表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そよぐサザンカは葉を伸ばす  作者: ヨダカ
5/26

魔法が蝕む令和

雲に遮られて随分薄くなった日光が柔らかに降り注ぎ、淡い影を伸ばした。

悪魔はそこにいる。

リビア。

眼の前にいる。

動けない。

俺の心臓が早鐘を打ち、体は臨戦態勢を取ったものの、脳は停止していた。

ルスバは懐から麻袋を取り出した。思い詰めたような表情で紐をしゅると解いた。

そして、真っ直ぐにリビアを睨んだ。

「リビア。今から貴女を殺します」

リビアは口を動かさぬまま、声を漏らした。呆然としている。

「なんで」

「…日常の為です」

取り出した麻袋から舞い落ちた黄金の鱗粉は、星屑のように明るかった。

「ウシュダ、という粉です。灯葉さん、前へ」

言われるがままに前へ出た。そうせざるをえなかった。極度の緊張は、俺の視界を狭めていた。

リビアはこの様子をじっと見つめている。

「イミカはどこ」

ルスバは答えず、ウシュダを強く握りしめた。ぽつりと、言った。

「ごめんなさい」

ルスバは、腕を俺の背中に突っ込んだ。

俺の胸にあるコアが、握られた。ウシュダとかいう粉がコアに振りかけられた。

「なにをする気だ」

「…爆発です。このビルがまるごと吹き飛ぶほどの」

「はっ?」



ルスバは閉じていた目を開けた。

そして、理解不能に陥った。

消えたはずの世界が、まだある。死んだはずの自分が、まだ生きている。私は、コアを爆発させたはずではないか。この建物は傷ひとつついていない。整然としている。

理解不能のまま、隣に視線を移した。

理解は最悪の形で訪れた。

リビアが、灯葉の胸に手を突っ込んでいた。

ルスバとリビアで、互いに前後から灯葉のコアを握り合っている状態だった。

まさか、防がれるとは。ルスバの額を汗が伝った。

リビアは虚ろな目をルスバに向けた。その目は、少しの疑問が宿っていた。リビアは言った。

「誰から学んだ。誰が考えた」

ルスバは暫く震え、引きつった顔でリビアを見ていた。しかし、軈てその顔に笑みが浮かんだ。悪意に満ち満ちた笑みだった。

「教えてあげましょう」

雨が再び振り始めた。曇天は日光を閉ざした。

「貴女がよーく知っている人物」

リビアは首を横に振った。

「イミカですよ」

リビアと灯葉に衝撃が走った。特にリビアの衝撃は尋常ではなかった。

「え?」

灯葉は耳を疑った。イミカの名前が、今ここで出てくるとは。

というか、ルスバは何をしようとしたんだ?全く分からなかった。

リビアは、頑なに理解を拒んでいた。

「嘘、嘘でしょうなんのために」

ルスバはリビアを睨んだまま、狂気を孕んだ笑みを浮かべた。

「イミカは、貴女を」

体全体が震え、その声は異常な響きを含んでいた。

「やめて」

「殺す気だったんですよ!!」

雲が、晴れた。後光が差した。

「やめろ!!」

リビアの背中から翼が、皮膚を食い破って突き出した。

空気は轟音を上げて、リビアを中心として勢いよく渦巻いた。

まるで台風だ。

灯葉とルスバは吹き飛び、ガラスは跡形もなく砕け散った。

「ば、ばかな」

灯葉は右手を突き出した。

ガソリンの匂いが渦巻き、エンジン音が聞こえる。

カーペットにくっきりと、タイヤ痕が現れた。

左手も突き出した。

リビアの首に何重にも有刺鉄線が巻き付き、四肢にも有刺鉄線が食らいついた。

灯葉は風に吹き飛ばされ、リビアの周りを大きく回りながら、両手を突き出した。

エンジン音が轟き、リビアに時速150キロが襲いかかった。

爆発的な音が鳴り響き、リビアは吹き飛んだ。

ガラスを失った窓から、リビアは外へ飛ばされた。

ルスバは轟音の中、叫んだ。

「畳み掛けましょう!」

灯葉は暴風の中、有刺鉄線を向かいのビルの看板へと引っ掛けた。否、引っ掛けようとした。

有刺鉄線は何か透明なものにぶつかった。

ルスバは目を見開いた。

「しまった」

ルスバは、起こすはずだった爆発から周りを守るため、バリアを張っていたのだ。

しかしその爆発が不発に終わった今、バリアはただ邪魔なだけだった。

外からはこのビルを見ることができない。しかも、バリアは防音の機能も果たしている。

有刺鉄線が、リビアに掴まれた。

「あっ」

ぐん、と信じられない力で引っ張られた。灯葉は放物線を描いて外へと飛んでいった。

リビアは飛んできた灯葉の頭を鷲掴みにした。そして、唱えた。

「クラスプ」

パァンと小気味良い音を立て、灯葉の頭は消滅した。

リビアは翼をはためかせながら、荒々しく肩の肉を掴んだ。そして、思いっきり23階にぶん投げた。

灯葉の通り道にあったデスク、ガラス、薄い壁に至るまでが、全て破壊された。

リビアは灯葉を追って23階に突っ込んでいった。

ルスバは25階からその光景を見ていた。


灯葉は丁度良くエレベーターのドアの前に倒れていた。早く回復しなければ…

身体を動かそうとするが、全く動かない。身体が身体としての機能を失っていた。

リビアは目の前にいた。

胸ぐらを掴み、舌舐めずりをすると、左手で灯葉を持ち上げ、右手を腹に強く押し当てた。

「トウコール」

半径2メートルの空間が鳴動し、絶え間なく灯葉にエネルギーがぶつけられた。

ベコン、ベコンとエレベーターのドアはひしゃげ、潰れ、遂に灯葉はドアを突き破って中に入ってしまった。

そこにエレベーターの部屋は止まっていなかった。本来一般人が入るはずのないエレベーターの部屋の外側である。

エレベーターの部屋は13階に止まっていた。

灯葉はエレベーターの錆びた天井に落下した。

リビアは灯葉の側に降り立った。翼が窮屈そうに壁に押し込まれていた。

リビアは灯葉をまたいで立った。

両手を重ねて灯葉に向ける。

灯葉は逃げようとするものの、動くのは薬指だけだった。

「これは罰だ」

リビアの顔は上気していた。

「キグティール」

真っ青な槍が灯葉の四肢を貫いた。灯葉は本当の意味で動けなくなった。

「キグティールというのは、『処刑前』という意味だそうだ。悪趣味だと思わないか?」

リビアはしゃがみ込み、灯葉のコアを優しく包み込んだ。

シャボン玉の様な膜がコアだけを包んだ。

「これで、死ぬことはない」

リビアは立ち上がった。

「容赦なくいたぶれるというわけだ」

轟音が轟き、エレベーターは破壊された。灯葉は下へ吹き飛んだ。

「ロクガル、サキガラス、アキュトア、マルトルスア、トスパロウ、ニーニルア」

一音一音呟く度に、轟き、吹き飛び、壊れた。ビル全体が波打つように唸り、遂にガラガラと音を立てて崩れてしまった。

しかしここまでやっても、周りの人々は気づかなかった。ビルの異変に気が付かなかった。 

ルスバの張っていた、不可視、防音のバリアが、完全に裏目に出てしまったのだ。 

エレベーターの最下層であるエレベーターピットまで落ちた灯葉は、最早原型を留めておらず、辛うじてコアのみが残っているという悲惨な状況であった。

リビアはゆっくりと下降していった。翼が壁に引っ掛かり、擦れた。

「はー…早く元の世界に帰りたい。ここは何処なのだ。早くイミカに…」

灯葉の姿を見て、思わず笑みが溢れた。

「いいザマだなぁ、灯葉…」

コアを拾って眺める。

「手のひらサイズか…フッ、これならポケットにも入りそうだぞ」

そこまで言って、衝撃を受けた。

なんてことだ、その発想はなかった…

イミカをコアだけにして、持ち歩くという発送は!

「ありとあらゆる拷問をイミカに仕掛けてきたつもりだったのだが…」

悔しげに唇を噛んだ。

「まさかこんなアイディアが…しかも単純。なんて素晴らしい…イミカを持ち運びだと…?」

震えた。

一刻も早く、イミカに…

次の瞬間、首に鉄が突き刺さった。

「かっ、なに」

ルスバだった。23階まで降りて、エレベーターに飛び入ったのだ。

ルスバはリビアの首にコアらしきものを見つけていた。

肉を切り開くと、薄く光る六角形があった。

「死ねっ…」

ナイフを振り下ろした。

金属音が鳴って、コアが割れて、砕けて、散った。

「…なんで」

リビアは笑った。

「甘かったな。ダミーだ」

首根っこを掴み、壁に叩きつけた。

「私にコアなどというものはない」

灯葉はじわじわと回復していた。

しかし、遅い。

このままだと日が暮れてしまうほどに。

「罪を犯したものには、罰が降りかかる」

暗がりで、リビアは目を細めた。

「死ね」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ