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やがて英雄になる  作者: 久我尚
序章
2/42

02 出会い

 異端。それは聖教国が定めたこの世に存在してはならない者、事象、物体、概念。その存在は最終的にこの世に生きる全なる生物たちを汚し滅ぼす。故にいてはならない。存在が許されない。

 だから殺す者たちが現れた。

 執行者。天神の名の下に異端を刈り取る者。聖教国によって作られた組織、執行機関『アンゲルス』に属する者たちの総称。影の存在である彼らは聖教国の守護者たる輝かしい聖騎士たちとは違い、表に姿を表すことはない。ただ命令に従い粛々と異端を殺す。

 俺を拾ったのはそんな執行者である男女だった。男の名前はイナニス、女の名前はノレア。どちらも執行機関の幹部であり、あの日村に現れた黒い異形を追っていたらしい。

 そんな彼らに拾われた俺は執行者になった。戦闘の経験はない。そんな世界で生きていなかったから。だからノレアが俺に教えてくれた。戦い方を、生きる術を。


 

******

 


 「起きろ、シン」


 名前を呼ばれて瞼を上げる。

 なんの模様もない真っ白な仮面が俺を覗いていた。表情はわからないけど、仮面の下に不機嫌そうな顔があるのは目に見える。


 「着いた?」

 「まだ。でももうすぐだ」

 「了解」


 俺を起こしたのは仮面で顔を覆っている少女。名前はティア。

 執行者は2人、あるいは3人でチームを組むようになっている。ティアは俺のチームの1人だ。もう1人メンバーにティアの双子の姉であるフィアがいるが、今回は他の仕事があって来ていない。まあ今回は戦うわけではないし問題はないはずだ。


 「仮面、外したら?」

 「やだ」

 「なんで? 誰もいないのに」

 「他の車両にはいるだろうが。万が一でも見られたら困る」


 ティアが仮面をしてるのは仕方なくだ。隠さないといけない理由がある。


 「残念。せっかく綺麗な目してるのに」

 「…………」


 仮面の下にあるティアの瞳は赤と青のオッドアイ。宝石みたいでとても綺麗だ。


 「……そういうのはフィアに言ってやれよ、アホ」

 「どうして?」

 「さーな。自分で考えろ」


 考えてもわからないから聞いたんだけどそれを言ったら殴られるから言わない。


 「ん、見えた」


 窓から外に目を向ける。見えたのはこの魔力列車の終点、俺たちの目的地である白亜の塔。100年前の第二次天魔大戦の英雄にして『超越者』の1人、ウォレスが眠るとされている場所だ。


 「大陸の端っこまでわざわざ来させられてやるのが結界の延長だけって、何でわざわざ私たちがやるんだよ」

 「ノレアが言うには俺に剣を見てもらいたいらしいけど」


 塔の下、ウォレスが眠っているとされている場所には剣がある。

 ただの剣ではない。神々が残した武具、『神器』。その中でも最高位と言われる天神アイテールの武具『十二神器』の一つだ。

 聖教国の管理する神器であり、これは誰も手にできないよう魔術で結界が張られている。けれど封印は永続しない。摩耗する。ましてや強力な力を持つ神器の結界となれば尚更だ。だから結界を更新する必要がある。今回任された俺たちの任務はそれだ。更新自体は難しくはない。塔を守護する聖教国の騎士たちに気づかれないようにしないといけないのが面倒なだけぐらいだ。


 「お前1人で行けよ」

 「今更言っても仕方ないよ。というかティアは優しいから1人で行くって言っても着いてきてくれたでしょ」

 「なわけあるか」


 そんなわけがある。ティアはすごく優しい。言動は荒いけど。


 「──あの」


 ティアじゃない少女の声が鼓膜を揺らす。声の主はすぐ横にいた。俺と同い年ぐらいの黒髪の少女だ。珍しい。黒髪の人間なんて滅多に見ない。これまでに出会った中で黒髪だったのは俺以外じゃイナニスぐらいだ。が、正直そこはどうでもよくて、それよりも気にしなければならないことがある。……声をかけられるまで存在に気づけなかった。


 「なに?」

 「今会話に出てた剣の話……詳しく聞かせてくれませんか?」


 そう言う少女の声音は不安そうだった。俺に怯えているというのもあったのかもしれないけど、なんというか言葉が通じているかどうかレベルの不安を感じているように俺には見えた。流石にそんなわけがないだろうけど。


 「どうして?」

 「その剣に触れないといけないんです」


 触れたい、か。聖教国の人間じゃないな。いや、流石に短慮か。でも少なくとも国教であるアイテール教の信徒ではない。信徒であれば神の遺物たる十二神器に触れようだなんて言うわけがない。

 であれば何者だろうか。俺が感知できなかった時点で只者ではないのは間違いないが、判断材料が少なすぎる。困った。ティアの方をチラッと見るといつでもぶん殴れるぞって体勢だった。落ち着いてほしい。


 「あれには触れないよ。国宝だから聖教国の騎士たちが守ってる」

 「そう、ですか……」


 諦めたように言葉を吐き出した少女は礼儀よく頭を下げ、別の車両へと歩いて行ってしまった。俺はその背中を見送った。見えなくなるまで眺めていた。


 「一目惚れか?」

 「どうして?」

 「お前がいつもは他人に無関心だからだよ」

 「そんなことないと思うけど。ティアのことはよく見てるし」

 「お前ほんとキモいな」

 「流石に傷つく」

 「傷ついてろ。大体よく見てるなんて言うけど最初の頃は見向きもしてなかったからな」

 「確かに」


 今は毎日顔を合わせるし家族のようなものだからそんなことはないけど、言われてみると確かにチームを組むまではティアもフィアもどうでもよかった。

 そう考えるとやっぱり俺は他人に無関心なのかもしれない。けど、そうだとして、今のは何だったんだろう。いつもの俺ならならすぐに少女の背中から視線を外していたんじゃないだろうか。

 興味がある?

 ああ、多分そうだ。俺はあの少女に興味がある。

 同じ黒髪だから? いや違う。髪の色なんてどうでもいい。

 容姿に惹かれた? 確かに顔立ちは整っていた。だが、ノレアほどではない。

 じゃあ何だ。わからない。わからないけど、なんとなく嬉しいような気がする。あの少女に会えたことが俺は多分嬉しい。


 変な感じだ。


 

******

 


 執行者というのは基本的に誰にも知られずに任務をしなければならない。それは同じく聖教国を護ることが目的のアイテール騎士団に対しても変わらない。上の立場の者たちは知っているだろうが、殆どは俺たちの存在を知らない。俺らは影なんだ。

 今回も同じ。白亜の塔を警備する騎士たちにバレてはいけない。だから夜に忍び込む。

とは言っても時間がまだある。ようやく日が沈む頃だ。


 「宿で休んどくか?」


 ここは辺境の村。大陸各地に七本ある白亜の塔のうちの一本と十二神器以外には何もない。ある時期になるとアイテール教の信徒たちによる白塔巡礼という行事で人が結構集まることはあるらしいけど、その時以外はただの静かな田舎だ。時間を潰す場所がない。強いて言うならすぐ近くに海があるみたいだけど、海に行ったところでどうしようもないし、そもそもティアは海が嫌いだ。となると宿で寝るぐらいしかやることがない。……少し前の俺であればそうしていた。


 「ティアは休んでていいよ」

 「お前は?」

 「俺はちょっと行きたいところがある」


 というわけで俺が向かったのは村から少し外れたところにある海の見える崖だった。別に何があるかでもない。さっきも言った通りこの村には何もないんだ。ならなんでこんなところに来たのかというと、彼女の姿がこっちの方に歩いているのが見えたからだ。


 「あれ、あなたは……」


 崖には黒髪の少女が座っていた。どうやら夕日を見ていたらしい。声をかける前に俺の存在に気づいてくれた。


 「どうしてここに?」


 一瞬、敵意を感じた。

 確かに少女から発せられたものだったが、表情と感情が一致していない。


 「ここに向かってるのが見えたから来てみた」


 中に何かいるのか?


 「変な人ですね」

 「よく言われる」


 ふふ、と少女は笑顔を見せる。無理やり作ったものではなさそうだった。でもその表情の中には悲しみがあった。


 「お隣、よかったらどうぞ。気持ちいいですよ」


 言われた通り隣に腰を下ろした。が、どうしたものか。何を話せばいいんだろうか。わからない。なので少し考える。そして少しの沈黙を隔てて口を開いた。


 「俺はシン。名前、聞いてもいい?」


 とりあえず名前を聞いてみることにした。


 「……レンです」

 「レン、か」


 いい名前だ、と思う。


 「なんで聖剣に触りたいの?」

 「────」


 その問いを聞いたレンは俺の方を見た。言葉はない。俺の中身を見るようにして、ただ目を向けてきていた。


 「……多分信じられない話だと思います。それでも、聞いてくれますか?」

 「いいよ」


 それでも知りたい。気になってしまう。


 「──この世界の他に、世界があるんです。私はそこから来ました」

 「この世界の住人じゃないってこと?」

 「はい」


 ふざけているわけじゃない。嘘をついている様子はない。となると真実を言っているか頭がおかしいかの二択になる。


 「どうしてこの世界に来たの?」

 「私にもわかりません。覚えてないんです。気づいたらこの世界にいて、何もわからなくて、でもウォレスさんの剣に触れれば何か状況が変わるかもしれなくて……って、信じられませんよね。こんな話」


 わかりきっている。彼女はそんな顔をしていた。経験があるのかもしれない。それも一度だけじゃなくて何回も。そう言った表情だった。最初に話すかどうかの躊躇いがあったのはそこに理由があるんだと思う。

 でも俺はレンの話を信じている。全くもって疑っていない。なぜなら、


 「いや、信じられるよ。俺も他の世界から来てるから」

 「…………えぇ!?」


 立ち上がるぐらい、というか実際に立ち上がって……いや飛び上がってか。そのくらいレンは驚いていた。


 「ほ、本当ですか?!」

 「うん。来る前の記憶はほとんどないけど、6年前に日本ってところから来てるはず」

 「日本って私と同じです!! 私は東京から来ました!」


 同郷らしい。すごく喜んでる。


 「本名は砂守蓮です。頑張って受験勉強して最近高校生になったんです! それで友達ができてきて、授業が意外と面白くて、あ、弟も中学生になって、ご飯食べてる時に色々と学校のお話をしてくれて、あとその時食べてたお母さんのハンバーグがすごく美味しくて、それで、えっと、えっと……」


 続く言葉はなかった。そのかわりに彼女の瞳からは涙がこぼれ落ちてていた。

 なぜか泣いている。

 レンは自分が泣いていることに気づくと慌ててそれを拭って、笑った。


 「ご、ごめんなさい……! 勝手に涙が出てきて……なんで、だろ……」


 本人も何で泣いているのかわかっていないらしい。不思議だ。


 「悲しいの?」

 「それも、あると思います。でも、多分、それだけじゃなくて……、嬉しいんです」


 確信はなさそうだった。


 「なんで?」

 「1人、だったから。頼れる人がいなくて、誰もわかってくれなくて、心細くて、寂しくて、辛くて……っ!」


 堰き止めていたものが決壊したようにレンの口から言葉が吐き出される。そして、


 「でも、あなたに会えた。私と同じところから来た、あなたに会えた。だから、すごく嬉しいんです」


 また笑顔を見せた。

 泣きながら、レンは笑った。


 それからレンが落ち着くまで少し時間を置いた。宿のティアを心配させるかもしれないけど、もうちょっと待ってもらおう。


 「シンさんは6年もここにいるんですね」

 「うん」

 「寂しくなかったんですか?」

 「いつも周りに誰かいてくれたから、特には」


 この世界に来てすぐに俺はとある家に拾われた。いい人たちだった。本当の家族のように接してくれて、俺も本当の家族のように思っていた。けどあの日みんな死んだ。

 それからすぐにイナニスとノレアに出会って今に至る。思えば1人の時はなかった。だから寂しいと感じたことはない。俺は運がいい。恵まれている。


 「あぁ、そうだ。俺と一緒に来る? 住む場所ぐらいなら提供できるよ」

 「え? いいんですか?」

 「いいよ。今住んでるところ部屋ならいくらでも余ってるし」


 怒られるとは思うけど、無理を言ったら部屋を貸すぐらいは許可してくれると思う。


 「本当に、ありがとうございます。そこまでしてもらえるなんて……」

 「気にしなくていいよ。さっそく明日連れて行くけど、剣は大丈夫?」


 ウォレスの剣に触りたいと言っていた件、忘れてはいない。


 「……シンさんは元の世界に帰る方法、知ってたりしないですよね?」

 「しないね。レンは帰りたいんだ」

 「はい。家族がいるので。シンさんは帰りたくないんですか?」

 「記憶がないから。元の世界に行っても帰る場所がない」


 その言葉に対してレンが見せたのはなんとも言えない複雑そうな表情だった。

 俺は人の感情を読み取るのが苦手だ。ノレアに言われて色々な人と話すようにしてきたけど、それは変わらない。だからレンの今抱いてる感情はわからない。


 「で、話戻すけど、なんで剣に触りたいの?」

 「元の世界に帰るためです。ウォレスさんの剣に触れれば──」


 瞬間、爆発音が轟いた。背後からだ。


 「煙……」


 村の方から黒い煙が上がっていた。ただの火事というわけじゃなさそうだ。


 「何が起きてるんですか……?」


 具体的には俺もよくわからないけど、知ってる気配は感じ取れてる。


 「レンはここにいて。俺が行ってくる」

 「ま、待ってください! 私も行きます!」

 「危ないよ。ここなら多分安全」

 「行かせてください」


 強い意志を感じた。ダメと言ったところでついてきそうだ。なら仕方ない。1人ぐらいなら守れる。俺はレンと共に村へと向かった。

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