運命の交差点×1
白い天井、白い壁、壁に立て掛けられてある刀、灯ってない天井の照明、明るい日差しが差し込むガラス戸、ベッド、収納棚、通路の奥に見える黒い扉。
目を覚ましてから見渡して見つけた部屋の中にあるものから、ここが誰かが住んでいそうな部屋の中だと思われる。
だが必要最低限のものしかなく閑散としており、また部屋の中の匂いから普段使われていない部屋だと推測する。
すぐに対処すべき危険性がないと分かり、警戒心を少し緩める。
自分の体の上に掛けられていた白の無地の布団に目を落とす。
(久々に昔の夢を見た……)
懐かしい村の光景、人々の顔、ユウキとサクヤの笑顔、タケルとユイと遊んだ幼い頃の光景。
良い思い出も、嫌な思い出も、懐かしさのフィルターを通した後なら、全ての思い出に感慨深くなる。
(しばらくは見なかったのにな……)
村を出てしばらくの間、毎晩のようにフォスレーの悪夢を見ていた。
ただ時折懐かしくも優しい夢も見ることがあった。
その時は起きてから自分が涙したことに気付いた。
そんな弱々しい夢を見てちゃダメだと気持ちを改めると、優しい夢は見なくなり、悪夢の頻度も減った。
久しぶりの、やけに長いと感じた夢に、アキトは涙腺が緩む。
(いやダメだ。堪えろ)
深呼吸して心を落ち着かせる。
涙は弱さ。
そう思っているアキトは復讐を遂げるまでは涙を流さないことを決意していた。
(父さん、母さん、タケ、狩人の皆、村の皆、俺が、俺が必ず仇を取るから……)
気持ちに整理を付けて、ベッドから出る。
すぐ横の壁に立て掛けて置かれていた自分の刀に手を伸ばすが、触れる直前で手を止める。
アキトは指先から刀の魔力の気配を探る。
(魔術は掛けられてはいないようだ。まあ、何かするつもりなら寝てる間に俺自身にやっているか)
刀を取る前に思うことがあって手を引っ込める。
体を動かして自分の体の様子を確かめる。
戦いで負った傷は癒えて、痛みはない。
消費した魔力はもう平常な量まで戻っていた。
「あぁ……」
だが衣服には戦いのダメージがしっかり残されていて、所々が裂けていた。
刀を取り、鞘から引き抜く。
軽く一振りしてから、刀を細部まで見て確かめる。
(がたつき、刃こぼれは、なし)
刀に問題はないことを確かめてから鞘に納めると腰に差し、日差しが差し込む引き戸を開けた。
「うっ!」
日差しに目が眩む。
雲一つない晴天の青空。
奥に見える緑色の山脈と、光り輝く海。
柵の上から下を覗き込むと、多くの建築物が密集して建っていた。
かなり高い所にいる為か、人の姿は見えなかった。
(ここはルヴァンスの上層に見えた、やたらと高い建物か?)
ルヴァンスを訪れる前に街の中心を一本の天を突くように高い白い塔らしきものが見えた。
恐らくその塔の中にいると予想するアキト。
「!」
背後から物音がして素早く振り返り身構える。
白のスーツ姿の何者かが部屋の扉を開けて入ってきていた。
今いる場所が明るいからか、暗い部屋の中にいる人物の顔が分からない。
「おはようございます。ご気分はいかがですか?」
その人物が話し掛けて来た。
アキトは警戒しながら部屋の中に戻る。
目が暗さに慣れて来てようやく顔を見ることが出来た。
声と外見から男だと判断する。
「……あんた、何者だ?」
「私はロギアの支部長を勤めるカイシスと申します」
「ロギア……だと?」
その言葉を聞いて目を細めるアキト。
「何故ロギアが、支部長がここにいる?」
「ここはルヴァンスのロギアが所有する建物です。私がここへ来たのはあなたの質問にお答えする為に参りました。何故自分はここにいるのか、ここに来る前に起きた出来事など、色々知りたいことがおありでしょう?」
意識を失う直前、コネットが行ったこと、言っていたことを思い出す。
「……ああ、そうか。そうだな」
(確かに色々聞きたいことはあるが……まずは……)
「まずはあの女、コネットと言ったか。あいつは一体何者なんだ?」
「コネットはロギアに所属している社員です」
(やはりか)
コネットはアキトが意識を失う直前、目が覚めたら質問に答えてくれる者がいるようなことを言っていた。
そして現れたのはロギアの支部長。
関係者であることに納得がいった。
「そいつに俺は攻撃されて、気付いたらここにいた。そのことについて納得の行く理由が知りたい」
下層で見つけたものを壊そうとして、コネットに不意打ちを受けたことについて聞いた。
「あなたは魔術に操られ、地のミスタリアを破壊しようとした。コネットは独断であなたを攻撃して阻止した。と彼女から報告を受けています」
淡々と信じられないようなことを言ってのけるカイシスに驚くアキト。
「ちょ、ちょっと待て!俺が、魔術に操られていたって?」
「はい。あなたが気を失っている間に勝手ながら調べさせてもらいました所、魔術が掛けられていることを確認しました。でもご安心を。魔術はこちらですでに解除させて頂きました」
(魔術だと?一体誰が……あいつか?)
下層で戦ったゴーレム使いを思い出す。
(まさかな……)
「その魔術で、そのなんだ、ミス……」
「ミスタリア」
「そう、そのミスタリアとか言うの。あの下層にあった、でかくて光る塊のようなやつのことか?」
「はい。あれは地の魔力が凝縮し結晶化したもの。破壊されると大変なことになるのでーー」
「何がどう大変なんだ?あのような危険でおぞましいものは、すぐに破壊すべきだ!」
話を途中で遮り、怒りに満ちた顔で話すアキト。
「ミスタリアをおぞましいものだと錯覚させて破壊させる。それがあなたに掛けられていた魔術の効果なのです」
「な、何だと?」
「実際に地のミスタリアをご覧になりますか?魔術が解かれてる今ならきっと違う印象を受けると思いますよ?」
「……ああ、見よう。この目で見て判断する」
「分かりました。では私に付いて来て下さい」
カイシスが入って来た扉を抜けると通路が左右に伸びていて、出てきた扉と同じものが等間隔にあった。
カイシスに付いて行くと銀の扉の前で壁のボタンを押して立ち止まる。
「このエレベーターでミスタリアがある場所まで行きます」
「あ、ああ」
(エレベーター、ってなんだ?)
扉が開いてエレベーターに乗る。
壁にいくつもあるボタンがあり、カイシスは一番左下のボタンを押す。
すると天井から誰かの声が聞こえて来た。
≪認証システムチェック開始します≫
(誰の、声だ?)
「カイシスです。同行者1名を私の権限で許可します。途中で止まらぬように直通で」
≪確認≫
「な、なんだ!?」
エレベーターが揺れて下へ動き出した。
だがエレベーターと言うものを知らないアキトにとっては一瞬体が浮いたような感覚がした後、部屋がカタカタと振動し続け、何か妙な感じに焦る。
「エレベーターと言うのは上下に動く部屋のことを言います」
アキトの様子を見てカイシスは知らないと察して説明する。
「上下に動くだと?こんなものがあるのか……」
「敵襲ではありませんので、身構えなくても大丈夫です」
アキトは刀の柄を握っていつでも抜けるよう身構えていた。
「ふん、どうだか。俺はまだあんたを信じちゃいない」
「……そうでしたね。これから信じてもらえるよう努力します」
扉の上部に光る数字か減少していき、やがて1で止まるが、それでもエレベーターは動き続け、やがて停止する。
扉が開き、出ると下層の底で見たあの建物があった。
振り向くとエレベーターは白く太い柱の中を通っていた。
(この柱の中がエレベーターってやつだったのか)
建物の扉の前の両側には男2人が立っていた。
大きな銃を持ち、頭や体を守る防具を身に付けて武装していた。
カイシスは2人に声を掛ける。
「ご苦労様です。変わりないですか?」
「ええ。異常ありませんよ」
「分かりました。無理を言って申し訳ないのですが、引き続き警戒をお願いします」
「了解です!」
2人の間を通り、扉の前に立つとエレベーターで聞こえた声が上部から聞こえた。
≪認証チェック省略≫
扉が開き、アキトにとっては少し前に見た地のミスタリアと呼ばれるものがそこにあった。
ミスタリアの周囲には白衣を着た十数名程の人と、武装した人物が数名いた。
「どうですか?このミスタリアがおぞましく感じますか?」
アキトはミスタリアが放つ眩しい光に目を細めながら言った。
「……これに何か手を加えた訳じゃないだろうな?」
「まさか。あなたにも感じるでしょう?この強大な魔力を。我々がこの規模の魔力をどうこう出来るとお思いですか?」
「方法があるかも知れないだろ。そう、例えばだが、おぞましいものと錯覚させる魔術があるのなら、逆におぞましいものをそうではないと錯覚させる魔術もあるはずだ。俺が寝てる間にその魔術を掛けてはいないとあんたは証明出来るのか?」
「……ふむ。確かにあっても不思議ではないですね。質問よろしいでしょうか?あなたにとっておぞましいもの、と言うのは?」
「適当な言葉で言うなら、闇の属性だ。近くにいたら闇蝕を引き起こすかも知れない程のな」
「ふむ。でもここに前からいる方々や我々は平気のようですね。魔術は錯覚させるだけで、効果を打ち消しているわけではないのです。闇からどうやって身を守ってるんでしょうか?」
「障壁があるだろ?」
「あなたが衝動的に破壊しようとする程のおぞましさは、障壁程度で守れるのですか?」
「……いや、それは……試してみないことには……」
「では試してみましょう。障壁を解き、ミスタリアの近くに立って闇ではないことを証明して見せましょう」
そう言うとカイシスは左腕をまくり、警備員に近付く。
「ナイフお借り出来ますか?」
「え?ええ……」
ナイフを受け取ると、カイシスはミスタリアに近付き、アキトに振り返る。
「障壁には3タイプあり、特に衣タイプはよく見ないと分からない程のほぼ無色に近い。ましてやミスタリアの近くでは魔力感知は不可能。ならば確かめる方法は1つ、ですよね?」
「まさか……」
カイシスは自身の左腕をナイフで何の躊躇いもなく切り付けた。
「なっ!」
カイシスの行動に驚くアキト。
切り付けた箇所から血が流れる。
「ふむ、まだ闇蝕にらなりそうにないですね」
そう言うと再び腕にナイフを当て、横に引き裂き、傷が二つになる。
「障壁を掛け治したか確かめる為です。どうですか?私は闇蝕になりそうですか?」
「…………」
黙っていると、カイシスは腕にナイフを当てた。
「待て!」
アキトが呼び止め、カイシスの手が止まる。
「もう止めてくれ。分かったから」
アキトは罪悪感に苛まれる。
自分が命じてやったことではないにしても、自分を納得させる為に自傷を繰り返すカイシスは見ていられなかった。
「あんたからは、止めなければずっと続けそうな覚悟を感じた。だから、この件に関しては信じよう」
「ありがとうございます」
カイシスは微笑むとポケットから白い布を取り出し、傷口に当て、拭き取ると、血は完全に拭き取れてはなかったが、傷口からの流血は止まっていた。
「傷口は塞ぎました。お見苦しいものを見せてしまいましたね」
「いや……」
掛ける言葉が見つからず、口ごもるアキト。
魔術が掛けられていたとして、誰が魔術を掛けたのかはまだ分からずじまいであることに気付く。
「それにしても、俺はいつ魔術を掛けられたんだ?注意を払っていたし、障壁も怠ってなかったはずだ」
「そのことについてですが……」
カイシスはまくり上げた腕の裾を戻しながら話す。
「実はあなたに魔術を掛けた人物に我々は心当たりがあるのです」
「なっ!?誰だ!?」
「あなたと同様の魔術を掛けられ、ロギアが管理する世界各地のミスタリアを破壊しようとした者は過去に8名いました。その全員に共通して、とある人物と出会っていることが判明しました。その者の名は、フォスレー」
「なっ!?」
まさかとは思った候補だったが、可能性は低いと思っていた。
「待て!奴と、フォスレーと最後に会ったのは2年以上前だ!それまで魔術の効果が続くとかあり得るのか!?」
「それがあり得るのです。最後に発見された一月程前の方も、あなたと同じ二年前ですから。おそらくミスタリアを見つけた時にしか発動しない限定的な効果と、あのフォスレーだからこそ出来る芸当かと」
「……くそ!あの野郎!どこまで人を……!」
込み上げる怒りに歯を食い縛り、拳を強く握り締めた。
怒りの表情をするアキトを悲痛な面持ちで見るカイシス。
「……くっ!はあ、すうー、はあ……」
怒りをどうにか飲み込み、冷静を取り戻そうと深呼吸する。
呼吸が落ち着ち、どうにか冷静を取り戻す。
「落ち着いて話せる場所に、上へ戻りましょうか」
2人はアキトが目を覚ました部屋に戻ってくる。
アキトは黙ってベッドに腰を下ろした。
「もし気分が優れないのであれば、また後からでも質問を承りますかーー」
「いや、大丈夫だ」
俯きながら答える。
「……分かりました。では質問をどうぞ」
「前に俺があのミスタリアのある建物に行った時、すんなり中に入れた。で、そこには人は誰もいなかったはず。でもさっきは人がいて、警備もいた。それはどういうことなんだ?」
「あなたが魔術に掛けられているか確認する為、コネットが作業員達に一旦身を隠すように指示した、とのことです」
「……それはつまり、下層で俺に近付いたのは偶然ではなく、コネットの仕事だったと」
「いえ、それは違います。彼女には別の仕事を任せており、あなたと出会ったのは本当に偶然なのです。あなたが魔術に掛けられていると疑いを始めたのは共に行動してしばらくしてから、だそうです」
「ってことは、俺に護衛を頼んだのは魔術を掛けられていることとは関係ない?」
「そのようですね」
「はっ、何だそりゃ。護衛いらないほど強いだろうが」
ミスタリアのある場所でコネットと再会した時のコネットから感じる魔力の量の多さを思い出す。
「……コネットって二人居たりしてないよな?」
「おや、何故です?」
「護衛を頼んだ時のあいつと、さっきのミスタリアのとこで俺を攻撃したコネットはまるで別人のような魔力の量の違いがあった。あと雰囲気や話し方も違っていたような」
「……あの、魔力量の違いは、ミスタリアの魔力の影響でそう感じたのでは?」
「…………」
言われて考え込むアキト。
(そう、だったか?コネットの魔力にはそと時ミスタリアに感じていたおぞましいものは感じなかった、と思ったが……)
「魔力感知は魔力が濃い場所では勘違いすることはよくあることなので」
(勘違い、だろうか?)
まだ勘違いだとは思えない様子のアキトを見て、カイシスは言う。
「……もしかしたら、あなたには正確に魔力を判別出来るかも知れませんね。あなたの言う通り、コネットは魔力を多く有しており、ロギアでも上位の実力者です。そして実力者である程、自らの実力を隠せる者もおります。それで別人のような魔力量に錯覚したのかも知れません」
「そうか……」
「それに彼女には二面性がありまして、本人曰く魔法を使うと別人格の冷静なコネットが現れて、話し方や雰囲気が変わるそうです」
「別人格……」
「それが本当のことなのか、茶目っ気のある嘘なのかは分かりませんがね」
「お、おう。まあ演技の可能性もあるわけか」
「かもしれませんね」
カイシスからこれ以上言うことはないと察知し、アキトは別の質問をすることにした。
真剣な表情になり、アキトは本命の質問する。
「次の質問は、フォスレーについてだ。あんたは詳しそうだから奴について教えてくれないか?フォスレーが下層で何をしているのか?フォスレーが下層の更に下の層へ行かせないように敵を仕向けた理由は?」
「……ふむ。先に誤解がないように申しておきますが、フォスレーとロギアは協力関係ではありません。むしろ反対の対立関係であり、フォスレーはロギアにおいて最優先で対処すべき相手です。何せ奴は今や大勢の人を殺戮した極悪人。悪と戦うのが我らロギアの存在意義です」
カイシスは真剣な表情で言う。
だがーー
「あんたらの御大層な大義名分はどうでもいい。さっさと質問に答えてくれ」
フォスレーのこととなると、アキトは極端に余裕が無くなる。
突き刺さるかのような鋭い視線をカイシスに向けた。
恐らく想像上のフォスレーに向けたであろう殺気がカイシスにもピリピリと伝わっていた。
「……失礼しました」
カイシスは頭を下げて謝り、すぐに顔を上げて質問に答える。
「フォスレーが下層で何をしているかについてですが、まだ調査中です。下層はご存知の通り複雑で迷宮のようになっております。
そこに住む住人が勝手に改造、拡張しており、全貌を把握する者はロギアにおりません。
ですので下層でフォスレーが何をしているのか何一つ把握出来ておらず、下層に出入りしていることしか判明していません」
(何だ。知ってること俺と変わらないのか)
「次に、何故最下層へ行かせないように敵を仕向けたのかですが、動機は不明です。ご存知の通り下層の深部はほとんど何もなく、更にその下はロギアが管理するミスタリアの研究棟があるだけです。研究棟にフォスレーが来たことはありませんが、もしかしたら魔力の反応からミスタリアがあると察知しているかも知れません。だとしてもミスタリアに近付けないようにフォスレーが仕向けることが矛盾しています。あなたにミスタリアを破壊させるように魔術を掛けておきながら妨げていることになりますから」
「確かに、そうだな」
アキトは視線を落として冷静に考える。
深部に行かせないようにゴーレム使いがフォスレーが命じた時の言葉を思い返す。
『ここまで降りてくる人が居たら、下に行かせないようにして。失敗したら殺すから』
(その言葉は俺を指定している訳じゃない。降りてきた奴全員が対象だ。だがーー)
アキトは目線を上げて口を開く。
「下層に住んでる奴らは深部には危険だから行かないって話を聞いた。人が消えるとか何とか。ただでさえ危険な下層の、更に危険な深部へ行くような人間は、俺みたいにどうしても行かなきゃならない、強い目的のある人間くらいだ。フォスレーは自ら下層に行くことで自分自身を餌にして俺のような奴を下層の深部へ誘き寄せたと考えられる。フォスレーの魔術で俺の居場所がバレていた可能性はあるんじゃないか?」
「掛けた相手の居場所が判明する魔術は確かに存在します。なので可能性はあります」
「俺に掛けられた魔術を解除したんだろ?その時に掛けられている魔術がどのようなものなのか分かるんじゃないのか?」
「いえ、残念ですが、魔術が掛けられているかどうかでしか分かりません」
「そうか。邪魔をさせたのは分からないが、床の一部が薄かった所もあったから、フォスレーはミスタリアへ導く為に下層に俺を誘き寄せたと見てもいいはずだ」
「その可能性が一番高いと我々も判断しました。あなたが研究棟へどうやって来たのか調査したのですが、まさか床に細工されていたのには驚きでした。ミスタリアの修復能力を阻害する魔術が掛けられていました。そんなことが出来るのは、やはりフォスレーくらいでしょう。とすればミスタリアに誘導する為と考えるのは間違いではないかと思われます」
「……それが本当だとしたら、2年前のあの時からこうなることを予測していて、まんまと誘導に乗ってしまったと言うことか……」
アキトの中に怒りや情けなさと更に他の色んな感情が渦巻いて項垂れる。
フォローを入れるようにカイシスが言った。
「それも昨日までのこと。フォスレーの魔術が解かれた今なら、フォスレーの思い通りにはならないでしょう」
「……ふっ、そうだな。これまで受けたもの全てを、何倍にも増やして返してやる!」
カイシスの後ろに想像上のフォスレーを生み出し、憎き顔を睨み付け何度したかも覚えてない程行った復讐の決意を改めて固めた。
「…………」
そしてアキトはふと浮上した疑問を投げ掛ける。
「……仮にだが、もしあのミスタリアを俺が破壊していたら、何が起こるんだ?」
「これはあくまで想定されている被害ですが、破壊された直後大量の魔力が放出され、地属性の魔法が発動し、大量の土、石、鉄などか発生し、地面が大きく隆起して街を破壊するでしょう。その後魔法で形成されたものは全て消失し、空いた空間にルヴェスタは崩落。目も当てられない程の大災害になることは間違いないでしょう」
「……俺が大虐殺をしでかす一歩手前だったのか」
言われたことを想像し、顔をしかめるアキト。
(破壊した時点で俺が死んでいたとしても償い切れない罪を背負うことになっていた。操られていたから仕方ないことにはならない。もし地獄が存在するのなら、自ら地獄へ行くことを望んでいただろう……。そのような事態を防ぐ為なら攻撃されても仕方がないか。むしろ魔術に掛けられていることに気付いて止めてくれたことをコネットに感謝をすべきだな。……ん?待てよ?)
「壊されたらそんなことになる危険なモノ、何でこんな大きな街の下にあるんだ?どこか安全な場所に移動させないのか?」
「実は、この街は地のミスタリアがあの場所にあることが前提で設計されております。地のミスタリアが放つ魔力は地属性の物質を強固にさせる。そのお陰でルヴェスタは上に高く建築することが出来たのです。もし移動させたらこの街を支えることが出来なくなりたちどころに崩壊します。この街は移動出来ない所まで大きくなりすぎました。なのでミスタリアが破壊、もしくは移動されないようにロギアが管理し死守しているのです」
「そんな理由があったのか……」
少しの沈黙の後、カイシスが口を開いた。
「……質問は、以上ですか?」
(質問……)
少し考えてからアキトは言った
「……他に、フォスレーについての情報はあるのか?」
「……あるにはありますが、お教えするのはあなたのお答え次第です」
「は?何が?」
「アキトさん。ロギアに入りませんか?」
(ロギアに、入る……。俺が……?)
頭の中で反芻し、目を細めてアキトは言う。
「……本気か?」
「本気です。あなたの戦闘力の程はコネットから聞いてます。その実力を見込んでお誘いしています」
「……悪いが、ロギアに入るつもりはない。俺はフォスレーに復讐することこそが全て。ロギアに入ってる暇なんてない」
「こちらはアキトさんの事情を重々承知した上でお誘いをしています。ロギアに入っても、あなたにはこれまでと変わらず、フォスレーを倒す。ただその一点のみにだけ動いていただきます。フォスレーに関係ない仕事の要求しないことをこの場でお約束します。あなたはに対フォスレー専用の執行者としてロギアに所属して頂きたいのです」
「執行者……?」
聞き慣れぬ言葉をつぶやくアキト。
「失礼しました。執行者とはロギア内の役職の一つで、悪と直接戦う戦闘要員のことです。私が欲しいのはあなたという戦力。その見返りに我々からはフォスレーの情報、足となる乗り物など可能な限りのサポートをさせて頂きます。悪い話ではないと思いますが、どうでしょう?」
「……まあ、確かに、俺にとっては良い話なんだろうな。フォスレーの復讐がやりやすくなるから。でも、あんたらにとっては良い話になるとは限らないんじゃないか?」
「……それは、もしやロギアに入ることで得られる特別権利のことを言っておられるのですか?」
「独断で悪と決めつけて殺しても罪に問われない権利。それをあんたらは特権と呼んでいるんだろ?」
「……正確には任務の妨げとなる者、犯罪者登録されている者、犯罪者の協力者、そして規律違反を犯している者、それらに該当する者に対して相応の罰を独断で適切に判断し裁いても罪には問われない権利。それを特権と呼んでいます」
「その特権を、さっき会ったばかりでよく知りもしない俺に渡していいのか?あんたらロギアが過去にやらかした事件を忘れてないよな?」
カイシスは目を閉じ、思い浮かべながら話をする。
「……5年前、ロギアの一部の社員は、与えられた特権を振りかざして実際は罪のなき者や死刑に値しない罪人を欲望のままに処刑していたという重大事件がありました。過ちは二度と起こさぬよう教訓とし、人選の徹底をより厳しく、特権の内容を変更し、判断を誤れば重罪を課すということを周知し徹底させて今日まで来ました」
カイシスは目を開け、アキトの目を見つめる。
「事件以降不祥事の話は聞いていません。もし何か耳にしているとすれば、それはデマである、と信じたいのが心情です」
「あの事件でロギアの評判はガタ落ちだからな。それでもあんたらはここの住人から金の徴収を義務付けているようだな。それに反発した住人は違う場所に移り住むか、ロギアの管理が及ばない下層で住むかどちらかだとここの住人から聞いた」
アキトがフォスレーの情報を知ったのはルヴェスタに来てから8日目のことだ。
調べている間に、何度かロギアの悪評を聞いていた。
「きっとその人達からしたら、あんたらロギアは悪なんだろうな」
アキトは刀を抜き、剣先をカイシスに向けた。
カイシスは表情一つ変えず、真っ直ぐ見つめた。
「悪と見なされてることは仕方のないこと、我々の責任だと思っています。ただ誤解のないように弁明させて頂くと現在は徴収は任意となっており、こちらから請求することはありません。信頼を取り戻すまで、我々ロギア誠心誠意努力するのみです」
「今は心を入れ換えて誠実にすべきことを行っていると、そう言うんだな?」
「はい。誓って」
カイシスの目から感じる本気を感じ取った。
「そうか。その言葉と、さっき下で見せた覚悟を見て、″敵視″することは辞めよう」
アキトは刀を納める。
それを見てカイシスは微かに表情を緩めた。
「だが、俺がロギアに入ることで過去に犯した過ちを繰り返すことになるかも知れないとは思わないのか?」
「あなたのことについてはコネットから聞き及んでいます。一見無愛想だが心には確かに優しさがあると。あなたにとって何のメリットのない護衛を引き受けたではないですか。それにわざわざ特権を悪用するかも知れないと事前に聞くののもあなたの優しさだと私は思います」
「…………」
褒められるのは何時振りだろうか。
気恥ずかしくなり、目を逸らすアキト。
「それにあなたには何よりも悪を許せない心があります。フォスレーに恨みがあると言うことは、二年前のフォスレーの大虐殺事件の関係者であること。辛く苦しい思いをしてきたからこそ、あなたは他者の苦しみが、気持ちが理解出来る。理解した上で自分と同じ苦しみを無関係の人にも味わわせたいという思考になるほど落ちぶれてはいないはず。先程私に向けた剣が、あなたの瞳が、悪は許さないと、そう聞こえて来ました。あなたが特権を悪用するとは私にはとても思えません」
アキトは頭をかきながら今まで見せなかった優しい表情を見せた。
「……はっ、誰かにここまで理解されたのは初めてだよ」
アキトは見透かされてるよう感じに妙な恥ずかしさと喜びがあった。
「ロギアに入り、協力してフォスレーを倒してくれませんか?」
アキトには断る理由が見つからなかった。
今考えていることを伝えようと口を開く。
「ダメだよ。そんな誘いに乗っちゃ」
言葉はアキトから発せられた言葉ではない。
またカイシスのものとも違う。
カイシスの視線がアキトの左側を見て目を大きく開けた。
カイシスに釣られて、視線の先を辿る。
「!?」
それを見た瞬間、村が燃える光景がフラッシュバックされ、忌まわしき男の顔が、探し求めた復讐相手が目の前にいた。