回想
一つのベッドに一組の人間が安らいでいる。一人の女性がもう一人の女性の太ももの上に頭を乗せるそれは膝枕の体制だった。ベッドの側には小さな炎が、蝋燭の上に行儀よくささやかに揺れていた。明かりはそれだけだった。
「リビア様、私は蝋燭を見ていると、時々ぼんやりとした不安に包まれるのです」
リビアは、自らを膝上に休ませながら語り始めたイミカをじっと見つめた。衣服を纏わぬイミカの太ももに、リビアの後頭部の体温はゆっくりと溶けていった。
「よく言うでしょう、人の命は儚いものだと…それを蝋燭から感じ取ってしまうことも不安の一要素であるのかもしれません。しかし一番の不安は…」
リビアはイミカの腰に手を回した。イミカはリビアの頭を撫でながら、蝋燭を眺めた。
「この炎のように、我々は根本的に変わることはできないのではという不安です。この炎のように、一生蝋燭の上で燃えるだけ燃えて、消えていくのではと…私は、永遠にリビア様と共に過ごしたいのです。それも叶わず、ただただ私は、このまま死んでいくのではと思ってしまうのです。それが怖くて。…それに、私が死んでしまえば、リビア様は…」
リビアは小さく笑って、言った。
「そう、君の知る通り。私は死ぬことができないのだ。あの忌々しい星が爆発でもしない限りね。つまり、君が死んだら私は永遠に独りだ。…正直そうなったら私はどうなってしまうのか、想像すらできない。大宇宙の果ての果てを想うときを思い返せばわかる、我々は想像すらできないものに恐怖する。自己の存在すら疑わしくなり、世界が朧気に揺れるその瞬間を恐ろしいと思う。私も怖くてしょうがないよ、イミカ」
言い終えると、リビアはゆっくりと起き上がり、優しくイミカの身体を横たわらせた。イミカは夢を見るような表情で、リビアを愛おしげに見つめていた。
「ねぇイミカ、時々こう思うんだ…私を根本的に変えることができないのならば、世界を変えてしまえばいい」
リビアは更に顔を近づけた。イミカの火傷痕を指で滑らかに伝い、白い腹の筋を人差し指でなぞると、腹筋は微かに痙攣した。リビアの興奮はいよいよ最高潮へと向かっていった。
「イミカ、蝋燭の炎だって動くことができるよ」
リビアの意外な返答に、イミカは眉を少し動かした。
「他の物に燃え移れば良いんだ」
木造の鄙びた空気を纏う家は、月の明かりのみに仄かに照らされて、ただそこに佇んでいる。
例えば、蝋燭が倒れて炎が飛び散り、まるで初めからそこにあったかのように床に燃え移る。炎はインクの染みのように三次元の紙面へ滲んでゆき、広がって広がって、遂に壁にまで接触する。そこから先は早いもので、炎は飛び上がって天井に頭をぶつけ、家をまるごと、ゆっくりと蝕んで、最終的には飲み込んで行く…
視界に収まりきらないほどに巨大化した炎は、天へと向かって慟哭を上げる…
炎は愛で、家は世界だ。
「イミカ、きっと世界を燃料にして、私達の愛は加速していくのだよ」
ベッドが軋んだ。
風は鳴いた。