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そよぐサザンカは葉を伸ばす  作者: ヨダカ
最終章
18/26

閑散としたシアターで

『異様に長い両腕を地面に垂れ下げ、それの目からは止めどなく黒い液体が流れ出ていた。身体全体にヒビが入って、作り物のような奇っ怪さを醸し出していた。白髪と黒髪が入り乱れた長髪で、そのさまは人外としか言いようがなかった。

そんな姿をした悪魔を、貴女は「灯葉君」と呼びましたね。一体全体、どうやって識別したのです。』

ドロイトの頭の中に、声が流れ込んでくる。どこかで聞いたことのある声、父さんだ、お父さんの声がする…

ドロイトは足元から有刺鉄線が這い上がってくるのを感じながら、言った。

「やめて、その声はやめてください」

『私の声は、どのように聞こえますか。きっと貴女にとって一番大事な人の声に似ているでしょう。しかし、その人はもう死んでしまっているのです。私の声は、貴女が一番大事に思う、生を失った者の声です。』

神様の姿が変わっていく…

霧のように朧気に舞って、少しずつ形作られていく…

その姿は…

『そして私の姿は、貴女にとって一番大事な、生をまだ失っていない人の姿に見えるでしょう。私の姿は、貴女が一番大事に思う、生を失っていない者の姿です。』

灯葉となった神様は、にこやかに微笑んだ。

「こちらへ来てください」

灯葉は手をゆっくりと差し出した。

「この先にきっと、楽園があるはずです」

ルスバはこの異常事態に、神様を見つめた。約束が違う。こんなこと許されるはずが…


ルスバと神様は、生まれたときから繋がっていた。

一つの目で現実世界を、もう一つの目で神様を見ることができるのだ。

意識を集中させることで、神様の世界に入ることもできた。神様は初めてルスバを見たとき、異常な程の喜びを見せた。なぜかとルスバが聞くと、神様はずっと孤独だったと言った。

その「ずっと」は想像すらできないほどに「ずっと」で、永遠に限りなく近い時の中で神様は一つの真実を知ったという。

『ルスバ、この世で最も辛いのは「何もない事」なんだ。喜劇だとか悲劇だとか、惨劇だとか。いろんな言葉がこの世にはあるけれど、一番恐ろしいのはいつまで経っても劇が始まらないことなんだ。暗くなった劇場で、延々とスポットライトを望み続けることなんだ。』

ルスバはその言葉を聞いたとき、感銘を受けた。確かにそうかもしれない。そしてそんなことを経験してしまった神様を哀れんだ。

『ルスバ。私が一番大好きなのはね、悲劇の後の喜劇だ。冬があると、春が一層輝いて見えるだろう。あれを私は、全人類に見せてやりたいのだ。』

純粋なその願望から、神は恐ろしいものを生み出した。

悪魔という存在だ。

傷つけば傷つくほど、壊れれば壊れるほど強くなり、人間から更に離れていく。

すなわち、悪魔とは悲劇そのものなのだ。


ルスバは本当の灯葉を見た。変わり果てた灯葉を見た。

ここから、喜劇に転換する未来が見えない。

地上ではリビアが本格的に動くはずだ。そうなればおしまいだ。

ルスバはドロイトを見た。そして、目を見開いた。

ドロイトは神様の手をとっていた。

一番大事な人の声と姿となった神様を選んでいた。

神様はまた微笑んだ。

「行こう」

ルスバは再度本物の灯葉を見た。

「灯葉さん」

「…」

「灯葉さん」

「…もう」

ルスバは仰天してしゃがみ込み、灯葉に近づいた。

「喋れたのですか、なんです、もう一度言ってください」

灯葉はしばらく黙った後、はっきりと言った。

「もう、嫌だ」

嫌になった。

ルスバは底なしの沼にはまった気持ちになった。

「気づいたんだ」

「何にです」

「兄が、人として、壊れていたということにだ」

「兄?兄がいたのですか。詳しく聞かせてください」

灯葉は何も言わず、俯いた。

ルスバはこのとき、初めて確信した。

間違っている。

「神よ、私達は一体何処で道を違えたのでしょうか…?」

ルスバはゆっくり立ち上がった。目に、僅かな光が揺らめいていた。

それはこの世で最も強大な、執念という希望の光だった。

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