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そよぐサザンカは葉を伸ばす  作者: ヨダカ
6/26

最悪のコンビ

「そういえば」

「…?」

「お前は何をしようとしていたのだ」

リビアは乱暴にルスバを地面に投げ捨てた。ルスバはそれと同時に大きく咳き込み始め、とにかく酸素を取り込むことに注力した。

「かはっ…何の、話ですか」

ようやく落ち着いて、ルスバが言った。

それを聞くと、リビアはコアだけとなった灯葉を見せびらかすように突き出した。

コアは仄暗く、紅の色を辺りに振り撒いていた。

「このコアに、黄金色の粉をかけただろう。コアは粉がかかった途端に異常な動きを見せた。恐らく、爆発しようとしていた」

リビアはルスバに詰め寄った。

「それに、この一連の現象にイミカが関わっているだとかぬかしていたな。説明して貰おうか。もう一度言う、あの時、お前は何をしようとしていたのだ」

ルスバは数秒黙っていた。話すべきか、話さぬべきか。

恐らく私は殺されるだろう。ならば、せめて最後にリビアにダメージを…

暗がりの中、ルスバは考えた。

別に、自分は死んでも良い。ルスバはそう思っている。彼にとって最も大事なことは、同族達が平穏な日常を送る、ということだけだった。

そのために、今は生き延びなければならない。

やがて、結論が出た。

真実を話そう。

「…結論から言いましょう。私は…」

「ちょっと待て」

リビアが遮った。彼女の瞳に不安の色が揺らいでいた。

「先に灯葉を回復させてやろう。それから、話せ」

そう言うとリビアは灯葉のコアを握り、瞼を閉じた。

朝露のようにリビアの胸が光った。目を刺す針のような、鋭い光だった。

光は胸から肩、肩から右の前腕部分へと映っていき、やがて灯葉のコアに侵入した。

バキバキと骨が折れるような音を撒き散らしながら、灯葉の身体は形作られて言った。脚、腕、胴体、頭部が再生していく。

耐え難い痛みに苛まれ、灯葉は目覚めた。コアはリビアに握られたままだった。灯葉は鎖骨から伸びる有刺鉄線に下半身を覆われ、右腕はひしゃげたままだ。完全には回復できていなかった。

「おはよう」

リビアが柔らかい声で囁いた。

灯葉はあまりの痛みに声を出せないでいた。

「は…何、何が…?」

灯葉は声を絞り出した。

ルスバはリビアを訝しむように見た。

「何故わざわざ回復させたのですか。後ででも良いでしょう」

「…正直、私はこれからお前が話そうとしていることに、恐怖を感じている」

「なるほど」

「なんとなく予感するのだ。これからお前が話す内容に、私にとって毒となるようなものが含まれているのでは、と」

「うん…まあそうですね」

ルスバは疑問を持った。確かに、これから話すことの中にはリビアにとってショックなものが沢山詰まっているだろう。それを聞くのが怖い、というのもわかる。

しかし、そのことと「灯葉をわざわざ回復させる」という行動になんの関連性があるのか、ルスバには分からなかった。

リビアは続けた。

「私は思ったのだ。聞くことが怖い」

「はい」

「どうしよう」

「えぇ」

「そうだ、他の人間と一緒に聞けば怖くない。そう考えたのだ」

「…!?!?」

そういうことか。

一人でホラー映画を見るのは怖いから、友人と一緒に見よう、と…あぁっ、そういう。

ルスバは大きく頷いた。

「なるほど、確かにわかりますよ」

「わかってくれるか」

リビアの表情は、ほころんだ。意識せずともほころんだのだ。

イミカとの日々が、重なっていた。

薄暗い空気が、少し潤んだ。


何だ、頭がおかしいのかこいつらは。こんな状況で、何、何を言っているんだ。何なんだ?

灯葉はあまりの苦しみに声を上げることすらできないでいた。そんな状態で、二人の狂人の会話を聞かされているのだ。

地獄でしかなかった。

常に意識が薄れた状態で、足をばたつかせ、なんとかして逃げようとした。

駄目だ、逃げられない…

そんな中、ふと「本題に入ります」という声が聞こえた。あやふやだった意識が一気に覚醒し、空気の質感さえも敏感に感じることができる。

ルスバは口を開いた。

「結論から言います。私は灯葉さんのコアを爆発させて、私と灯葉さんもろとも貴女を消し飛ばそうとしました」

灯葉に衝撃が走った。

俺もろとも…?

ルスバは灯葉に視線を移した。

「灯葉さん、今まで貴方には沢山の嘘をつきました。私は貴方と同じ日に、この世界の異変に気がついたと言いましたね。あれは嘘です。私は産まれたときからこの世界の異変に気がついていました」

?、意味がわからない。これにはリビアも眉を潜めた。

「異変というのは、フルセルがこの訳の分からない世界に変わってしまったということだろう。それに産まれたときから気づいていた?何を言っているのだ。この異変は二日か三日ほど前に起こったことだぞ。それを産まれたときから…?」

「私には『世界の』未来が見えます。人間の未来ではなく」

リビアは口をぽかんと開けた。

「何を…?」

ルスバの背後に宇宙が見えた。

リビアは不思議な感覚に陥っていた。先程まで、私が主導権を握っていたはずだ。しかし今は、もうこの男の手のひらの上だ。

ルスバは自分の右目を指差した。

「私は左目でこの世界を、右目で神を見ることができます」

灯葉は地面に落ちた。リビアがあまりの衝撃に、コアを握っていた手を離したのだ。

「少しだけ、見せてあげましょう」

私の右目を見てください、とルスバは言った。灯葉はうずくまりながら、右目を見た。視線が引き寄せられたような感覚があった。

リビアも同様だった。強大なはずの自分の存在が、余りにも小さく…


何かが見える。

白でも黒でも、何でもない。色がない。

形もない。

ただそこに有る。否、最早有るのかどうかすらも疑わしい。

それ程に繊細で、雄大で、あまりにも恐ろしくて、あまりにも優しくて…

わからない、何もわからない。

一つの感想を持った瞬間、それとは対極の感想に塗り替えられる。

しかしただ一つ、確かなものがあった。

美しい。

知らず知らずの内に、言の葉が一枚舞い降りた。

それは理解不能そのものが、生物にくれた理解の断片だった。

「ジレカクドポカ」


「はっ」

リビアは呆然と目の前を見つめていた。

灯葉も同様だった。

忘れられない。何度も脳内で咀嚼した。

ジレカクドポカ、ジレカクドポカ、ジレカクドポカ…

「あれは、」

リビアが恐ろしそうに俯いていた。

「なんだ」

ルスバは目を閉じた。

「知らなくても良いものです」

リビアはしばらく呆然としていた。灯葉はうずくまりながら、祈りの感情が湧き出てくるのを感じた。絶対、永遠、無限という言葉の意味を、今初めて理解した。

リビアは頭を振った。

「…理解できない」

リビアはか細い声で言った。

ルスバは頷いた。

「当たり前です。たかが時間の中で生きることしかできない私達に、理解なんてできるわけがありません」

リビアは困惑していた。それは、彼女が産まれて初めて持った感情だった。

ルスバは笑った。

「これ以上話すと、どんどん話が脱線していってしまう。なので、簡単に結論づけて私の目についての話を終わらせます」

心臓が高鳴った。

「私は右目で『神』を見ています。それは本来決して視認してはいけない存在であり、私は許されざる行為をしてしまっているのです。貴方達は大丈夫ですよ、許可を取りましたから」

許可?

「一体、お前は何なんだ」

灯葉は震えながら聞いた。

「私は、この世界のバグのような存在なのです」

この世界の、バグ。そう言われると途端にしっくり来た。

彼を常識に当てはめることはできないのだ。

「話を戻します。私は灯葉さんをまんまと騙し、行動を共にしました。爆発させるためですね。要するに灯葉さん、貴方は私にとって、ただの爆弾でしかないのです」

「おお、わかりやすい例えだな。最悪だ」

「私はフルセルで、イミカさんから悪魔の殺し方を学びました」

「待て!!!」

やはり、リビアは凄まじい勢いで震えていた。

「待て、待て、待て、待て。何故、何故イミカ…?そんな、なんで?」

「貴女を殺すために、イミカさんは研究を続けていました」

リビアは崩れ落ちた。灯葉はざまあみろと内心罵った。

しかし、すぐに待てよ、という疑問が灯葉に宿った。

「イミカはリビアのことを深く愛していたぞ。一緒に住んでいて、リビアの話になると夢中になって喋ってきた」

リビアはそれを聞くと、虚ろな笑顔を無理矢理顔に貼り付けた。

「そ、そうだよ、そうなんだ。イミカは私のことを…」

「えぇ、愛しているのは事実です。言われたのですよ、私はリビア様を深く愛している、と」

リビアは途端に元気を取り戻した。調子いいなこいつ、と灯葉は内心罵った。

「そうだ!イミカは私のことを…」

リビアは俯いた。

「…では、何故殺そうと…?」

「それはわかりません」

「なんで」

「そもそもイミカさんにあまり興味がなく、千里眼で見たりもしなかったからです」

は?、とリビアは声を漏らした。

「あんなに魅力的なのに」 

ルスバは鼻で笑ってから、右手をリビアに差し出した。

「そこで提案です」

リビアは元気なくルスバを見た。

「私とコンビを組んで、この世界のイミカがどこにいるのか探しましょう。何故貴女を殺そうとしたのか、なにかわかるかもしれません」

「何」

ただし、とルスバは付け加えた。

「もう誰も殺さないでください。私の日常を、壊さないでください」

灯葉は衝撃を受けた。

そういう狙いか。上手い。

リビアはリビアらしくなく、ため息をついた。

「…殺さなければ良いのだろう」

「ええ」

手と手が繋がれた。

今、最悪のコンビが誕生した。

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