エピローグ 3姉妹の歌
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なお、今回は通常の2倍くらいの長さがあります。
うち──キエル・グランジとマルガちゃんは、レイちゃんの遺体を家に連れ帰り、広い庭の一角にお墓を作ってそこに埋葬した。
マルガちゃんは凄く気落ちしていたけど、レイちゃんからの手紙を読み聞かせたら、少しは落ち着いたようだ。
あの手紙の内容の真偽については、なんとも言えない部分はある。
それでもまたレイちゃんと会えるという希望があれば、うち達はまだ頑張れる。
そういえばあの後、ギルドマスターに聞いたんだけど、レイちゃんの遺体をギルドに運んできたのは、マスターが何かの式典で見たことがある、このガーランド領の領主・キンガリー伯爵に似ていたとか。
しかも転移魔法を使っていた──と。
転移魔法は難易度が高いから、使いこなせる人はそんなにいないはずだ。
しかも大抵の場合、一度行った場所じゃないと転移できないという。
なのにギルドへ直接転移してきたらしい。
……その伯爵の中身、レイちゃんじゃないの?
直接会って確かめたいけど、伯爵には平民のうちが会うことは難しいだろうなぁ……。
まあレイちゃんも、変わり果てた姿でうちらには会いたくはないのだろうし……。
そんな訳で、レイちゃんとの再会は叶わないまま、時間だけが無為に過ぎていく──のはマズイので、うちらでもできることから、何かを始めようと思う。
うちはマルガちゃんと話し合い、2人と妖精さんだけで住むには広すぎるこの家を、なんとか活用する方法を考えた。
それは孤児院の経営だ。
うちはもう、レイちゃんみたいに幼くして命を落とす子供の姿を見たくはない。
だからそういう子供を少しでも減らせるように、孤児院を作りたいと思う。
この広い家なら、子供を100人くらい受け入れることができるし、運営費用もレイちゃんが残してくれたお金があれば十分だ。
この前の魔族との戦いで多くの冒険者が命を落としたけど、その所為で孤児になってしまった子供がかなりいるらしいので、その子達をうちが引き取る為に、ギルドマスターと協力して動いている。
あとは領の方で、孤児院の設立を許可してくれるかどうかだが、それはあっさりと許可された。
しかも補助金も領の予算から出してくれるという。
これ……レイちゃんが動いてくれたの?
もしもそうだとしても、お礼も言えないのが悔しいよ……。
しかもそれから程なくして領主様は、出席していたパーティー会場で起こった火災に巻き込まれて、死亡してしまったという。
そのパーティーに招待されていた貴族や奴隷商は、評判が悪い者ばかりだった。
それが火災で全滅──。
ついでに言えば、次期ガーランド領の領主候補ではあったが、無能として有名だったキンガリー伯爵の長男も巻き込まれている。
結果的に領主は、有能な次男が継ぐことになりそうだ。
あと、焼け死んだ奴隷商が保有していた子供の奴隷達については、うちの孤児院で預かって欲しい……と、領の方から打診があった。
勿論うちは子供達の受け入れを決め、屋敷は一気に賑やかになる。
……うん、話ができすぎじゃないかな?
しかも火災で全部燃やしちゃう手口は、サンバートルでも見たよ……。
これはレイちゃんの仕業なのだ──と、うちには分かったけれど、でもそれ以来、彼女の行方は全く分からなくなってしまった。
そしてレイちゃんと会えないまま、時間だけが過ぎていく……。
レイちゃんと別れてから、10年ほどが過ぎた。
孤児院の運営は、今も順調にいっている。
今では「レイチェル孤児院」と言えばそこそこ有名になり、その経営している私は、一部で「聖母」だなんて呼ばれているらしく、ちょっと恥ずかしい。
実際には「聖母」には程遠く、私は沢山の勉強をしなければならなかった。
多くの子供を育てる為には、いつまでも物を知らない若者のままではいられなかったのだ。
そんな日々の精進に追われて、現在では冒険者家業もほぼ廃業状態だ。
一応Sランクまでは上り詰めたんだけど、今では冒険者を志す子供を指導する程度の活動しかしていない。
一方、マルガはSランク冒険者としてまだ現役だけど、ダンジョンの浅い階層で、子供達の食料になる魔物を狩ることが活動のメインになっている。
あ、噂をすれば帰ってきた。
「キエ姉~、ただいまー」
マルガもすっかり大人になったが、猫型獣人の特徴なのか身長は140cmくらいしかなく、未だに可愛い姿だと言える。
「はい、おかえりなさい。
今日はお客様が来るから、早く着替えて準備していてね?」
「はいはい、分かってますよ。
捕ってきたお肉は、冷蔵庫に入れておくね」
「ありがとう」
昔はニャアニャア言っていたマルガも、ある年頃から急に恥ずかしくなったのか、今では普通の語尾だ。
性格も少し生意気になったし、ちょっと可愛げが無くなったな……と思う。
でも、夜は毛繕いを求めて凄く甘えてくるので、やっぱり可愛い……というか愛しい。
今では私もレイちゃんに負けないくらい、毛繕いのスキルが上がったと自負しているからね!
もうマルガの胸揉みにも負けないつもりだ。
……それはさておき、今日は偉い人が視察にくる。
この孤児院には5年ほど前から、王都の孤児を受け入れるのと引き換えに、国からも補助金が下りるようになった。
おかげで新しく教室や体育館を、建て増しすることもできた。
今日来るのは、その補助金を決定した女王様の側近だという。
そんな偉い人に会ったことはないので、ちょっと緊張している。
でも子供達と一緒に、出迎えの準備はしっかり進めてきたので、問題は無いはずだ。
そして正午を過ぎた頃、その人が到着した。
その人は不思議なことに、護衛も伴わずにたった1人で訪れた。
見た目は私よりも少し年下の25才くらいの女性で、長くクセの無い黒髪が印象的な美人さんだった。
ただ──、
「初めまして。
私は女王様お付きの筆頭侍女をしております、アリゼと申します」
そう名乗る彼女の前髪は、一房だけ赤色だった。
あれ? これレイちゃんだよね!?
胸が私に匹敵するくらい大きくなってるけど、レイちゃんだよね!?
でもアリゼって名乗っているし、突っ込まない方がいいの!?
万が一間違っていたら、女王様の側近に失礼だし!?
私は混乱した。
これはどう対応すればいいのだろう……?
でも、取りあえず挨拶をしなくちゃ!
「あ、あの、院長のキエル・グランジです!
こちらは義理の妹のマルガ」
「……懐かしい匂いがするにゃ……」
マルガ、ちゃんと挨拶してっ!!
というか、語尾が戻ってるっ!?
でも、そうだよね、やっぱりレイちゃんだよね!?
……だけどアリゼさんの方からは動きが無いので、どうしたものか……。
「マルガ、ここはもう少し様子を見ましょう……」
「うにゅ……」
私は強引にマルガの頭を押さえつけて頭を下げさせながら、そう囁いた。
それから私達は、アリゼさんに院の案内をする。
彼女は子供達が日頃どのように生活や学習をしているのか、熱心に聞いてきた。
「私も王都で孤児院兼学院を運営しているので、参考になります」
アリゼさんのところでは孤児を教育して、将来国で働く有望な人材を育てているという。
この孤児院からも優秀な子がいるのなら、王都の学院に通わせませんか?──そんな話もあった。
子供達の未来について語り合うのは有意義だ。
このアリゼさんが仮にレイちゃんではなかったとしても、仲良く付き合っていける人だな……と思った。
いや、レイちゃんであるのは間違い無いと思うんだけどね。
途中、マルガが私に耳打ちしてきたし。
「ブラウちゃんが、すごく嬉しそうにあの人の後ろをついてくるよ」
妖精さんにも、レイちゃんが帰ってきたことが分かったようだ。
そして視察の最後は体育館だ。
アリゼさんは興味深そうに、体育館の内部を見回している。
レイちゃんがいた頃には無かった建物だから、珍しいのかもしれない。
ここで子供達による、歓迎の歌を披露することになっている。
たぶんアリゼさんは驚くと思う。
実際彼女は、子供達の合唱が始まったら目を見開いて、呆然としたように立ち尽くしていた。
やがてアリゼさんの目からは、ポロポロと涙が溢れ出す。
そりゃそうだよね。
今、子供達が歌っているのは、昔レイちゃんがよく歌っていた故郷の歌だもの。
懐かしくないはずがないもんね。
「こ……こんなの、反則ですよぉ……」
アリゼさんのその言葉は、降参の合図だった。
これで彼女は、自身がレイチェルだったと認めたようなものだ。
「やっぱり……泣き虫なのは、今も変わっていないんだね……。
おかえりなさい、レイちゃん……」
「……ただいま……って言っていいんですか?」
「いいんだよ。
ここはレイちゃんの家なんだから……」
戸惑っている様子のレイちゃんに、私はそう言った。
その次の瞬間──、
「レイ姉!!」
マルガが飛びつくように、レイちゃんにしがみつき、そしてわんわんと泣き出した。
「レイ姉がいなくなって、寂しかったにゃ! 悲しかったにゃ!
マルガ、ず~っと、ず~っと、レイ姉のことを待っていたのにぃ! 待っていたのにぃぃ!!」
あ~あ、マルガが子供時代に戻っちゃってるよ……。
子供達は普段は頼りになる格好いいお姉さんのマルガが、こんな状態になっているのを見て、どよめいている。
でも私だって、レイちゃんの生存を確認できただけで、この10年ほどの時間の空白が、一気に埋まったような気がする。
やっぱりどんなに時間が経っていても、私達姉妹の絆は変わっていない。
「ごめんなさい、マルガ、キエルさん……。
こんな訳の分からない存在の私が、どんな顔をして会いに行けばいいのか分からなくて……。
いざ会っても、どう打ち明ければいいのか……と、つい知らぬフリをしてしまいました。
でも、私のことに気付いてくれて、ありがとう……」
そんなレイちゃんに、私は抱きついた。
そしてもう一度言う。
「本当におかえりなさい、レイちゃん……!」
「ただいま……です」
それから私達は、抱き合ったまま泣き続けた。
子供達からは奇異な目を注がれていたが、そんなことはどうでもよかった。
家族の再会以上に優先すべきことなんか、今は無い。
その後、レイちゃんが帰ってきたこと以上のサプライズがあったり、この孤児院からレイちゃんの学院へ行った子が凄く出世をして、その育ての親である私の立場がちょっとおかしなことになったりしたけど、それはまた別の話だ。
これで3章は完結です。序盤は「私」視点で書くことも考えたのだけど、男の身体で動いている「私」をあまり描写したくなかったので、こんな感じになりました。やっぱり可愛い方がいいし!
そして4章では今回の話に繋がるまでの話と、その後の話になる予定です。
ただ4章に入る前に、次回は閑話になります。が、需要があるのか分からぬ話になる……。