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デッドリカバー  作者: 箱暗灰人
序章「闇を歩む者」
9/21

運命の交差点×3

「……お前、フォスレーじゃないな?」


アキトはフォスレーとの戦闘中に違和感を感じていた。

初めて、あの惨状の中で会ったフォスレーから感じ取った遥か高みにいるような存在感。

圧倒的な力の差に神や悪魔の類いのものに思えた。

それから二年、アキトは復讐するためにひたすら力を身に付けてきた。

現在の力でフォスレーに勝てるのかと聞かれたら、きっと無理だ、と答えただろう。

それほどまでに想像上のフォスレーの力に怯え、そして悔しいが尊敬もしていた。

しかし戦いの中で感じた魔力は想像を下回っていた。

二年の間に想像するフォスレーの存在が過大評価されていたのかも知れないし、当時の自身の弱さが相まって余計にそう感じたのかも知れない。

全力を出し切って辛うじて勝てた相手が弱い訳がないが、だがそれでも、感じた強さと、戦闘中まるで手加減され、試されているような違和感を拭い去ることは出来なかった。

フォスレーを斬った今、倒れているフォスレーを改めて冷静に見ることで、これがフォスレーでないと確信する。


「人は、生き物は、斬られたら血を流す。常識だ。だが、お前の体からは血が流れていない。人は怪我を負えば苦痛で苦しみ悶え、顔をしかめる。だがお前は体が二つに分かれてもなお平気そうにしている。お前は、なんだ?」


アキトは刀の先をフォスレーに向ける。

アキトが話す通り、腹部の切り口から出血はなく、断面は真っ白な平面だった。

そして斬られたフォスレーは全く痛がる様子は見せなかった。

フォスレーは笑う。

その笑いにはこれまで笑われる度に感じていた不快感はなかった。


「ふふ、正解。俺はフォスレーではない。正しくフォスレーが造り出した分身体さ」


「分身……」


自分の分身を作れる魔術があることはアキトは知らない。

知らないが、フォスレーなら可能なのだろうと思わせるものがあり、事実目の前にいるのだ。

納得するしかなかった。


「はあ……」


ため息が出て、体の力が抜けてあぐらをかいて座る。

フォスレーじゃないと確定した時、わずかにあった勝利の喜びは霧散した。


「そんなに落胆しないで欲しいな。確かに本体よりずーっと弱いけど、それでもフォスレーの一部分には勝利したんだから誇っていいよ」


「…………」


アキトは不満そうな顔でフォスレーを睨み付けた。


「不満そうな顔だね?」


「当たり前だろ……」


「ふふっ」


フォスレーの体は形を保てなくなったのか次第に腹部から崩れて行く。


「そんな君に朗報だ。確かに私はたかが分身だが、記憶や性格は本体と同じで作られた時にコピーされる。だから君がフォスレーに期待されてるのは嘘ではない。そして俺が消えると分身に新たに刻まれた記憶は本体に返る。だから君がここで発揮した力は無駄じゃないさ」


「なんだそれ?励ましてるつもりか?」


「ダメかい?君が見せた闇の力。それでも驚いたのに、君は闇蝕から戻って来たんだ。凄いことさ」


黒い空間にヒビが入り、床が端から音もなく崩れていく。

フォスレーの言葉に反応しないアキトにフォスレーが言う。


「復讐相手にそんなこと言われても嬉しくない?」


「俺より遥かに強い奴に言われるのは嫌味でしかない」


アキトのフォスレー本人に向けた言葉。

フォスレーは小さく頷いて一言


「そっか」


と目を細めて言った。


「それと闇蝕にはなってない。そのギリギリで耐えてただけだ」


「はは、そっかそっか」


まるで子供の言い訳を聞く親のように笑いながら答えるフォスレー。

フォスレーの体の崩壊が肩まで迫っていた。


「……消える前に本当のフォスレーに言っておきたいことがある」


「なんだい?」


「俺の名はアキト。お前を必ず殺してやるから、名と顔を覚えて待っていろ」


「ふふふっ。またね。アキト」


フォスレーが完全に崩壊し、そして跡形もなく消えた。

それとほぼ同時にこの謎の空間も消えた。


「!」


空間が消えるとそこはルヴェスタ上空だった。

ベランダから飛び降りたことを思い出す。

降下していくアキトは、自分の中の魔力量を調べる。


(……ダメだ。魔力が足りない……)


落下する速度を抑えるほどの魔力がないと分かり、死を覚悟する。

すると、背後から何かに体を掴まれ、落下速度が遅くなる。

抵抗しようと動くと耳元から声が聞こえる。


「私です。カイシスです」


背後から声が聞こえ、抵抗を止める。


「あ、ああ、あんたか」


後ろを見ようとすると、白い羽根が視界に入った。


「は?羽根?」


「バレてしまいましたね。実は私、バーディとの混血でして」


「そう、だったのか」


バーディと言うのはアキトのクラスト種とは異なる種族名で、翼を持ち、自由に空を飛べる。

クラストとの見た目の違いは羽根があるかどうかしかない。


「混血は何かと言われるので、普段は羽根を隠しているんです」


種族の違いでの争いや差別は昔からあった。

今では関係はだいぶ改善されたが、混血に対してはまだ差別や非難の対象になりやすい。


「純血と違って飛行能力が劣っているもので、あなたを抱えて上に登るのは無理そうです。獣の襲撃の状況を確認したいので、このまま中層へ降りてもいいですか?」


「ああ、分かった」


フォスレーは翼を横に広げ、滑空するように移動する。


「あなたがフォスレーを追って、私も追いかけようとしましたが、あなたが空中に現れた黒い物体に飲み込まれていくのを見ました。一体何があったんですか?」


「……変な空間があった。黒くて、広い場所。そこでフォスレーと戦った」


「……それでフォスレーは?」


「……倒した」


「本当ですか!?」


「だが、奴はフォスレーの、分身だった。明らかに、人と体の構造が違っていた」


アキトが言う"人"はクラスト、バーディの他、複数の言葉を介する一定の知性を持った協力関係を築ける種族をまとめて人と呼ばれている。


「そうですか。分身……。とはいえ、勝利したことは素晴らしいことです」


上層の端を抜け、眼下に中層が見えてくる。

街中で警報が鳴っており、街の各地で戦いが繰り広げられていた。


「キィアアアア!」


空を飛ぶ羽を生やした黒い獣がアキトとカイシス目掛けて奇声を上げて飛んで来た。


「ギャッ!?」


下から飛んできた複数の矢が獣に刺さり、力を失い落ちていく。


「あれは……」


矢が飛んできた方向を見るとコネットがいた。

コネットは下層で一際大きく、窓のない建物の屋上にいた。

青い半透明な弓を持って立っていた。

他にも飛行する獣を発見したコネットは狙いを定めて弓を引くと、弓と同じ形状と色の矢が4本右手から生えるように現れる。

離すと4本の矢はそれぞれ違う軌道を描き、4体の獣に刺さり、落ちていく。


「彼女がいる場所はロギアの緊急用のセーフハウスです。そちらに降下します」


屋上に着地した二人。

カイシスはアキトを降ろす。

カイシスが離れるとアキトは手に持ってる刀や自身の体重が重く感じ、膝が折れてとっさに刀を手放して四つん這いになる。


「あっ、大丈夫ですか!?」


カイシスが慌ててアキトを気遣う。


「大丈夫、大丈夫。俺のことはいいから」


「すみません」


カイシスはコネットに近付き会話をする。

アキトは四つん這いから胡座をかいて座る。

ふと刀を見ると刃が何ヵ所も欠けていることに気付き、2人の会話はアキトの耳に入って来なかった。


「状況はどうですか?」


「西門は突破されてますが、どうにか押し返せてます。ただ飛行獣が多く、どこからでも入られるので厄介ですね」


会話しながら矢を射続けるコネット。


「そうですか」


カイシス視線を足元に落とす。


「連絡が合った通り、本当に障壁が作動していないのですね」


(ここの障壁も、迎撃システムも動いていない。一体何が……)


「……状況は分かりました」


カイシスは通信端末を取り出し、操作して端末に向かって呼び掛ける。


「通達します。全社員は人命を最優先に、障壁がシステムダウンしているセーフハウスを重点に迎撃を。飛行獣も多くいるので注意し、上層や下層の入口も警戒をお願いします」


声は端末を経由し、街中にいるロギアの全社員が耳に取り付けている装置に音声を伝えた。


「では私も戦闘に参加します。アキトさん」


「え?」


不意に呼ばれて顔を上げる。


「この建物の中には医療班がいますので、回復を受けて下さい」


「ああ……」


カイシスは翼を広げ下へ飛び降りていった。


「ずいぶん疲弊してらっしゃいますが、大丈夫ですか?」


コネットが少しだけアキトを見てから聞く。


「ああ、大丈夫、とは言い難いな」


「何かあったのですか?」


「フォスレーの、分身と、戦った」


「フォスレーの分身、ですか。よくぞご無事、で!」


弓はいつの間にか両手に持つ2本の短剣となり、地上から建物をよじ登って来た大きな獣を素早く何度も切り裂いた。

傾く獣の体に小さく尖った氷の魔法を三本放ち、体に突き刺さり落ちていく。


「コウさん、上!」


下に向かって呼び掛けた。

地上にいた全身白い鎧の槍と盾を持った者が上を見て、落ちてくる獣に槍を突き刺し、槍を横に振って槍から獣が抜けて地面に転がる。


「登ってたか!?すまん!!」


鎧の男の大きな声がコネットに届く。


「いえ、引き続き下をお願いします!」


「了解した!!」


2本の短剣は一つとなって変形し、再び弓の形に戻る。


(なんだあの武器は?変形可能な武器?)


「アキトさん。ここは危険です。セーフハウスの中に入ってもらえますか?」


コネットは扉のある方へ指差した。


「あ、ああ。悪い」


気になったが聞ける状況ではなかった。

刀を鞘に納め、力を込めて立ち上がり、建物の中へ続く扉に手を掛け、あることを思い出し、振り返った。


「コネット!俺を止めてくれてありがとう!」


コネットは言われたことに、はて?と首を傾げたが、すぐに言葉の意味を理解し、振り向いたコネットの表情は、下層で護衛を引き受けた時と同じ笑顔だった。


「どういたしまして!」


コネットの顔を見てからアキトは扉を開けて建物の中に入る。

コネットはアキトが見えなくなったのを見届けてから真剣な表情に戻り、戦いを再開する。


建物の中は多くの人がいて、どこからか怒声が聞こえてきた。

今のアキトは疲弊しきっていて声を聞き取る力がなく、立っていられなくなり、壁の背に座り込む。


「なんで上層に行けないんだ!ここよりずっと安全だろ!?」


「そうだ!そうだ!こんな時まで規制するのか!」


「今は外に出るほうが危険なんです!ご理解下さい!」


(うるさいな……)


そう思っているとーー


「あの、大丈夫ですか?」


声をかけられ、顔を上げると白いローブ姿で長い黒髪の若い女性だった。


「私はイル教徒の者です。私にあなたの体を診させて下さい」


(イル……)


聞いたことある名前だが、どうにも頭が回らない。


「ああ、頼む……」


「では、場所を変えます。失礼します」


女の肩を借り、立ち上がる。


「すみません、道を開けて下さい」


人の隙間を通って近くの空き部屋の前に入る。

部屋の中は外の騒ぎが嘘のように静かだった。

中にはベッドと棚などがある小さな部屋だ。


「服を脱いでベッドに仰向けに寝て下さい」


女は自分の横髪に親指を掛け、後ろに回しで一本にまとめたのを紐で縛る。

アキトは言われるまま服を脱ぎ、下着一枚の姿で仰向けになる。

女はアキトの体に手をかざす。


(この濃厚な魔力。一体何が……)


「何故このようなことに……。一体何があったのです?」


「……何と言うか、激しい戦いをしてな。そんなに悪いのか?」


「明らかに魔力中毒の濃度ですよ?意識が保っていられるのが不思議なくらいです」


「そう、なのか?」


アキトの言葉はほとんど無意識なもので、思考が止まっていた。

女は体に触れて目を閉じる。


(あれ?体内の魔力は少ない。これは魔力中毒じゃなくて魔力欠乏だ。とは言っても意識が保ってられないはず。勘違いしたのは体の外側に張り付くようにあるこの濃密な魔力のせい。こんなの初めて見る。でもこれなら外側の魔力で補給出来るから魔力欠乏はすぐに良くなる。症状のほうは安静にしていれば治るけど、ただ……これは……)


女は目を開け、アキトの顔を見ながら言う。


「……ご自身の体の闇が非常に濃いことは、自覚されてますか?」


「……ああ」


「このままでは闇蝕にいつなってもおかしくないんですよ?」


「覚悟の上だ。だからって、闇蝕になるつもりは、ない。闇は、強いほど、力を得られる。俺は、やり遂げるまでは、この闇は必要なんだ……」


アキトの只ならぬ覚悟を感じ取った女は、これ以上の忠告の言葉は不要と判断した。


「……そうですか。では傷の回復を始めます」


「ああ……」


女は胸部に手をかざすとぼんやりと赤い光が手から発せられ、体中が温もりに包まれる。

体中にあった傷がみるみる治っていく。


(え?なんで?こんなに傷の治りが早いの?早すぎる。体を覆う濃密な魔力の影響なの?)


しばらくして怪我はほぼ治り、右半身にあった変色も元の色に戻る。

女はアキトの目をまじまじと見つめた。


「あの、右目なのですが、痛みだったり見え方に違いとかありますか?」


「右目?……」


片目を閉じて見え方の違いがあるか確かめる。

回復する前までは鈍い痛みはあったが、今は痛みは無くなった。


「……いや、ないが……」


「前から、両目の色は違うのですか?」


「え?いや……どうだったかな。自分の顔をしっかり見たことないからな。違うのか?」


「はい。えっと……」


女は引き出しから鏡を取り出し、アキト自身に見せる。

左目は茶色だが、右目は真っ黒の色になっていた。


「……本当だな。でも診ても異常はないんだろ?」


「ええ」


「だったらいい」


「分かりました。傷は治りました。しばらく安静にしていれば魔力も回復するでしょう。何か問題があったら右手側にあります赤いボタンを押して下さい。なるべくすぐに駆け付けますので」


顔を動かして壁にある赤のボタンを確認する。


「ん、分かった」


「こちらの部屋は一般の方は外から開けて入ることが出来ないようになってますので、どうか安心してごゆっくりお休み下さい」


女が部屋から出ていくのを見届け、アキトは1人になることでようやく落ち着き、下がってくる目蓋に抗うことはせず、そのまま眠りに付いた。




ルヴェスタ中層で起きた獣の襲撃は収まり、後の対応の指揮を行っていたカイシスに通信が届き、端末に耳を当てる。


『こちらオペレーション。各システムの回復を確認しました。システムダウンの原因ですが、ダウン直前に魔力感知システムの反応したことと状況から、遠隔の魔力干渉によるものという可能性が一番高いと思われます』


「魔力干渉、ですか」


(システムを遠隔で干渉し、ダウンさせるような魔力を持つ者はそうはいない。同時に現れたフォスレーは無関係ではないはず。もしくは別の勢力か……)


「これより緊急会議を行います。各支部長と各部門の管理長に連絡をお願いします」


『分かりました』


通信が切れ、端末をしまい、傍らに動かなくなった獣の死骸を見る。


(どんなに捜索しても見つけられなかった1年半の沈黙を破って、次は何をするつもりなんだ……フォスレー)

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