ロギアでの日々・2
上層で会った粗悪店を出たアキトはため息しながら思う。
(あれじゃ上層には期待出来ないな。中層行ってみるか)
中層に行く方法をカイシスに通信して聞く。
『街に中層へ行けるエレベーターがありますが、そちらはロギアの社員は利用出来ないんです。支部内のエレベーターをご利用下さい』
言われた通り、一度ロギアの建物に戻り、エレベーターで中層へ降りる。
中層は上層とは違って建物は高くはなく、色合いが暗く、汚れていて、地面はでこぼこしていた。
車は少しは見掛ける程度だ。
上層を白としたら、中層は黒と言える。
(こっちは落ち着くな……)
アキトにとっては見慣れた光景に近く、上層での場違い感をここでは感じなかった。
中層は活気があり、人通りが多く、店の呼び込みの声が聞こえて来る。
「丈夫で長持ちの食器だよ!見てってー」
「雷以外のミスタリア置いてあるよー!安いよー!」
「10秒で飲み干してすぐ補給出来るドリンクだ!持ち運びしやすいドリンクホルダーもセットでこのお値段!」
「ポイントと金の交換レート、今がお得だ」
一通り見て回ったが、武器屋を見つけることは出来なかった。
賑わってる場所から離れ、人通りが少ない場所に来る。
「!」
突如の大きな音が聞こえ、振り返ると2人組の男が建物から出てきて、大量の長い物を両手で抱えて慌てた様子でこちらに走って来た。
「邪魔だどけぇ!」
(どけだ?)
アキトは言われて退くつもりはなく、刀を抜いて構えた。
「どぅおわっ!?」
「うげっ!」
2人は構えたアキトに驚き、左右に分かれて避けて、アキトの横を通って行った。
(何だあいつら?ん?)
2人が出て来た建物から出てきた腰の曲がった初老の男性は、2人が走って行ったのを悲しそうな目で見て、そして項垂れた。
「なあ、何かあったのか?」
アキトは気になって声を掛けた。
「あ、なんてことありませんよ。うちの商品が盗まれてしまっただけですから」
そう言って浮かべた悲しげな笑顔。
アキトは盗んだ男2人の走って行った方向を見るが、もう見えなくなっていた。
「ここは、武器屋なのか?」
「ええ、まあ……」
「刀は置いてあるか?」
「ああ、置いてはいましたが、もしかしたらさっきので盗まれてしまったかも知れません。今確認をーーうっ!」
横からの突風に目を閉じる店主。
目を開けるとアキトはいなくなっていた。
「あ、あれ?」
アキトは風の力を背に受け、素早い動きで先程の盗人を探していた。
折れた狭い通路の先に男2人の背中を見付けた。
「はっはっはっ!ちょろいもんだぜ!」
大柄の男が笑いながら話す。
「へへへ。兄貴の言う通りでしたね。獣が襲って来た後の今ならロギアの警備がザルだって」
細めの男がキョロキョロしながら話す。
「ああ。だがそろそろやべえらしい。アジトにさっさと戻らねえと」
2人の後ろで話を聞いていたアキト。
(ほう、アジトか)
風を感じ、振り返る細男。
だがそこには誰もいなかった。
「おら、走るぞ!」
大男はそう言って走り出した。
「あ、うす!」
細男は後を追って走って行く。
建物の屋根に上がっていたアキトは2人を見逃さぬように屋根伝いに追い掛けた。
中層の建物の間を縫っていった先の小さな空き地。
空き地の角に置かれた木箱をずらした所にあった隠された階段を降りて行った。
薄暗い通りを抜けると、そこに土を掘っただけの小さなアジトがあった。
「兄貴、盗ってきやした!」
2人は抱えた武器を奥のボロボロのソファに座っていた男に見せた。
「おう、ご苦労だったな。ロギアはいなかったか?」
頬に傷のある兄貴と呼ばれた男が労い、質問をする。
「いつもの奴は見かけませんでした!」
「そうか。これでルヴェスタからおさらばだ。積み込み次第出発だ。得物を積んでおけ。傷付けるなよ」
「うす!」
2人は武器を木箱の中に優しく入れて行く。
「よう、ちょっといいか?」
「あ?」
正面の暗い通路の奥から声が聞こえて来て視線を向ける3人。
通路から堂々と現れるアキト。
「なっ!?」
3人はアキトを見て、すぐに腰の短剣を抜いて構えた。
「誰だテメエは?」
兄貴がアキトに問い掛ける。
「あんたらが敵視しているロギアって奴だ」
隠すことなく堂々と名乗る。
「はっ、俺にロギアを名乗るってな。テメエそんなに死にてえようだな?」
ナイフの先をアキトに向けた。
「ほう?いいのか?俺を殺す気がかかって来るなら、俺がお前らを殺してもいいってことになるな。ロギアに入る前なら容赦なく斬っていた所だが、入った手前、たかが盗人に斬るのはさすがに止めとこうと思って、どのような罰を与えるか悩んでいたんだが、そっちがそう来るなら……実に、好都合だ……」
アキトから放たれる殺気が、風となって3人の体をおぞましく撫でた。
「!!」
アキトの右隣にいる大男と細男はアキトの殺気を感じて体が震え出す。
(コイツはヤバイ!絶対ヤバイ!!)
(こ、殺されるぅぅ!!)
「て、テメエ……」
兄貴は体は震えなかったが、声が震えていた。
「どうした?そっちから掛かって来なきゃ、殺され掛けたから殺した、が成立しないだろうが。まあもっとも、他に誰かが見てる訳じゃないから、一方的に殺して後で嘘付くって方法もあるが、そっちの方にするか?」
アキトは刀の柄に手を伸ばした。
「ま、待った!」
兄貴はナイフを床に投げ捨て、両手を上げて武器を持ってないことをアピールする。
「ここは見逃しちゃくれないか?もちろんタダとは言わねえ。金ならやる。1000でどうだ?いや3000でもーー」
瞬間、右から突風が来て、風に押されて首を傾げるように左に曲がる兄貴。
反射的に閉じた目を開けると、アキトが持つ刀の刃が兄貴の首の近くで止まっていた。
「俺が何より許せないのは、人を不幸にしておいて笑ってやがるクソ野郎だ。そう、お前らのことだよ。次の言葉は慎重に選べ。どうする、つもりだ?」
アキトの殺気に飲まれた兄貴はすっかり怯えた表情で言う。
「……こ、降参、です……」
アキトはカイシスに連絡して、ほどなくしてカイシスがロギアの社員を連れてやって来て、犯人を連行して行った。
「初日からお手柄ですね」
カイシスは嬉しそうに言った。
「でもアキトさんはこういうお仕事はしなくていいのですよ?」
「分かってる。俺が買う予定だった武器が盗まれたからついでに取り返しただけだ」
「そうですか。では盗品の持ち主を探すのはこちらでやっておきますので、アキトはもう大丈夫ですよ」
「あ、そこのは持ち主を知ってる。どのみちその店に用があるから俺が持って行こう」
箱詰めが途中になっている武器を指差す。
「分かりました。お任せします」
アキトは盗まれた武器の入った木箱を手に盗まれた店を訪れた。
寂れた木造の建物で黒く変色し、隣接している比較的新しめの建築物と相まって建ててかなり時間が経っているように見えた。
看板の文字は所々消えていて、かろうじて武器屋と読み取れた。
扉を押すと軋む音を立てて開く。
「あ、あなたは……」
店主がアキトに気付いて立ち上がった。
「この中に盗まれた武器が入ってる」
「え?」
木箱を置いて、店主は近付いて木箱の中を覗き見た。
「ああ!ありがとうございます!ありがとうございます!」
店主は涙を流しながら何度も感謝の言葉を述べる。
「……それよりもだ。俺がここに来た目的は刀だ。多分この中にあるはずだが」
「ああ!それなのですが、刀は盗まれておりませんでした」
「なっ、そう、だったか。まあいい。刀見せてもらえるか?」
「はい、もちろんです」
奥の棚から刀を持って来た。
「どうぞ」
両手で差し出された刀を受け取る。
「ん?これは……!」
刀の柄、鍔の形、黒の鞘を見つめる。
「……どうか、なさいました?」
「この刀、どうやって入手したんだ?」
「えーと、今調べますので少々お待ちを」
店主は店の奥へと消えて行った。
アキトは刀を抜き魔力を込める。
風の魔力は引っ掛かることなく剣先まで満ちた。
店の奥から戻って来た店主の手に領収書があった。
「分かりましたよ。ルクテナ大陸のアーライフって街で手に入れた商人から買ったものでした。ほら、あの魔法術の学校で有名な場所ですよ」
「アーライフ……。ここにある刀はこれだけか?」
「はい。それだけですね」
「入荷の予定は?」
「予定はございません。偶然購入したものですし、そもそもここは店としては成り立っておりませんから。客はほとんど来ず、武器屋と言うよりはもはや私の趣味、ですな。武器の入荷はこれで最後だと考えておりました」
「そうか……」
刀を鞘に納める。
「この刀売ってくれ。いくらだ?」
「そんな、恩人からお金を頂けませんよ。お礼として差し上げます」
「だがな、あんたには生活があるだろう。苦労してるんじゃないのか?」
「なに、私はいつ死んでもおかしくない身です。お金があっても無駄にするだけですから」
店主は優しい笑顔で言った。
「……分かった。そこまで言われて受け取らないのは逆に無礼と言うもの。お礼としてありがたく頂戴する」
「改めて、この度はありがとうございました」
深々と頭を下げる老人を見てから、店を出て行った。
頭を上げた店主はアキトの言葉に首を傾げる。
「異なことを申されるお方だ。あなた様にも生活があるでしょうに」
自室に戻り、買った刀を鞘から抜いて見たり振ったりして確かめる。
(……思った通りだ。反りも長さも、柄の作りも、鍔の形も、フウライで狩人が使っていた刀ときっと同じだ。鍛冶職人をやっていたミツさんは逃れられたのか?それとも、知らない所で刀だけが世界を巡ったのか?……アーライフ、か)
その場所の名を記憶に刻んだ。
用済みとなった欠けた刀をどうしようかと迷い、カイシスに連絡する。
ロギア内の武器屋で不要となった武器を解体し、溶かして再利用していると聞いた。
新しく買った刀を腰に差し、居合いからの素振りを何回かし、刀を眺める。
(何の違和感もない。まるで慣れ親しんだ武器のように振れる。なあ、お前は誰に作ってもらったんだ?)
問い掛けたとて反応が返ってくるはずもなく。
刀を鞘に納めた。
買い物を終えて、カイシスから渡された紙の束を今度はしっかりと見ていくことにした。




