8 喪失感
ブックマーク・感想をありがとうございました!
ヒッヒッフー!
前世ではラマーズ法を実践する日が来るとは、想像もしていなかったアリゼです。
そもそも百合好きな私にとって、男との接触は極力排除したかった。
その男との行為の結果生ずる、妊娠出産自体が完全に想定外だ……。
とにかく破水が始まったので、私は転移魔法で保健室へ移動し、当初の予定通りそこで出産することとなった。
産婆さんもすぐに到着して、万全な態勢で出産に挑めるけれど、なにせ初めての経験だ。
不安も大きい。
それに──、
「院長、頑張って!
私がついてるからね!」
こっち見んな!
ベッドに寝ている私の足下の方に、リチアが立っていた。
つまり丸裸の下半身を、彼女にガン見されている。
それに先程から職員や子供達が、入れ替わり立ち替わりこの保健室に訪れていた。
まあ、さすがに邪魔なので全員入ってくることはないが、部屋の入り口には人だかりができている。
私のことが心配なんだろうけれど、少なくとも子供には出産シーンを見せたくはないんだけどなぁ……。
つか、なんで公開出産しなきゃならないの……!?
「あの……リチアさん、恥ずかしいので、人払いをお願いします。
あなた自身も含めて」
「いや、そんなことよりも、院長は出産に集中して!」
集中できないから、言っているんだが!?
お前、私のあられもない姿を見たいだけだろ!
「お、頭が出てきた!
院長、そのままいきんでっ!」
実況すんな!
というか──、
「なんでリチアさんが、指示を出しているんですか!?
産婆さん、邪魔なら彼女を追い出してもいいんですよ?」
「いや、そんなに間違ったことは言っていないから、問題無いよ。
あんたも、親しい人がいた方が、心強いじゃろ?」
「そうだよ、院長。
みんながついているから、頑張れ!
さあ子供達、院長の応援をするんだっ!!」
「「「うんっ!!」」」
「インチョ、がんばえーっ!!」
「ガンバレーっ!!」
うおおぉい!?
これ、なんのプレイだ!?
もうやめてください、泣いてる私もいるんですよ!!
「院長……涙を流して……。
やっぱり出産って苦しいんですね……?」
シシルナ……違うんだ。
苦しいのは心なんだ……。
そもそも、どう頑張ればいいの……?
私の筋力のパラメータでいきんでも、赤ちゃんは大丈夫なの?
むしろ手加減した方がいいの……?
なるほど、分からん。
少しずつ力加減を強くするしかないのか……?
そんな風に細心の注意を払いながら出産は続き、羞恥プレイも相俟って私の精神はゴリゴリと削られていった……。
出産って大変なんだなぁ……。
いや、これは特殊な状況なのかもしれないけれど、私を産んでくれた前世の母や、キツネのママンには感謝しかない。
……それから一体どれだけの時間が、経過したのだろうか?
私にはよく分からないが、数十分のようにも数時間のようにも感じられる、長い時間の末──、
あ……赤ちゃんの泣き声が聞こえる……。
朦朧としていた私の意識に届いたその声で、赤ちゃんが産まれたのだということを理解した。
「よくやったよ、元気な女の子だ!」
産婆さんのそんな声が聞こえてきたけれど、私が今感じているのは、喜びよりも大きな喪失感だ。
お腹の中から赤ちゃんがいなくなったから──だけではない。
物理的な喪失だけではなく、まるで魂が欠けてしまったかのような感覚──。
私の中から、レイチェルがいなくなった──。
何故かそう感じて仕方がなかった。
そんな感覚が、私を苛むのだ。
「うっ……ううっ……」
私は思わず嗚咽を漏らす。
それをどう受け取ったのか、周囲の人間が「よく頑張ったね」とか励ましてくれたが、それでは私の中にポッカリと空いた穴を、埋めることはできなかった。
しかし──、
「ほら、産まれた赤ちゃんの顔を見てあげなよ!」
リチアが私の顔の横に、赤ちゃんを連れてきてくれた。
そして赤ちゃんの顔を見た瞬間、私は直感的に理解した。
喪失感の正体は、たぶん私の魂と1つになっていたレイチェルが消えたからだ。
いや、レイチェルは消えたのではない。
私との繋がりが切れただけで、この赤ちゃんに生まれ変わったんだ……!!
だって赤ちゃんから感じる気配が、私の中から消えたものと同じなんだもの。
レイチェルは、もう一度私にチャンスをくれたんだね……?
君の身体に人生を全うさせることができなかった駄目な私に、もう一度チャンスを……!
うん……うん!
今度は全身全霊をかけて、君を幸せにしてあげるよ……!!
「私の娘になってくれて、ありがとう……!
レイチェル──」
ここにきてようやく、喜びの感情が湧いてくる。
私は初めて、母親になったことを実感することができたのだった。
レイチェル復活。以前公開したスキルの中に「分裂」があったのはこれの為。ただし、「私」はこのスキルの存在を把握していないので、意図して使った訳ではなく、無意識の願望にスキルが反応してこうなったということです。
しかし当初の予定では、プロローグの次くらいでここまで持ってくるつもりだったのだけど、展開が急すぎると感じて色々と増やしたらこんなにかかってしまった……。
なお、次回は閑話になりますが、更新は明後日の予定です。