未来。
その日以来、時間が合えばエリーは私と共にモットレイ修道院を訪れている。
ティナとすごく仲良くなったようで、今も二人でアンナの指導の元、楽しそうにクッキーを作っていた。
私はその様子を見ながら、つい口元が緩む。
かわいい子が笑いながら一緒にいると、さらにかわいいなぁ。かわいいが二乗だ。
「リリーさま、お顔が笑み崩れています」
「しょうがないわよ、かわいいんだもの」
デイビッドはあきれたように苦笑する。
その横顔は整っていて、ついじっと見つめてしまった。
「何か?」
「なんでもないわ。さぁ、ピザを作りましょう」
私とデイビットは発酵させておいたピザ生地を伸ばす。
この国にピザという文化はなかったけど、あれは手軽に野菜や肉を取れるし、分け合う瞬間も楽しい。
私が提案して、ホールズワース家では定番メニューになった。
モットレイ修道院でも子供たちから大人気だ。夕食はこれにスープを足せば栄養満点になる。
「そういえば今度、魔物の最新状況を国が調査するわよね。あなたも参加するの?」
「旦那さまからそう言われています」
デイビッドの剣術の腕はこの国の十指に入るらしい。
魔物討伐中に知り合ったデイビッドの話を私から聞いたお父さまは、我が家の護衛としてスカウトした。
そして今は私の侍従兼護衛をやっている。
「デイビッドほどの腕があれば国の中枢で働けるわよね。私の護衛なんて宝の持ち腐れだと思うわ」
「私は志願してリリーさまの護衛をやってるのです」
「なぜ? お父さまやお兄様たちの護衛の方が華やかだし、お給金もいいんじゃない?」
そう言うがデイビッドは黙って笑うだけ。
琥珀色の瞳にまっすぐ見つめられ、なんだか居心地が悪い。
私は不自然にならないよう視線を外す。
裏庭から子供たちの笑い声が聞こえてきた。
シスターによると、子供達は時間さえあれば毎日裏庭で遊んでいるらしい。
整備した甲斐があったなぁ。
ついつい笑みがこぼれる。
そんな私を見たデイビッドが「あなたは本当に子供好きですね」と言った。
「特別に好きというわけではないわ。普通よ。あ、エリーは特別だけど」
「ではなぜここまでモットレイ修道院に関わるのですか?」
「これは成り行きなの」
エリーを断罪させない。幸せにする。そういう気持ちだけだから。
「修道院に関わる時間を割くために様々なレッスンを毎日ギリギリまで詰め込んでこなして、休む暇もないでしょう」
「こんな忙しいのは今だけだから」
エリーがゲーム通りにならないことを確認するまで走り続けなければ。
「エリーさまの幸せといつもおっしゃっていますが、リリーさま自身の幸せはどうするんですか」
「私は今、すごく幸せよ」
衣食住整った環境と他人に施せる身分、大好きな家族に囲まれてなんの不満もない。
「今だけじゃなく、未来ですよ。リリーさま」
薄切りにした野菜を乗せ終わったので、かまどに火を入れようと立ち上がれば、デイビッドが代わってくれた。
長身をかがめてかまどの中を覗き込むデイビッドと私の顔がいつもより間近になる。
「未来?」
「あなたには数多の家から縁談が来ている。そろそろ嫁ぎ先を決めなくてはいけないのでは?」
「……結婚しなくちゃダメかしら」
心底イヤそうな声が出た。デイビッドは私をひたと見つめる。
「ダメと言うわけではないですけれど、貴族女性で婚姻をしない方はいませんね」
「きっとお父さまがお決めになるでしょう。私は誰でもいいわ」
そう言うと、デイビッドの目に剣呑な光が宿った。
「誰でも?」
「そうよ、貴族なんてどうせ家同士のつながりを作るために婚姻するのだもの。そもそも私の希望で相手を選べないでしょう。お兄さまたちを見ていたら分かるわ」
「兄上さま方はご自分の思う方と一緒になられていますけど」
「それでもお父さまが選んだ枠組みの中での選択だわ。本当の自由とはそういうものではないと思うの」
平民だって自由恋愛は少ない。
前世のことを思えばひどく窮屈な気持ちになる。
「自由、ですか。ふだんのリリーさまはご自分のしたいことを決めて行動しているように見えますが……」
それはそうだけど、自分の婚姻に対してはイメージが全く湧かない。
というよりあまり考えたことがなかった。
会話を終わらせたいけど、こちらの本心を覗きこむような強さで私を見ているデイビッドが少し怖い。
視線を逸らすとデイビッドが小さく何かつぶやいた。
「ならば……で、いいか」
「なぁに?」
「たいしたことではありません」
そう答えて微笑むデイビッドの雰囲気は、どこか魔物討伐中のような緊張感をはらんでいた。