マイ・アンカー
君という錨だけが、俺をこの世界に繋ぎ止めている。
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ずるずる
ずるずる
「――もー……はなしてよ」
「……やだ…………」
わたしより一オクターブ低い声で、きみは呟く。
消え入りそうな、それでいて決して折れることのない返答に、わたしはいい加減むっとして手を振りほどいた。
「こっちだって、やだ」
一瞬まるくなったきみの瞳が、ゆっくりとしずむ。
いつもは気圧されそうになる眼差しなのに、今日は何故だかずっとこんな調子だ。お蔭さまでどこにも出掛けられやしない。
わたしより随分と大きな身体を折りたたんで、きみは足元にうずくまった。
「――ねぇ、どうしたの?」
さすがにそのままにするのも忍びなくて、黙ってしまったきみに尋ねる。
暫くの沈黙の後に、きみがぽつりと答えた。
「……音が聴こえるんだ」
「音? なんの?」
「――世界中が、俺から一気に遠ざかっていくような、そんな音」
「それは――いつも?」
どう返したらいいかわからず、苦し紛れに問いを投げる。
「――たまに」
その問いを拾って、きみはわたしを見上げた。
「だから、俺がどっか行っちゃわないように――手、繋いでてよ」
「……なにそれ」
全く、意味がわからなかった。
でも、どっか行かれたら困るから。
わたしはしかたなくきみの手をつかんだ。
若かりし頃を思い出しながら書きました。自分だけが世界に取り残されているような気持ちになったこと、ありませんでした?