調査終了。
「た、助かった」
デイビッドが速やかに十匹、私が五匹くらいを仕留めて振り返ると、アイザック殿下は座り込んだまま荒い息をついていた。
すぐには動けなさそうなのを見て、邪魔にならないよう木陰に隠れていたマイケルが駆け寄る。
「失礼します。殿下、おケガは?」
「腕と足を齧られた。俺の顔を知っているというお前は?」
「王国政務部の事務官でマイケル・ベイリアルと申します。医師ではありませんが、応急処置はできますのでお手当させてください」
マイケルが胸につけた徽章を見せると、アイザック殿下は長く息を吐いて頷いた。
「うん、頼む。二人も俺を庇ったせいでケガをしているんだ」
「かしこまりました」
「殿下、私たちのことはお気遣いなく」
「そうです、自分で手当てできますので」
「二人とも利き手を痛めただろう」
アイザック殿下がエイドリアンとコンスタントを心配そうに見ると、侍従の二人は申し訳なさそうにうつむいた。
あの三人、昔から仲良しだなんだよね。偉そうな態度をしてるけど、アイザック殿下は二人を大切に思って接しているのが分かる。
まぁ、憎めない先輩たちって感じ。
私とデイビッドは三人の応急処置が終わるまで、巣に隠れていた魔物も討伐した。
「これで全部かな」
「あぁ。周辺に魔の気配はない」
「討伐数は三十七匹ね。かなり大きい集団だったわ」
「三十七匹ですか……」
マイケルは血止めの布を巻きつけ終えたその手ですぐにノートに記録する。
「過去の情報では二十匹を超えると中型魔物が一両日以内に現れます」
「ヒェッ」
怯えた声を上げたエイドリアンがアイザック殿下の視線を受けて口をつぐむ。
「そうか、ではそこの護衛」
アイザック殿下は座り込んだまま、デイビッドを指差した。
「俺たちを町まで連れて帰ってくれ」
そう言われ、デイビッドは苦笑した。
「任務中なので出来かねます」
「な、んだとっ?」
断られるとは思っていなかったアイザック殿下は一瞬で気分を害したようで、顔を歪めた。
「俺の命令より重要な任務があるか!」
「そう言われましても……依頼主のご意向がありますから」
その言葉を受けて、アイザック殿下はむすっとしたまま私を見た。
「リリー・ホールズワース、君が依頼主なのだろう? すまぬが俺の方を優先してくれ」
「いえ、依頼主は私ではありません」
「ではお前か?」
「いえ、自分も仕事で彼らに同行している身ですっ」
視線を送られたマイケルが慌てて首を横に振ると、アイザック殿下は歯を食いしばった。
「では依頼主には後で俺から話をつけるから俺の指示で動くように」
「しかし任務にも期日がありまして……」
私は飄々とした態度のまま頷かないデイビッドの袖口をつんと引く。
「デイビッド、提案していいかしら?」
「どうぞ、リリ」
目元をゆるめて笑むデイビッドを上目遣いでちょっと睨み、私は続けた。
「殿下たちにはここでしばらく休憩してもらいましょう。その間に調査を終わらせて、町へ戻るついでに殿下たちをお送りするのはどう?」
「そうだな、そうしよう」
あっさり頷くデイビッドにアイザック殿下がムッとしている。私は荷物の中から、乾燥させた香木を取り出した。
「マイケルさん、これを焚いて殿下たちとここで待っていてください」
「これは?」
「虫除けの香木ですが、どうやら魔物もこの香りを嫌うようで、寄りつかないんです」
「へぇ、これも報告書に載せていいですか?」
「もちろん。ではすぐに戻りますので」
私とデイビッドは魔物の巣があった場所周辺へ移動した。
「もう! デイビッドったら。もう少し上手にやってよ」
「そう言われても今回は国、言わば国王陛下からの指示だからなぁ」
デイビッドは澄ました顔でそう言った。
でもまぁ、気持ちは分かる。
アイザック殿下は身分が下の者は従うのが当然だと思っているのだ。
だが、その理屈で言うなら依頼主は殿下より上の存在なので、そちらを優先すべきだろう。
「アイザック殿下はやっぱり今回の調査のことをご存知ないのね」
私はため息をつく。
アイザック殿下はたくさんの間違いをしている。
一つ目は王族なのに随員が手練でもない素人二人だけ。しかも貧弱な装備で討伐に来ていること。
二つ目は自分たちの実力を見誤っていること。
三つ目は経験不足。
討伐にアクシデントは付きものなので、あらゆる事例を想定して準備しておかなくてはいけない。
そして四つ目は情報不足。
魔物の討伐へ行く場合、ギルドで得る情報はとても重要だ。齧歯類型魔物が出るという話は知っていたが、報告されている個体数や巣がある可能性まで考えていなかったのだろう。
さらに国が調査に入ることは王族であれば簡単に入手できる情報だ。マイケルの徽章を見れば国から派遣された調査員だとすぐに分かるはずなのにね。
五つ目というか、蛇足というか、自分が弱いのを認めなかったのも良くないな。
なんて考えていたところにキツネによく似た魔物が二匹現れた。
沼地側で待機していたアイザック殿下たちからも見えたのだろう。短い悲鳴が耳に届く。
チラリと視線を送ると非戦闘員のマイケルが殿下たちを庇うように前に移動していた。
つい、「そういうとこだぞ」と突っ込みたくなる。
「リリ、こっちに集中だ」
「はい。情報より現れるのが早いわね」
「そうだな。行くぞ」
デイビッドと共に一匹ずつ倒す。共に、と言いつつデイビッドは瞬殺で、私は少々手こずった。
「脚が速かったわ」
「移動しながら剣を使うのは上手くなってきてる」
「ふふ、ありがとう」
デイビッドは私を真っ直ぐに見て褒めてくれた。笑顔が優しいからうれしいな。
あ、アイザック殿下が私を見て唖然としている。
まぁ淑女らしくないからなぁ。学園ではなるべく大人しくしてたし。
返り血は浴びてないけど、魔物を入れた袋を引きずって近づくと、アイザック殿下は気まずそうに俯いた。
「君はその、かなりの遣い手なのだな」
「恐れ入ります。まだまだ彼には敵いませんが、幼い頃より鍛錬していますので」
デイビッドを見ながら言うと、アイザック殿下はひた、とデイビッドに視線を止めた。
「その者は……君の家の護衛なのだろう?」
「今は護衛ではなく、討伐へ共に向かう仲間、パートナーです」
「パートナー……」
アイザック殿下が固まった。
すごい。顔中の筋肉が引き攣ってピクピクしてる。
やっぱりアイザック殿下からしたら不思議な関係かな?
確かに日常ではお父さまに雇われている護衛兼侍従だけど、討伐中は信頼する師匠だもんね。
っていうか、仲間とかパートナーっていうのはおこがましいかも。
悔しいけど実力がまだ全然違うし。
チラリと隣を見上げると、デイビッドは遠くを見ていた。
「デイビッド、魔物の気配でもする?」
「いや、大丈夫だ。そろそろ戻ろう」
こちらを振り向かないデイビッドの耳がなぜか少し赤かった。