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そよぐサザンカは葉を伸ばす  作者: ヨダカ
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悪夢

「喉が乾いた」

着慣れない洋服を纏ったリビアが、不満げに呟いた。

ルスバはリビアを睨んだ。

「言っておきますけど、貴女がこの世界で満足に生きられると思わないでくださいね。犯罪者なのですから」

リビアのブーツは高らかにコンクリートの道路を蹴った。彼等は今、片田舎の侘しい道を歩いていた。

リビアはルスバの発言を聞くと驚いたような顔をして、言った。

「おや、意外だな。そういうことは言わないタイプだと思ったのだが」

「どういうことですか」

「人間を殺したくらいで犯罪者だと罵るタイプだとは思わなかったということだ」

「別に人間は良いですよ。ただ、私の同族を殺すなと言うことです」

ルスバの心は、異常な同族への愛好に縛られていた。たとえ神の意志を目で視認できるようになったとしても、それは変わらなかった。ルスバはもはや、同族を自分の体の一部と同等に見ていた。

一方リビアにはそんなものなど無かった。あるのはイミカへの異常な執着心のみである。

イミカの幸せは、リビアの幸せ。イミカの痛みはリビアの痛み。

リビアがイミカに執着するのはイミカを幸せにするためで、逆に言えばリビアは、自分が幸せになるためだけにイミカに執着していた、極めて自分勝手な愚か者なのかもしれない。

どっちみちリビアが愚か者だということに変わりはないが。

確かなのは、イミカと自分以外の生き物は、リビアにとってどうでもいいということだった。

ルスバは空を見上げた。すっかり暗くなっている。

「喉が乾いたと言われても…悪魔に水分は必要ないでしょう」

「飲みたいから飲むんだ。当然だろう」

ルスバはため息をついた。これからイミカが見つかるまで、これと一緒にいるのか。

「自動販売機があります。そこで買いましょう」

「何だそれは」

見ればわかります、とルスバは吐き捨てた。


「何だこれは!」

「自動販売機」

喋ることすら面倒そうに、ルスバが言った。自動販売機は孤独に光り、蛾が数羽、周囲で嬉しそうに舞っていた。

「ここにお金を入れるんです」

ウォウ、ウォウと犬の声が遠くで響いた。風が吹き付けて街灯を揺らした。

「何が良いですか」

「…なんだこれは。中に何が入っているか見えないじゃないか」

リビアが缶コーヒーを指さして言った。確かに、外からは中身が見えない。

「それはコーヒー。苦い飲み物です」 

「は、苦い?何故そんなもの売ってるんだ?」

「苦いと不味いを同じにしないでください」

リビアは迷いに迷った末、コーラを指さした。ルスバは眉を潜めた。

「はあ?コーラ?よくこんな見た目をしたものを、始めてで選べますね」

「直感だ」

ルスバは小銭入れから百円玉を取り出そうとした。

また、夜風が吹いた。

百円玉が手のひらから滑り落ちた。


チャリン。


「え」

「だから、黙っていてくれ!!」

病室のベッドで、灯葉は叫んだ。

ドロイトは衝撃のあまりに、家の鍵を白い床に落としていた。

灯葉はベッドから起き上がって、何かに怯えるように震えながら、ドロイトを睨んでいた。怯えきった表情だった。

窓から吹き込む夜風になだめられ、ドロイトは自分を落ち着けていた。

今にも泣き出しそうな自分を、落ち着けていた。

だから、まずは灯葉の心を見た。

ドロイトはその心を見て、違和感を感じた。

怒りの感情は僅かのみ。

圧倒的なのは恐怖の感情だった。

何が怖いのか。

ドロイトは、灯葉の服に仕込んだ追跡魔法を追って、東京を目指していた。しかし、どういうわけか魔法が途中で消えてしまったのだ。

ドロイトには分からなかったが、真相は単純。リビアが服ごと魔法を消し飛ばしてしまったのである。

その後、魔法の反応が消えた辺りをさまよった。

しばらくして、見つけた。灯葉はゴミ捨て場にへたり込んでいた。

ドロイトにとっては理解不能でしかなかったがこれも単純で、コンビが結ばれた後に疲れで気を失った灯葉をリビアとルスバが適当に放り投げたのだった。

ドロイトは灯葉を病院に運び、そして今に至る。

灯葉は明らかに錯乱しており、正気ではなかった。

今、何があったか聞いても駄目だ。

灯葉は更に傷ついてしまう。

ドロイトは静かに頷いて、病室の外へ出ていった。


ドロイトはハンドルにもたれかかった。

あの言葉は、灯葉君の本心ではないはず。

だから大丈夫。

「ビルの光は、綺麗だなあ」

思ってもいない言葉を口に出した。しかしそれは、震えて消えた。

大丈夫だと思っていても、耐えきれなかった。不安でしょうがなかった。

不安は瞳から溢れ出た。

怖い。

何が怖いのか。

灯葉が、もう二度と正常に戻らない。

その可能性があることが、怖いのだ。


灯葉は耳を塞いだ。

呼吸がうまくできない。こんなこと初めてだ。

周囲からどんどんと色彩が抜けていく。世界が色褪せていく。

止まらない。

灯葉はベッドから転がり落ちた。

気づかぬうちに、叫んでいた。

止まらない。

目を閉じた。

しかし瞼の裏にまで、それは現れた。

兄が、

兄が死んだ瞬間の映像がフラッシュバックした。

こんなこと初めてだ。

あのピアノが。

兄が死んだあの時、あの場所で鳴っていたピアノが。

op34-2が、灯葉の周囲のすべてをかき消していた。

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