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デッドリカバー  作者: 箱暗灰人
序章「闇を歩む者」
6/21

アキトの過去・3

アキト 35歳


日が沈み、空が黄金色から黒に染まり始める頃。

アキトは森の中で目の前の木と対峙し、手には顔より大きな刃が付いた斧を手にしていた。

真剣な顔で睨む木はアキトが抱き付いて手を回せば手と手が握れるくらいの太さのある木だ。

木に向かって全力を込めて斧を横に振った。

たった一振で木を両断し、木は大きな音を立てて横に倒れる。


「ふうー、やっぱ凄いな魔法は。こんな太い木も一振りだ」


今のは斧に魔力を込め、魔法で風の力をまとわせた斧を使い、魔術で体を強化させて伐採したのだ。

この4年でだいぶ魔法術に慣れて、普段の仕事が何倍も早くこなすことが出来ていた。

倒れた木から伸びている枝を見つめ、その場所に向かって手のひらを向ける。


(鋭利な刃、動き、早さ……今!)


手から放たれた風の刃は枝の上半分くらいを斬り裂き、地面を少し斬り付けて消えた。

半分切れた枝はその先にある枝や葉の重さに耐えきれずミシミシと音を立てて曲がる。


(んー、やっぱりイメージとズレるなあ。動きのない魔法は向いていないかも)


動きのない魔法とは、先程のように立ち止まって手をかざして放つ魔法のことで、アキトはこの魔法の使い方を苦手としていた。

武器に魔法を乗せて振ることで放つ方法もあり、そっちは自分の想像とほぼ同じ動きをして得意としていた。

その方法はかつてユウキが見せた風の刃を飛ばす方法と同じだ。

アキトも風の刃を飛ばせるようになれたが、ユウキのように大きくて鋭い魔法はまだ出せていない。

いつかユウキを越えること、それがアキトの目標となっていた。


またアキトが魔法術が使えることが他の村人にバレてしまった。

アキトが今のように木を切り倒した所を見つかったからだ。

アキトは村人に魔法術を教えることとなり、結果として村全体で仕事の効率が上がった。

狩人側は気付いていそうだが、特に言及はなかった。

きっと見逃されたのだろう。


アキトは空を見上げる。


「そろそろ終わりか」


村の外での仕事には刻限が決められている。

夜は獣が活発になる時間。

その前に村に戻らなければならない。


「ん?」


焦げ臭い匂いに気付き、周囲を見る。


(何だこの匂い、何かが焼けてるような匂い……。まさか木が燃えてるのか?)


周囲を見渡しても火や煙は確認出来ない。


(見えないな。少し離れてみよう)


俯瞰で見る為に森を出ようと移動を開始する。

すると、遠くから爆発音が聞こえ、地面が揺れ、上から葉っぱが舞い落ちる。


「なっ!?爆発!?」


音がした方向を見ると、木々の隙間から黒い煙が立ち上ってるのを見つけた。


(……嘘、だろ……。あっちは村がある方向だぞ……)


アキトの顔はみるみる青ざめる。

体が震えて動かない。

だが、すぐに思い出す。


(動け、動け俺!最悪な出来事を回避する為に強くなろうと決めたんだろうが!!)


歯を強く食いしばり、身体強化の魔術で運動能力を一気に引き上げる。

地面を蹴って急加速して走り出した。

ここは村から山を少し下った場所にあり、ここからは村の様子が見えない場所にいる為、様子を確かめるべく全力で坂を駆け上り、やがて村の姿が視界に入る。


「……なっ!」


村は燃えていた。

赤い炎に焼かれ、一面火の海と化していた。


「くっ!!」


アキトは村へ急ぐ。

走ってる間にも二度連続して爆発音が鳴り、絶望が頭をよぎる。

村に到着するも、炎の熱気に遮られる。


(熱っ!くっ、どうすれば!?水、水は村の中だ。えっと、えっと、あ、そうだ!こういう時は障壁を使えば……)


タケルから教わった魔術の障壁。

全身を柔らかい衣で包むように使うと、アキトの周囲によく見ないと分からないくらい薄い緑色のものに包まれ、熱さが和らいだ。

周囲を凝視しながら、誰か居ないか歩を進めると、地面に何かを見つけた。

黒い物体。

形から人の焼死体であることに気付く。


(っ!?し、死んでる!?)


呼吸が荒くなり、鼓動が早くなる。

アキトは人が死ぬ姿を見るのは初めてだった。

恐怖に飲まれ、何も考えられず、ただ立ち尽くして傍観していた。


(だ、誰?誰が、死んでる?)


誰の死体なのか、分からないほど真っ黒になっていた。

再度爆発音にハッとする。


(何をしているんだ、しっかりしろ俺!お母さん、お父さん、タケルを、みんなを探さないと!生きてる人は、誰か……!)


自分の家がある方角へ向かう。

焦りながら早足で周囲を見ながら進む。

生まれてから暮らしてきた村の中は見なくとも何がどこにあるのか鮮明に思い出せる程なのに、燃えている村の光景はまるで全てが違うように見えて、方向感覚が狂う。


(こっちで、あってる、はず!)


「!!」


アキトは息を飲んだ。

炎を背景に見える2つの人影、1人の影が長い物を持ってもう1人の影に近付く。

止まっていた影は一瞬でもう1人の影の後ろに移動した。

最初に動き出した影から、頭が離れこぼれ落ち、少し遅れて体が力なく倒れる。

影しか見えなくとも、影の形、構え、動きから誰なのかアキトには分かった。


(タケ……)


タケルが殺された。

その事実が重みとなって体にのし掛かって来る。

残った影が、体の向きを変えてこちらを見ている気がした。

絶望は、怒りに変わった。


「うああああああああああああ!!」


アキトは叫び、立ち残ってる影に向かって走り出した。

手にしていた斧を、アキトは今まで持ったことがない明確な殺意を持って振り下ろした。

影は素早い動きで避け、アキトの右側に移動した。

黒いものが迫り、斧で受けるが、当たった斧の柄の木の部分がへし折れ、その衝撃で吹っ飛ばされ地面を転がるアキトと斧。

アキトのダメージは軽微で、すぐに起き上がろうと地面に手を付けると指先に当たるものがあった。


「!」


刀だった。

刀の近くには動かなくなったタケル。

刀はタケルのものだった。


「くっ!!」


刀を取り、怒りの表情で立ち上がる。

影だったものは炎の明かりで姿を映し出した。

不敵に微笑む顔、性別が分からない中性的で整った顔。


アキトが初めてフォスレーと出会い、認識した瞬間だった。


「お前か!?お前が!村を、みんなを、タケを、お前が殺したのか!?」


「ああ、そうだよ?」


フォスレーは平然と答えた。

それがどうかした?と続きそうな程に軽い言葉、嘲笑ってるかのような表情は、アキトを激怒させるのに充分だった。


「分かった、もういい、黙れ、死ね!」


アキトは素早く距離を詰め、憎しみを込めて刀を振り下ろした。

刀は途中でフォスレーの目の前の何かに当たり、刃が止まる。


(なっ!?)


何故止まったか理解するまで少し時間が掛かった。

最小限の大きさに張られた小さな円の障壁によって遮られたのだ。

アキトにとってはこれまでにない最大級の力を込めたつもりだ。

それなのにいとも容易く止められた。


「!」


フォスレーの何かしらの気配を察知し、すぐに離れた途端、2人の間から発生した炎はアキトの障壁に当たり、破壊した。

避けてなければ障壁ごと焼かれたであろうと思わせる豪炎だった。

障壁が無くなると熱気が体にまとわりついて来る。

障壁をすぐに掛け直し、相手の出方を見る。


(この感覚は……)


アキトの前方、2人の間にある空間に集まる目に見えない何かを感じた。


(魔力だ!魔法が来る!)


前方を見据えたまま、後ろに飛んで下がる。

フォスレーの前方に火球が現れ、次第に大きくなっていく。


(下手に攻撃したら反撃をくらう!かと言って待ってたらどんどん大きくなっていく!障壁は、多分耐え切れない。避け、られるのか!?どうしたらいい!?いや、落ち着け、こういう時の為に、俺は魔法を覚えたんだ!)


アキトは刀に魔力を集中させると、刀身の回りに風が巻き起こる。

更に集中させると風は止み、刀に魔力がより濃くなっていく。


「ああっ!!」


刀を振り下ろすと風の刃が放たれ、風の刃は大きな火球を両断して消えた。

2つに分かれた火球はそれぞれで丸くなり、2つの火球となる。


(くっ、だったらもう1回!)


2ついっぺんに斬ろうと横に刀を振る。

だが、風の刃は出てこなかった。


(しまった!魔力が足りなかったか!?)


刀に視線を移して確認し、すぐにフォスレーを見ると棒立ちのままで何か行動する様子はなかった。


(……何も、してこない?)


フォスレーをよく見るとアキトの顔を目を細めて凝視していた。


「ふーん、なるほどねぇ」


フォスレーは独り言のように呟き、何か納得したように頷くと、2つの火球が消えた。


(今だ!)


火球が消えたのをチャンスだと思い、一気に距離を詰め、刀を振り下ろした。


「!?!?」


目を疑った。

刀をまるで邪魔な羽虫を払うかのように手で振り払われた直後、爆発したと錯覚させる程の衝撃が手に伝わり、刀身が砕け散り、衝撃で刀を持っていられず手から離れる。

アキトの体勢が崩れた隙にフォスレーが刀を払った右手を握り絞め、アキトの頬を殴った。


「ごぁっ!?」


強烈な力に体は弾き飛ばされ、二度地面を跳ね、転がり、横向きに倒れて止まる。

一瞬意識が飛んだような気がした。


「ッッッ!!」


直後顔に激痛が走る。

痛みで叫びたくなるのを必死で堪える。

叫ぶと弱みを晒すことになると思ったからだ。

口の中に固い異物感があり、歯に当たって音がカチャカチャと鳴る。


「ぶはっ!」


吐き出すとそれは折れた二本の歯で、血と共に吐き出された。

鼻と口から血が流れ、右頬が赤く腫れあがる。

視界がぼやけ、ブレて見えるフォスレーを睨み付ける。

ぼやけて表情が分からない。

そして何故殴った後に何もしてこないのも分からなかった。

そこへーー


「そこにいるのはアキトか!?」


狩人三人が刀を手に駆け付けた。


「誰だお前は!?まさかお前がやったのか!?」


「ああ、そうだよ」


狩人の質問にさっきのアキトと同じように返答するフォスレー。


「こいつ……!うおおおおおお!」


3人同時にフォスレーに挑みかかる。

アキトの視界がぼやけていたのが、次第に定まって来た。

3人の連携が取れた攻撃にも関わらず、余裕な感じで攻撃をかわす。

魔法を織り混ぜた攻撃も、障壁を使ったりしてフォスレーに当てることすら出来ずにいた。

防戦一方だったフォスレーだったが、途中で気が変わったのか急に攻勢に転じた。

火が地面から巻き上がり、3人が怯んだ所を見えない斬擊によって3人同時に首がはね飛ばされ、地面に転がる。


(みんなっ!?くそおおおおっ!)


アキトの言葉にならない悲痛の叫び。

フォスレーは空中へ浮かび上がり、上空から村を見下ろす。

動く人影を見つけるとそちらに向かって飛んで行った。

アキトには見えずとも、遠くから聞こえてくる叫び声が、爆発音が耳に響く。

何か聞こえる度に次々と命が奪われていってることを想像し、耳を塞ぎたくなる。


(くそっ!動けよ!俺の体!)


この身で止めたい気持ちはあっても、体はフォスレーのたった一撃で体が震え、力が出せず、言うことを聞かない。

やがてフォスレーは再びアキトの前に降りてきた。

返り血も浴びず、怪我もなく、汚れ一つない姿に、本当に今この場所に、目の前にいるのか疑わしいほどに清潔だった。


「後は君だけだ」


言葉通りに取れば生き残りはアキトだけと言うことになる。

アキトはそんなこと信じる訳もなく、口を開け、呼吸荒く、鋭く睨み付ける。


「ふー!ふー!」


「俺の名はフォスレー。君が住んでいたこの小さな村をこのように破壊し、切り裂き、燃やし、住んでいた人々を無惨にも殺した男だ」


フォスレーと名乗った男は不敵に笑みを浮かべた。


(フォスレー……お前は……何故!?どうして!?)


問いかけが言葉として出ず、ふつふつと怒りが込み上げてくるのを体の奥底から湧いてくる。


「憎いだろう?悔しいだろう?君は生かしておいてあげる。憎ければ探して殺しにおいで。君が来るのを待っているよ」


フォスレーは空に飛んで視界から消え去った。


「くっ、そぉ……!」


歯を噛み締め、地面を殴り付ける。

顔を上げた視線の先に、倒れて動かないタケルを見つけた。


「ぐぅぅっ!」


力を込めてよろめきながら立ち上がり、ふらふらと近付く。

横向き倒れている体、首から先はなく、切り口から流れる血が地面を濡らしていた。

頭は体から離れた場所に転がっていた。

頭を拾い上げて見た顔は虚ろな目でアキトを見ていた。

アキトの目から涙が溢れ、頬を伝う。


(タケ……)


目蓋を閉じてあげて、タケルの体に近付き、両膝を付く。

頭を一度地面にゆっくり置き、体を仰向けにすると、頭を元のあった位置に置く。


「あっ……」


顔が上向くように置いた頭は横に転がってしまう。

もう一度戻すと、次は転がらないように横向きに置いた。

しばらく呆けていると、ハッと我に返り、思い出す。


「……あ、そうだ!お母さん!お父さん!」


自分の家がある方向に向かって駆け出す。

立ちくらみで足がもつれ倒れそうになるのを堪えながら進む。

やがて屋根の部分が崩れ落ちていた自分の家を見つけ、そして……


「!!」


家の前にうつ伏せに倒れて動かないユウキを見つけた。

ユウキの伸ばされた手の先を視線で辿ると、家の壁にもたれかかるように座り込むような形で動かないサクヤがいた。

近くのユウキに近付く。

血を多く含んだ土が踏まれるごとにぐちゃっと嫌な音を鳴らす。

ユウキの体を仰向けにする。

左肩から右脇腹にある傷り傷と血で赤く染まった衣服と顔。

出血量から致命傷であることは明らかで、目を閉じて死んでいた。


「とう、さん……」


視線をユウキからサクヤに移し、近付いて俯いた顔を顎を持ち上げるように上げた。


「あ……」


アキトは小さく声を漏らした。

サクヤは大きく目が開かれた状態で絶命しており、額には何かに貫かれたような丸い傷があり、傷口から奥の家の壁が見えた。


間違いであって欲しかった。

力が抜けて膝をつく。

目から止めどなく溢れ出る涙。


「うあああああああああああああああ!!」


怒り、憎しみ、悲しみ……

あらゆる負の感情が混ざりあったものが叫び声となり、空へ向かって飛んで行った。


「殺してやる……必ず殺してやる!!フォスレェェェェッ!!」


かつてないほどの強い決意。

必ず復讐を果たすことを自身に誓いを立てると、動かなくなったサクヤの胸に抱かれるように倒れて意識を失った。



アキトはその後、村の皆の墓を村の中心に建てた。

何人死んだのか分からない。

もしかしたら逃げ延びた人がいるかも知れない。

しかし、目覚めた時はアキト1人だけだった。

亡くなった人数が定かではないから、皆の分のまとめて1つの墓にした。

土を膝くらいの高さに盛り上げ、その山に片手でつかめるサイズの石をまんべんなく乗せて、近くの木から枝を切り、山の頂上に枝を刺した。

風が枝についた葉を揺らし、カサカサと音を立てる。

墓を前に目を閉じてうつむくアキト。


(皆の苦しみを痛みを憎しみを俺に預けてくれ。俺が必ず、無念を晴らすから。必ず……)


目を開いた時のアキトの表情は黒い復讐の刃の如く、鋭い瞳になっていた。


(それじゃ、行ってきます)


皆と村に別れを告げ、アキトは復讐の道に一歩足を踏み出した。




村を出て、海を渡り、死にもの狂いで戦う力を身に付けた。

いざ殺す時に躊躇しないように、殺してもいい悪人を殺すことで殺しに慣れるように依頼を引き受けた。


「……こんなものか」


初めて人を殺した感想はそれだけだった。

殺されても仕方ないほどの悪事をした相手になら躊躇なく殺せると言う自信を身に付けた。

あらゆる憂いを断ち、完璧な状態でなければとても復讐を果たせそうにない。

復讐相手はあまりにも強大で、遥か高みにいるのだから。




そして……

アキト 37歳。

フォスレーの目撃情報を手に入れた。

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