閑話 スコップは夢想するのか?
ブックマーク・☆での評価をありがとうございました!
そして今回は、需要があるのか分からない、あの人の閑話。
俺はハゴータ。
ハゴータ・ガラガングだ。
今、俺は死にかけている……。
あのレイとかいう小娘に、この何処ともしれない森に放り込まれてから、既に1ヶ月以上の時間が過ぎている。
あいつが置いていった食糧は、既に尽きた。
だから俺は自力で獲物を狩って、食料を手に入れなければならなかった。
幸いBランク冒険者の俺が手こずるような魔物の類いは、まだ遭遇したことはねぇ。
ダンジョンの魔物から比べれば、ザコばかりだ。
だが、道具も無ければ、住む家も無い。
ここは人間が生きていく為には、最悪の環境だ。
こんな野生動物みたいな生活を、いつまでも人間が耐えられる訳が無いだろ……。
はやく人里に辿り付かないと、本当に死ぬ──。
俺は焦り始めていた。
チッ、あのクソガキ!
今度あったら、絶対に殺してやるっ!!
俺はそう心に誓って、南へ、南へと進んで行った。
あれから1年は経過した。
冬ヤバイ……マジでヤバイ。
寒いし、食う物は手に入りにくくなるし、本当に死ぬかと思ったぜ。
あのガキの言葉通りに南へ向かわずに、もっと寒い北にでも向かっていたら、今頃は生きていなかったかもしれん。
次の冬には、しっかりと準備をして挑むわ……。
そろそろ4年目か……。
一人きりで延々と旅を続けていると、寂しさで頭がおかしくなりそうになる。
もう誰でも良いから会いたい……。
そしていつも思い浮かべるのは、あのクソガキのことだ。
最初は憎くて憎くて仕方がなかったが、今ではあいつの顔ですら恋しく感じてくるのだから、俺も末期だなぁ……。
でもな……あいつが持たせてくれたスコップは、結構役に立っているんだ。
解体した動物の死体を埋めたり、トイレを作ったり……生活の色んな場面で出番がある。
冬には地面に横穴を掘って、そこで寒さをしのいだこともあるし、除雪にも大活躍だ。
それに武器の代わりにもなる。
元々持っていた剣は、刃こぼれだらけになってもう使い物にならなくなったが、スコップは硬い地面を掘る為に頑丈にできているのか、武器としての使用にも耐えうる。
これのおかげで、強力な魔物の襲撃から生き延びることができた。
だからこのスコップには感謝しているんだぜ。
でも、この1本しかないから、大事に使おう……。
そうだな……剣を使っていた時よりも、「気」での強化を意識しよう。
もう6年は経ったか……。
あいつは5年も歩けば人里に辿り付くと言っていたが、未だに辿り付く気配が無い。
あいつが嘘を言っているのか、それとも俺が道を間違えているのか、それすらもよく分からねぇ……。
ただ転移魔法は、1度行ったことがある場所でないと、転移することは難しいと聞いたことがあるので、あいつがあの場所を以前から知っていたということだけは間違いない。
ならばあいつが、あそこから人里までの道を知っているのも事実だろうし、あいつの言葉が本当だと信じて、進んで行くしかねぇ……。
……というか、今まで自分が歩いて来た道が、全部間違いだったと認めるのが怖いのかもしれん。
いや……でも、こんなことになったのも、過去の俺が間違ったことをしてしまったからなのか……?
思えばくだらないことにこだわって、喧嘩を売っちゃいけない相手に喧嘩を売ってしまった……。
過去に戻れるのなら、やりなおしてぇ……。
ただ、当時の俺と今の俺を比べると、あの頃の俺はちっちゃな男だったと感じる。
そう思えるほどには、俺もこの厳しい旅の中で成長できたのかもな……。
それを今更やりなおして、捨てたいとも思えねぇんだよな……。
12年は経った……。
ようやく……ようやく町が見えてきた。
俺は喜び勇んで町に向かったが、高い塀で囲まれた町は、基本的には正門からしか出入りができないようだ。
しかしその門を守っていたのが、人間と獣人、そして……ゴブリン?
どういうことだ……?
なんで人間と魔物が一緒にいる?
俺は思わずスコップを構えた。
こんな訳の分からない場所には、迂闊に関わらない方がいいのではないか……?
そんな風に、これまで培ってきた野生の勘が、警鐘を鳴らしている。
だが、これ以上孤独に耐えるのも嫌だった。
だから俺は意を決して、門番に話しかけた。
「た……たす……けてく……れ」
久しぶりに話した言葉は上手く声が出ず、自分でも聞き取りにくくて酷いものだった。
俺は町の長のところへ、連れて行かれることになった。
その道すがら見た町の風景は、クラサンドよりも発展して見える。
人口こそ少ないが、住人の生活レベルはかなり高いようだ。
……人間よりもいい生活をしているゴブリンってなんだ?
そして一際大きな建物に入ると──、
そこには1匹のピンク色をしたスライムがいた。
しかも今の俺では絶対に勝てないほど強い──俺の勘はそれを確信している。
本来はそこまで強い魔物ではないはずなのに、訳が分からん……。
「やあ、私の名前はアイ!
君の名前は?」
喋った!?
本当になんだこいつ……。
「は……ハゴータです」
「君は、どうしてここに来たのかな?
その理由によっては、町への居住も認めるけど?」
俺はそのアイという名のスライムに、これまでのことを全部話した。
なんだか懺悔をしているようだな……と思った。
「なるほど……君をあの土地に送ったのは、私のお母さんだね」
「は?」
俺の話を聞き終えた後、アイは意味不明なことを口走った。
しかしよく話を聞いてみれば、あのレイという娘は、他者の身体に乗り移る能力を持っているという。
「じゃあ……あいつは、元々はスライムだった……のか?」
「スライムだったこともある……が正解かな。
1番最初は人間だったよ。
色々あってあの北の地に送られ、何度も何度も身体を取り替えながら、南へと向かったみたいだ。
サンバートルの町に辿り着いたところまでは、確認できている」
「……!」
色々と信じがたい話ではあったが、あいつ自身の発言や、サンバートルの町で起こした事件のことを考えれば、符合する部分もある。
おそらく事実なのだろう。
俺はこの10年以上の、孤独な旅を思い起こす。
本当に辛い……辛い旅だった。
あいつも同じ想いをして、そしてようやく手に入れた居場所を、俺が奪ってしまったってことか……。
そりゃあ……俺があいつから受けた仕打ちも当然か。
いや……むしろ──。
「正直私は、君がお母さんに対してしたことは、許せないと感じている。
だけどお母さんがあえて君を生かしたのなら、私が勝手に殺す資格も無いかな。
君が本当に反省していて、そしてこの町の為に働いてくれるのなら、この町での居住を許可してもいいと思っているよ」
「あんたと……そしてあんたの母親の温情に感謝する」
俺は素直に頭を下げた。
もう独りは嫌だ。
新しい居場所を作る為なら、俺はなんだってやるぜ!
「ただねぇ……」
ん? アイが何か言いにくそうにしている。
「お母さんの妹のシスが、君を認めるかどうかは、別の話なんだよねぇ……」
「!?」
急に背後から殺気を浴びせかけられた。
慌てて振り向くと、そこには赤毛のキツネがいた。
尻尾が7本ある……魔物の類いか!
「あたしは……お前がお姉ちゃんにしたことを許すつもりはない……!」
こいつも喋った!?
なんなんだ一体!?
つか、こいつがあいつの妹なのか……!?
「……ついてこい。
ここで暴れる訳にはいかない。
外であたしの怒りを思い知らせてやる……!!」
「……受けて立とう!」
俺はスコップを手にして、キツネの後をついていった。
その後にアイが続く。
「君はそのスコップで、あのシスと戦うつもりなのかい?
お母さんの故郷の一部では、ネタ扱いされている、そのスコップで?
まあ、戦争でも大活躍したらしいから、有りっちゃあ有りだけど……」
「ネタ……というのがよく分からないが、あいつから貰ったこれで、何度も命を救われているしな……。
もう俺の相棒みたいなものだ」
「あっはっは、君は面白い人だなぁ。
今の君だったら、お母さんも気に入っただろうに。
逆にお母さんを怒らせた昔の君が、どんな風だったのか、気になってくるよ」
「やめてくれ……思い出したくもねぇ……」
あの時の俺は若かった……若すぎた。
だが、若気の至りで済ませるつもりはない。
あいつの妹の怒りも当然のものだから、俺は甘んじて受けて、そして乗り切って見せる。
……だけどこの妹との戦いは、俺の人生の中で最も死を間近に感じさせるものだった。
なんだよ……こいつも常識ハズレの強さを持った化け物かよ……。
今生きているのが不思議なくらいだ。
いや……違うな。
たぶんあの妹は、相当な手加減をしてくれたのだろう。
俺は色んなものからの温情で、生かされている。
そのことを実感し、そして感謝しながら、これからも生きていこう……。
改めてそう思う、今日この頃だ。
道はあっていたが、身体能力や所持スキルの差で、「私」の数倍の時間がかかってしまったハゴータでした。結局サンバートルまで辿り着けていないし……。
次回から第4章です。