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ロサンゼルス近郊活人事件

作者: 髙橋英昭

         ロサンゼルス近郊殺人事件


                          

 二〇一八(平成三十)年八月二〇日夕刻、岡山祐介は、ロサンゼルス国際空港で、偶然、山田はるかに出会った。

「おお、山田、久しぶり」と声をかけると、「え?」彼女は振り返った。「私、山田じゃありませんけど」と回答がきた。

「我孫子高校で一緒だった山田じゃないのか?」

「もうとっくに結婚して、今は吉井はるかです」

「ああそうか。ところでロスには何しに来たの?」

「ちょっと知合いがいますので、久しぶりに会ってきました。ところで岡山君は?」

「一仕事終わったので、今からゆっくり帰るところだ。どうだ、お茶でも?」

「いいえ、出発便の時間がありますので遠慮しておきます」

「あそう。じゃあお元気で」

「岡山君もお元気で」

 二人は違う方向へ別れた。


 その日の夜、テレビのニュースで次のとおり報道された。

「本日、カリフオルニア州のシミバレーで、強盗殺人事件が発生しました。被害者はシンガポール人のリム・チャック・キム(七十二歳)と、彼の妻のリリアン・キム(六十五歳)です。二人ともナイフのようなもので急所を刺され、室内は荒らされた跡がありました。強盗殺人事件として、ロサンゼルス市警察から担当官が現地に向かっています」

 

 シミバレーとはアメリカ合衆国カリフオルニア州のロサンゼルス近郊の都市だ。同州の南部ベンチュラ郡の南東隅に位置する。ロサンゼルス市との間には、サンフェルナンド・バレーがある。面積は一〇二・二キロ平方メートル。東京ドームの二一四倍。人口は一二・四万人の都市である。

 シミバレーは、二〇〇四年に死去した、元大統領ロナルド・レーガンが葬られているロナルド・レーガン大統領図書館があるところとして知られている。

 

 ロサンゼルス市警察刑事部強盗殺人課の警部ヴィンセント・サム(四八歳)とジム・ランバート(三〇歳)が、約四十マイル(六十四キロメートル)離れたシミバレーに急行した。八月なのでめっぽう暑い。

 現地に到着し、早速被害者を検分する。胸と腹に深い刺し傷あり、出血多量のため死亡したと考えられる。直ちに検視官を呼ぶ手続きを取った。

 室内はめったやたらに荒らされ、丁度買い物に出かけていたフイリピン人のメイドによると「金庫に保管していたお金と貴金属が全て無くなっています」とのことだ。

 

 ヴィンセントとジムは署に帰り、検死の結果を聞く。

 死亡推定時刻は八月二十日の午後二時から四時の間。死因は二人とも胸部、腹部の刺し傷による失血死とのこと。

 事件当時メイドは外出していたので、広い邸宅に夫婦二人しかいなかった。

 広大な敷地に各々大きな邸宅が建っているので。目撃者はいない。ただ近所の人が、同日ほぼ同じ時間に、彼らの自宅前に黄色いレンタカーらしき車が停まっていたとの証言があった。勿論車種やナンバーなどは分からない。

 早速ジムが、シミバレー、サンフエルナンド・バレーおよびロスアンゼルスの主なレンタカー業者を当たったが、ただ「黄色い車」というだけでは、手掛かりらしいものは何らつかめなかった。

 ヴィンセントは、夫婦二人にかなり抵抗した跡は見られたが、シミバレーでもかなり奥まった場所に建っている彼らの自宅に招じ入れているところをみると、知人の訪問を受けたもようだと推理した。

 その知人が犯意を持って、まず争ってリムを、次にリリアンをナイフで刺したものとみられる。

 そこでヴィンセントとジムは、リムとリリアンが一体いつからシミバレーで生活を始めたのか、それ以前はどこに居たのか、親戚、知人、友人などはいないか捜査を始めた。

 それは、メイドへの聴取や、地元の警察署、不動産会社など約二週間もかかった。

 

 ところが、話は分からないものである。不動産会社の販売記録や妻のリリアンが勤務先の保険会社へ提出した書類などから次の事が判明した。

 〇 二人がシミバレーに住み始めたのは三年前。新築された住宅を購入して、

   フイリピンから呼び寄せたメイド(四十八歳)と三人で生活を始めている。

 〇 リムがシンガポール人であり、リリアンがフイリピン人なので、米国に

   は親戚、知人は殆ど居ない。

 〇 米国に来る前二人は、日本に住んでいた。

とのことだった。

 そこでヴィンセントは、三年間のシミバレーでの生活で、何か不審な事が無かったか、不良・浮浪者に付きまとわれるようなことは無かったか、地元警察の協力も要請し、徹底的な捜査を開始した。

 九月に入っても、シミバレーは三十度を超える暑さが続く。汗だくになりながらヴィンセントもジムも、シミバレーの豪華な邸宅街をくまなく聞き込みに回った。

 捜査開始後二カ月が経過したが、地元では一向に不審者や不良、浮浪者などのおかしな行動についての情報は得られなかった。ただ「黄色のレンタカー」だけだった。

 レンタカーとなると、シミバレーにも、サンフエルナンド・バレーにも、各々数社のレンタカー会社があるが、ただ「黄色」というだけでは、数も結構多く、余りにも漠然としている。

 そこでヴィンセントは、日本から搭乗してきた犯人が、ロスアンゼルス国際空港から、黄色いレンタカーを借りて、シミバレー迄乗りつけたのではないか。そして強盗殺人事件を犯して、又ロスアンゼルス空港へ引き返したのではないかと推測した。

 被害者夫婦がシミバレーに移転してくる前は、日本に住んでいたということ

から、ヴィンセントは、インターポール経由、日本の警察庁に、事情を説明し、両名の日本滞在に関する情報を調査して貰うよう依頼した。

 インターポールに対し、日本から外国へ捜査共助を要請しているのは、年間五〇〇件程度であるが、逆に外国から日本に捜査共助を要請してくるのは、その倍の年間一〇〇〇件に上る。従って窓口の警察庁は、対応に忙殺され、期待される成果を出すのは、簡単なことではない。

 今回も待てど暮らせど日本からの捜査情報を入手できず、ヴィンセントとジムは焦燥感に駆られていた。

 警察庁では本件について曽根警部と山越警部補に担当させ、捜査にあたらせた。

 

 三カ月ほど待たされたあと、日本側から次の情報を入手した、

  〇 リムとリリアン夫婦は一九九五(平成七)年三月から二〇〇〇(平成十二)年八月まで五年五カ月日本に滞在した。

  〇 住所は東京都世田谷区〇〇町△△番地であった。

  〇 その間リムは、シンガポール銀行の日本支店に勤務し、リリアンは主婦の傍ら近所の主婦達にケーキの作り方を教えていた。

  〇 リムは大のゴルフ好きで、友人達と一緒によく東我孫子カントリークラブなどでプレーし、プライベートなゴルフ会である「我孫子会」に入会して個人生活も楽しんでいた。

  〇 日本に滞在していた期間は、友人も多くできていたもようだし、何ら不審な動きや、怨恨、恋愛沙汰などの問題は見あたらない。

 これを受けてヴィンセントは考え込んでしまった。

 三年間の米国における生活に、強盗殺人に結び付くヒントが何もないとすると、日本に滞在した五年五カ月の間に何か原因があると思うが違うだろうか。

 それとも日本に滞在する以前の、シンガポールまでたどってゆかねばならないのだろうか。いやそれは話が遠すぎるように思う。

 

 その内ジムが変なことを言い出した。

「シミバレーでは奥さんのリリアンが保険会社で働いていましたが、旦那のリムは、別に仕事もせず、定年後というのは分かりますが、アメリカまで来て悠々自適のゴルフ三昧の生活を送っていたとのことでしたね。

 するとリムは、シンガポールで銀行勤めを始めて、日本で駐在員として手当を貰って働き、退職金まで含めると、かなりのお金を持っていたことになりますね」

 

 それを聞いてヴィンセントの目が光った。

 早速又もやインターポール経由、日本の警察庁に要請が飛んだ。

「リムのゴルフの友達やリリアンの隣近所の人達へも話を聞いて欲しい」

 警察庁では、曽根警部と山越警部補に指示して、リムについては我孫子警察署に対して更に深堀り捜査を依頼し、リリアンについては、世田谷警察署に隣近所を詳しく聞き込んで貰うよう依頼した」


 あっという間に一カ月が過ぎた。

 十二月も終わりに近づいた頃、世田谷警察署の警官よりひとつの情報が伝わってきた。

 リリアンが教えていたケーキ作りの隣人の中に、吉井はるかさんという二十八歳の女性がいて、八月十八日と十九日、米国シミバレーのリリアンを訪ねて

一泊したとのこと。

「その時は二人ともお元気で、日本の友人の話とか楽しく談笑してきました。

強盗殺人事件が起こったなど全く信じられません」

 警官は更に尋ねた。

「あなたがその時期に、米国シミバレーに旅行したことを知っている方はおられますか」

「いやですね。私が疑われているのでしょうか」

「いやそうではありません。誰に対しても、何についても、必ず裏付けをとるようにと上司から教えられているからです。お答えになりにくいなら別に結構ですよ」

「そういえば、帰国便に搭乗する前、ロスアンゼルス空港で知人に会いましたわ」

「それは一体誰ですか」

「高校時代の同級生だった方です。」

「お名前は。差支えなかったら教えて頂けますか」

「岡山裕介さんです」


 この情報はロスアンゼルス市警察のみならず、警察庁、我孫子警察署まで連絡された。

 早速我孫子警察署では、この岡山裕介なる人物がゴルフのプライベートクラブ「我孫子会」のメンバーか調査したところ、常連のメンバーとして、リムともよく一緒にラウンドした仲であるという。

 岡山裕介は二十八歳。我孫子高校から中央学院商学部を卒業してから、友人と共に、今はやりのITを日常業務に反映させるコンサルティング会社を設立した。

 然し設立場所が千葉県の我孫子市で都心からやや離れていること、若い経験の薄い人間がコンサルタントをすると言っても、なかなか顧客が付かなかったこともあり、たちどころに会社は窮地に陥った。

 銀行も相手にしてくれないので、やむを得ずサラリーマン金融に手を出して、気が付いたら、返済を迫られる借金が一億円以上も溜まっていた。

 借金取りが自宅にも押し寄せてくるので、夫人とも離婚し、まさに家庭が崩壊してしまっていた。

 

 そこで我孫子警察署では彼を参考人として招致し、じっくり話を聴いたところ、「確かに八月二十日の夕刻ロサンゼルス空港で、吉井はるか(旧姓山田)さんと会いました」

 警官は「一体いつから何をしに米国まで出かけていたのかね」

 岡山「会社の仕事に関連するIT関係の展示・説明会がロサンゼルスで開催されていましたので、出席するため三日前から出張していました」

 我孫子市警察署がロサンゼルス市警察のヴィンセントに照会すると、確かにその週一杯IT関係の展示会が開催されていることがわかった。

 ここで捜査は又もや行き詰った。

 確かに岡山は事業にも行き詰まり、家庭も崩壊したので、動機は見え隠れしてきた。然しいきなり米国シミバレーまで飛んで、強盗殺人を犯すまでのプロセスが何といっても判然としないし、それを裏づける証拠も見当たらない。

 

 また二カ月が過ぎた。

 光はひょんなところから射してきた。

「我孫子会」を辛抱強く探っていた我孫子警察署の警官が、八月にリムの歓送ゴルフ会が開かれ、その後近所のバーに流れていったとの情報を得た。

 そこではリムも酒が入り、少し酩酊してきたころ「俺もシンガポール、東京と銀行に永年勤めて、もう定年になる。お金も二億円ほど貯まったので、もうあくせくせず、米国に家でも買ってゆっくり引退後の生活を楽しむ積もりだ」

と話したという。丁度その席に岡山も座っており、リムの話を聴いていたという。

 

 更にロスアンゼルス市警察では、これも辛抱強く聞き込みを重ねていたジムが、ロスアンゼルス空港のバジェットというレンタカー会社が、八月二十日朝から黄色いトヨタプリウスを一日中借りた日本人がいて、名前は岡山とは書いていないが、走行距離が八十マイル(一二八キロ)そこそこなので、丁度シミバレーへ出かけて往復するなら、ぴったりと合うという。

 早速その情報を我孫子警察署に送り、同警察署で岡山に突きつけ、「レンタカー申込書と貴殿の筆跡をチェックしようか」と持ちかけると。遂に彼はガバと机に顔を付け白状しはじめた。

 借金取りに追われ、家庭も崩壊させてしまった彼は、リムが二億円も貯めこんだという話を聞き、矢も楯も堪らず、リム夫婦がシミバレーに落ち着くや、ゴルフ仲間を良い事に、彼らを訪問し、雑談のあと、急に「金を出せ」と迫り、

リムに「自宅には無い。銀行だ」と言われると「自宅にあるだけのものを出せ」

「何もない」と揉みあいになり、その内取っ組み合いになって、岡山が隠し持ったナイフでリムの胸と腹を刺してしまった。リリアンは勝気な性格だけあって、血相を変えて岡山に掴みかかっていったが、所詮は女性である。岡山に逆に胸と腹を刺されてしまった。

 結局岡山は家じゅうを探し回り、金庫、引出し、貴重品入れからたった一〇〇〇ドル程度の現金と、リリアンの貴金属類を持ち出しただけに終わってしまった。

 思えば、ロスアンゼルス空港で「おお、山田、久しぶり」と声をかけたことが岡山にとって人生の分かれ目だったと言えよう。

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