


「それにアイザック殿下にはギャレットさまとリンドグレーンさまがいらっしゃいます」


 王族付きになるだけあって、二人は学力が高い。アイザック殿下のよいブレーンになるはずだ。


「アイザック殿下にしかできないことをお願いしてもよろしいでしょうか」

「俺にしかできないこと?」

「はい。民を魔物から救う術を考えていただきたいのです」


 ティナたち孤児は魔物に片方、もしくは二親を殺されてしまい、親戚にも頼れずに住む場所を失った。

 そんな子供たちが今、世界中にどんどん増えている。


 私には地道な討伐しか手がないが、王族なら国を動かせる可能性が高い。


 それに個人個人で行うより集団で対処した方が、討伐はより効率よく安全に完遂できる。


 さらには魔物が現れてからよりも、居場所を調査し先にこちらから打って出る方が救える民の命も増えるだろう。


 私はつたないながらも、この思いをアイザック殿下に語る。

 アイザック殿下は口を挟まず最後まで聞いてくれた。


 そしてゆっくり何度も頷き、大人びた表情で「……分かった」と微笑んだ。



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