ケルズにて。
一ヶ月後、オリアン王国との間にある北山脈へ繋がる街道を私とデイビッドは騎馬で北上していた。
「このまま隣のバントン領まで入るのね?」
「あぁ。領地境で他の調査員たちと合流する」
魔物は人間の気配に敏感なので、調査は少数精鋭で行われる。
私は過去の討伐経験値を買われて、今回の調査にギルドの代表として参加させてもらえた。
「ギルド長から魔物は無理に討伐しなくていいと言われていたけど……」
「そうだ。今回は目撃情報に加えて、山中の痕跡を広範囲に探す予定だからな」
数多くの地点で同時に調査することによって調査漏れが出ないようにする。一ヶ所ずつの人数が少ないので、討伐は二の次らしい。
ホールズワース領とバントン領の境にあるケルズという街に到着すると、私たちはギルドへ向かう。
そこで国からの指令書を提出すれば宿や食事、装備などが提供されるのだ。
ケルズに着いたのがちょうど昼時だったので、私たちは紹介された宿に荷物を置いて食事に出た。
「街がどことなく落ち着きがないわね」
「バントン領では魔物の出没が増えているからな。浮き足立っているのだろう」
スープと黒パンを食べながら道ゆく人を見れば、みんな不安そうな顔をしている。
「どんな魔物が多いの?」
デイビッドにそう問えば、私の横から違う声が答えた。
「小さな齧歯類型の魔物が異常発生している」
振り返れば、煌びやかな装備の若い男性三人が隣のテーブルに着いていた。
「見れば冒険者の装備をしているが……そんなことも知らないで討伐に来たのか?」
小馬鹿にした顔でふふんと笑ったのは、私に負けないほど黄味の強い金髪の……。
「アイザック殿下」
「久しぶりだな、リリー・ホールズワース」
この国の第三王子のアイザック・カウンタベリー殿下は背もたれにふんぞり返り足を組んだ。
「おっと、カーテシーも敬称も無しでいいぞ。今は隠密行動中だからな」
「はぁ……」
アイザック殿下は私より二つ年上の十八歳で、去年学園を卒業している。
在学中はすれ違う程度だったのに、よく私のフルネームを覚えているなぁ。
さすが王族ともなると貴族名鑑の全てが頭に入っているんだろう。
アイザック殿下の対面に座るのはエイドリアン・ギャレット侯爵子息とコンスタント・リンドグレーン伯爵子息。
どちらもアイザック殿下と同学年で、卒業後そのまま侍従の職に付いたはず。私と目が合うと二人とも気まずげに目線を下げた。
「君が剣をそれなりに使うとは噂で聞いていたが、この街で討伐をするつもりか?」
「いえ今回は違います」
「ならば薬草取りにでも来たのか?」
殿下は魔物調査のことを知らないのだろうか。だとしたらデイビッドたちの任務のことを口に出すわけにはいかない。
私が曖昧な返事をすると、殿下は何度か頷き私を見る。
「一緒に行動しろ。その方が守ってやれる」
「お断りいたします」
ノータイムで返事をすれば、アイザック殿下はポカンとなった。
「なぜだ」
「なぜと言われても……。私には剣もありますし、優秀な仲間がいますので」
「護衛がたった一人では心許ないだろう」
剣をある程度使えるようになると、相手の実力をなんとなく察するようになる。
どう見てもアイザック殿下たち三人より私の方が強い。さらに心許ないと言われたデイビッドは私よりはるかに強い。
「女性が男と二人でいるのは好ましくないだろう。俺と一緒に行動すれば変な噂は立たない」
「ご心配いりません。父が認めた仲間とのみ行動するよう言いつかっておりますので」
続けて断ると、アイザック殿下は口元を盛大に歪めて、床を蹴って立ち上がる。
「ふん、勝手にしろ」
カツカツと足音を響かせて店を出る間際、アイザック殿下は「後で泣きついても知らないぞ」と言い捨てた。
残された私は首を傾げながら見送る。
「もちろん勝手にするけど……アイザック殿下がいらしてることをギルドに報告した方がいいわよね」
「そうだな。それにしてもまるで相手にされないのが気の毒だ」
「気の毒? 私が?」
「なんでもない」
問い返せば、デイビッドは苦笑して首を横に振った。