少し小さな手。
「リリーお姉さま! 今日も海がきれいですね。冬が近づいて森の木々も色付いてます」
「そうね」
馬車の小窓から見える風景を喜び、私に伝えてくれるエリーは無邪気に笑っている。
その様子を見ていると、エリーと一緒にピクニックに行きたいなと思った。
バスケットにお弁当を詰めて、木陰にシートを敷いてお茶を飲む。
エリーはきっと紅葉の中に佇んでも、海辺を一人歩いてもきっと絵になるほど美しいだろう。
絵画と言わず、写真にして永久保存しておきたい。
馬車の中でエリーの可愛さに妄想していたら、モットレイ修道院に到着した。
「リリーさま!」
「こんにちは! 今おそうじをしていたんです」
「まぁ、みんな働き者ね。偉いわ」
馬車を降りるなり子供たちに囲まれて屈託のない笑顔を向けられる。それが嬉しくて私も笑み崩れた。
「さぁ、今日も美味しいご飯を作りましょうね」
「リリーさま、お手伝いします」
ティナが私の側に来てはにかむように微笑んだ。遠慮がちな微笑みに愛おしさが増して、髪をそっと撫でると子猫のように微笑む。
だが、その顔が私の後ろを見て固まった。
「ティナ?」
「は、初めまして」
ティナはサッと頭を下げ、そこから顔を上げない。
振り返ればエリーも真顔で突っ立ったまま動いていない。
「エリー?」
「……」
エリーとティナの二人は人形のように固まっている。
「……アンナ、ティナと一緒に先に厨房へ行っていて」
「かしこまりました」
アンナが油の切れたロボットのようなティナを連れて行ってくれたので、私はエリーに向き直る。
「エリー、どうしたの?」
「……リリーお姉さまは、あの子の方が好きですか? 私よりも」
「エリー、何を言うの?」
「私には分かります。リリーお姉さまがあの子を特別だって思ってるって」
エリーはくやしそうにうつむいた。引き結んだ唇は震えていて、泣き出すのをこらえている。
これはもしや嫉妬だろうか。
家を出る時もごねていたが、私を他の子に取られまいと思っているのだとしたら……。
「エリー!」
なんて可愛い妹だろう。
私は感極まってエリーを抱きしめた。
「エリー、私はあなたの姉よ。誰にも取られたりしないわ」
「本当に?」
「えぇ」
「でも私はリリーお姉さまにわがままばかり言うわ。そんな私よりも、あの子の方が可愛いと思っているのでは?」
「エリーは私の妹ですもの。わがままくらい言っていいのよ」
「言っても、……嫌わない?」
「嫌わないわ。ダメな時はそう言うし、ちょっとしたわがままなお願いならなんとしても聞いてあげる」
もう一度ギュッと抱きしめると、気が済んだのか納得したのかエリーは「ありがとう」と頷いた。
「さぁ、行きましょう。中を案内してあげる」
差し出した私の手をしっかり握り、エリーと並んでモットレイ修道院に入る。
子供たちはそうじや畑作業をしており、私が通ると手を振ってくれた。
「リリーお姉さま、みんなガリガリだわ」
「太ってきた方よ。前はもっと痩せていて顔色も悪かったの。生まれてから食事をろくにもらえなかった子もいたわ」
「そんな……」
エリーはあまり街歩きをせず、しても貴族街ばかりだったので裕福ではない子供の姿を見たことがなかった。
繋いだ手からエリーの震えを感じる。
「エリー、私は領内に住む子供たちに幸せになってほしいの。モットレイ修道院に来るのはそういう理由」
「リリーお姉さま……」
そしてあなたがいつも笑っていられるような世界にしたい。
まだ私より少し小さな手を強く握り返して、エリーに笑顔を向けた。