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デッドリカバー  作者: 箱暗灰人
序章「闇を歩む者」
4/21

アキトの過去・1

緑の葉の木々が生えた山脈が並ぶ大地、その内の一つの山頂に位置する小さな村、名前はフウライの村と言う。

畑を育てたり、木を伐採、加工して仕事に取り組む人々の姿があった。

とある家の庭で大柄な大人の男と小さな子供が距離を開けて、双方木刀を持って向き合っていた。

子供の名はアキト、10歳の頃。

そしてアキトの正面に立つ男の名はユウキ、アキトの父親だ。


「さあ、来い!」


「うん……」


元気なユウキに対してアキトはあまり元気がない様子だった。

アキトが振るう木刀をユウキは慣れた手つきで受け、いなし、かわす。

ユウキから打ち込むことはなく、アキトの攻撃を受けるのみに徹していた。

ユウキもアキトの様子に気付いたようだ。


「どうしたアキト?今日は力が入ってないぞ?」


「………」


戦う手を止めて、黙ってうつ向くアキト。


「どうした?気分でも悪いのか?」


しゃがんで顔を見ようとするユウキに目を逸らすように更に下を向き、首を横に振って否定する。


「もう、やりたくないよ!」


叫んで木刀を横に放り捨てるアキト。

アキトの行動にユウキは驚いた顔をする。


「どうしてこんなことしないといけないの?ともだちはみんなこんなことしてないよ!」


顔を上げたアキトは怒りと悲しみが混じった表情をしていた。

ユウキは目を閉じて大きめの息を吐くと、真剣な表情になる。


「前に言っただろ?体を強くしておけば、将来役に立つって」


「どうやってやくにたつの?」


「そうだなあ」


ユウキは顎髭に触れて少し考えてから話し始める。


「例えばだ、アキトがユイちゃんと一緒の時に村から離れた場所で獣に出会ったとしよう」


「え?むらからでないよ?いけないことでしょ?」


「あ、ああ。そうだな。アキトはお利口だな。今のはずっと先の話だ。アキトがもう少し成長して村の外に出てもいいとお許しが出た後のことだ。獣に襲われて、近くに大人はいないから助けを呼べない。もし、そうなった時、戦える力があればアキトはユイちゃんを助けてあげることができるし、自分も助かる。良いことだらけだろう?」


「うん……」


「ユイちゃんだけじゃない。タケルくんも、お母さんもフウライ村のみんなだって助けることが出来るようになるんだ」


手を横に広げて笑顔で言った。


「……ぼくにできるかな?」


「続けていればいつかできるようになる。お父さんはな、頑張ってやり続けて、15の時に助けること出来た。守ることが出来たんだ。それがサクヤだ。サクヤを守れたことでこうしてアキトに会うことが出来たんだ。力を身に付ければ必ずどこがでよかったと思える時が来る。俺はそう信じてる」


ユウキは手に持っていた木刀の刀身を掴み、柄の方をアキトに差し出した。


「俺はな、アキトが誰かを守れるような立派な男になってほしいと思っているんだ」


父の優しい笑顔と語られた願い。

アキトは顔を上げ、差し出された木刀に手を伸ばす。


「こらー!ユウキー!!」


「げっ!サクヤ!」


怒った表情で遠くから叫んだのはアキトの母でユウキの妻であるサクヤ。

ユウキは慌てて立ち上がり、アキトは木刀を受け取り損ねた。


「特訓の前にやることあるでしょー!?」


「ご、ごめんなさーい!!」


怒鳴られたユウキは慌ててどこかに走って行った。


「全くもう……」


サクヤはため息混じりに言いながらアキトに近付く。


「アキトも、お父さんがやるべきことやってなかったら叱ってやりなさい。いいわね?」


そう言ったサクヤは笑顔につられて笑顔になる。


「うん、お母さん!」


アキトは自分が放り出した木刀を拾い上げる。


「そろそろお腹空いたでしょ?食事にしましょ?」


サクヤは手を差し出し、アキトは手を握り、家の中へ入っていった。




時は進み……

アキト 16歳




森の中を走るアキト。

手には本物の刀が握られていた。

視線の先には背を向けて逃げ惑う四足歩行で茶色の体毛の獣を追いかけていた。

獣の大きさはアキトよりもやや小さいが、動きが機敏で、アキトは足元にある木の根や草や葉に倒れそうになりながら必死に後を追いかける。


「タケ!そっち行った!」


獣が太い木の根を飛び越えた先に少年が横から現れ、獣は空中では避けられず、少年が手にしていた刀で仕留められる。


「しゃあ!3匹目!」


ガッツポーズをする少年。

木の根を越えたアキトは息を切らしながら声を掛けた。


「やったね、タケ」


「ああ、サンキューなアキト!誘き出しのおかげでやっと目標達成できたぜ!」


ニカッと笑った少年の名前はタケル。

アキトと同じ村で育った子供の頃からの仲の良い友人で、アキトより1つ年齢が上だ。

二人共同じ緑と茶の二色の迷彩柄の服を来ていて、並ぶとタケルのほうが身長が頭1つ分高く、体格も一回り大きい。


「よくやった2人共」


2人の元に同じ服装の強面の中年の男がやってくる。


「しかと見ていたぞ。此度の狩人になる為の試験は両者合格とする。狩人の証を受けとるがよい」


2人は獣を狩る人物が刺繍された腕章を受け取り、顔を合わせて静かに喜び合う。


「獣を決して絶やすことなく、感謝の気持ちを持って狩り、命を頂くと言うことを常に心にあれ」


「「はいっ!」」


2人は元気よく返事した後、顔を向き合わせ、笑顔を交わした。


「よかったなぁ~、アキトォ~」


木陰に隠れて見ていたユウキが涙を流し、我が子の成長を喜んでいた。


「ユウキさん」


ユウキの後ろから声を掛けたのは今のアキトやタケルと同じ服装でユウキより少し年齢が若い男だ。


「そんなに心配なら狩人に戻ればいいのに」


「心配はいつまでも尽きないさ。でもアキトは今日大人としての一歩を踏み出したんだ。大人はいつか親離れするもんだろ?俺が近くにいちゃ親離れ出来なくなるじゃないか」


「どちらかと言えばユウキさんが子離れ出来てないんじゃ?」


「かぁ~!相変わらず痛いとこ突くね~!」


オーバーリアクションで頭に手を当てて仰け反るユウキ。

そんなリアクションに知り合いの男は反応せず、冷静に問い掛ける。


「……狩人に戻る気はないんですね?」


「ない!辞めた理由覚えてるだろ?」


「ええ、まあ……」


「それに、狩人の仕事は俺の分までアキトがやってくれるさ!」


「そうですか。あなたの息子さんは文句付けようがない成績でした。期待することにしましょう」


「おう!ただあんまり期待しすぎてコキ使うなよ?」


「分かってますよ。同じ轍は踏まないように取り計らいます。では失礼します」


男は去っていき、ユウキはアキトを見る。


「頑張れよ、アキト」




アキト 23歳




上空を今にも雨が降りそうな灰色の雲が空を覆っていた。

村から離れた場所に切り立った崖が多くある危険な所がある。

その崖っぷちにアキトは立っていた。

全身傷だらけで、特に頬の傷が深く、多くの血が止めどなく流れて出ていた。

手には半分に折れた刀を構え、眼前には10を越える四足歩行の茶色の体毛に覆われて、鋭い牙を見せて威嚇する獣がいて、アキトと距離を取って睨み合いをしていた。


「アキト……」


アキトのすぐ後ろの女が震える声で呼んだ。

座り込んでいて、片膝から出血していた。

女のすぐ後ろは崖で、崖下は底が見えないほど真っ暗でどれほど深いのか分からないが、落ちたら助からないと思わせる高さだ。


「大丈夫だユイ。俺が、必ず守るから」


強気な発言をするが、手足は震えて痩せ我慢の強がりであることはユイには分かっていた。


(これが、いつも狩られている獣の気持ちってことか……。くそっ!しっかりしろ俺!弱みを出せばすぐにやられるぞ!)


1体の獣が痺れを切らしたか単独で飛びかかった。


(なっ!?)


一瞬気付くのが遅れ、とっさに過去に習った獣との戦い方の1つを思い出しながら行動に移す。

獣の下に滑り込喉に刀を突き刺し、地面に倒れながら足で胴体を蹴り上げた。

獣の体はアキトやユイの頭上を越えていく。

刀を引き抜く力が出ず、刀は喉に刺さったまま獣と一緒に崖から落ちていく。


「はっ、はっ、はっ」


恐怖に震え、仰向けになったまま短い呼吸を繰り返す。

何とか腕に力を入れ、上体を起こすと3体の獣が一斉に駆け出しているのが見えた。


(ダメだ、死ぬ……!)


その時だった。

右方向にある森の中から飛んで来た半透明の白い斬撃が3体の獣の胴体を切り裂き、地面に突っ伏して動かなくなった。

今の攻撃はユウキが刀を振って放ったものだった。


「俺が相手だ!!うおおおおおおお!!」


怒りの表情で獣の群れに突撃するユウキ。

獣はユウキに襲い掛かるが、ユウキは獣を危なげなく次々と斬り倒し、アキトはその時初めてユウキの実力を知った。

一匹残った獣はユウキの力に恐れをなして逃げて行った。

ユウキは獣の後は追わず、アキトに向かって走る。


「父さん……」


安心したアキトは力が抜け、膝を突き、うつ伏せに倒れた。


「アキト!!」



その後、アキトは思った。

命を狩り取る仕事をしていながら、命を奪われる覚悟をしていなかった。

いや、狩人になった時に覚悟していたつもりだった。

だが、いざ死が迫った時、いかに自分が甘い覚悟だったのか、思い知らされたのだ。



その日から約一月が経過。

アキトは自宅の近くの畑の手入れをしていた。


「なあアキト」


タケルが畑の周囲にある柵の外側から声をかける。


「なんだ?」


「お前、本当によかったのかよ?狩人辞めてさ」


「そのことか……。近くで見てただろ?俺が獣を前に動けなくなったのをーー」



あの出来事の後、傷は癒えて狩人として復帰した時のこと。

獣を前にしてあの時の光景を思い出し、恐怖に震えて動けなかったのだ。

同行していたタケルはその状態のアキトを近くで見ていた。



「怖いんだ。いつか狩る側が狩られる側になるんじゃないかって。そうなったらと、つい考えて……。あの時から俺は、狩れなくなっちまったんだよ」


アキトの腰にいつも差してあった刀は今はなく、狩人の証の腕章も狩人装束も身に着ておらず、それらは狩人を辞めた際に返却していた。


「あの時、あんなことさえしなければ……」



アキトとユイが窮地に立たされた出来事から遡ること数日前。

アキトとタケルはいつものように狩人として狩るために獣を追っていると、獣は洞窟の中へ入っていった。


「ちっ!」


タケルは舌打ちして洞窟の前で立ち止まり入口の壁を拳で叩く。

洞窟内は暗く道も複雑で危険なため、如何なる理由があろうとも立ち入ってはならないと、狩人だけでなく、村全体の決まりごとになっている。


「もしかして、また?」


後から追い付いたアキトが聞いた。


「ああ、まただ。俺達が中に入れないことを学んでやがる。どうする?」


「どうもこうもどうしようもないよ。でもこのままにしちゃおけない。状況を爺に説明して提案してみよう」


村に戻った2人は狩人をまとめる長、親しみを込めて爺と呼んでいる老人に顛末を報告をする。

話によれば他の狩人も同じ状況になっていることが多いようだ。

このままじゃ十分な食料にありつけない危惧し、協議の結果、総出で洞窟を調査及び狩りを行うことになった。

目的は洞窟はもう安全な場所ではないとわからせる為で獣を狩るのは必要最低限にと皆に言い渡し、アキト、タケルを含む10人の狩人で松明で中を照らしながら慎重に洞窟内を進む。


「うわっ!とと!」


「どうした!?」


「いや、コケただけ!」


時折地面の窪みや滑りやすい所にこけそうになりながら先を進む。


「これは……」


「おお……すげえ」


洞窟の上部の穴から射し込む日差しが、照らされた場所には白や黄色の花や、緑の植物が生え、近くの地下水が流れ落ち、岩肌に当たり飛び散った水滴が日差しできらめいて、幻想的な光景を作り出していた。

狩人達はそんな光景に目を奪われる。


「集中」


先頭にいる強面の狩人が言葉を発し、狩人達は気を取り直す。

やがて、奥で見つけた複数の獣を狩り、洞窟内に村の人達の所有物を置き、ここはもう安全な場所ではないと知らしめることが出来た。

アキトはユイに洞窟内で綺麗な場所があることを興奮隠しきれない様子で教え、後日二人で洞窟に向かうことになった。


「本当だ、綺麗……」


ユイはその光景に目を奪われる。

ユイの横顔をニヤニヤしながら横目で見るアキト。

その後のことだった。

洞窟を出てすぐに獣に囲われて襲われて、あのような状況になったのだ。

洞窟は安全が確保されて、立ち入り禁止は解かれていたが、アキトはずっと誘ったことを後悔していた。


「私なら大丈夫だから、そんな落ち込まないで」


ユイは軽い怪我と高熱にうなされたが命に別状なく、ユイからもアキトは悪くないとを言われても、アキトは自分を許すことは出来なかった。

激しい後悔も冷めやらぬ中で、更に追い討ちを掛けるように獣と戦うことが出来なくなった自分にすっかり元気を無くし、狩人を辞め、今までやってこなかった農業をやることとなった。


「狩れなくなった狩人なんていらないんだよ。だからタケ、狩るのはお前に任せるよ」


「アキト……」


タケルはアキトに掛ける声が見つからず肩を落としその場を去った。



アキトがまるで生気が抜けて脱け殻のようになっていく姿を家の中からサクヤが窓越しに見つめていた。


「あんた、アキトに言うことないの?ろくに話もしてないでしょ?」


部屋の奥で椅子に座っているユウキに聞く。

ユウキ背もたれに持たれ掛かるとギィと椅子は音を立てる。


「俺は、アキトに自分の理想を押し付けていた。こうあるべきだと言って剣の練習をさせていた。それがこの結果だ。こうなったのには俺の責任でもあるからどうにかしたいって気持ちはあるさ。でも……今はどうすることもできない。アキトが自分で決めて行動しなければ壁を乗り越えられないんだ」


「だったらさ、何か良い方法を教えてあげたらいいじゃない。あんた元狩人なんだから、そういった経験や知識は豊富でしょ?」


「教えたところで意味はない。いや、それどころか逆効果だ。教えると言うことは期待を押し付けるのと同じことで重荷になっちまう。早くどうにかしなきゃと言う焦りと、周囲の期待の重圧で押し潰されてしまうだろう。絶対に良いことにはならない。こういう時はな、黙って見守って、いつも通り接してやることが一番なんだ」


机の上の湯気が上がっている木のカップに入っている液体を飲み込む。


「それって、何か、いいのかな?」


「俺達はアキトを放って置いてる訳じゃない。見守っているんだ。見守っていれば些細な変化に気付く。もしアキトが助けを求めてるサインに気付いた時は寄り添って相談に乗ればいい」


「うん、わかった……」


サクヤはアキトを悲しげに見つめ、力になれない自身の無力さに歯噛みするしかなかった。

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