43 永遠にレイチェル
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それはある曇った昼下がり、領主が住む都市へと続く道程──。
揺れる馬車が、私を乗せていきます。
どうも、護送されているレイチェルです。
家を出てから、既に10日ほどが経過している。
騎士団に出頭した私は色々と取り調べを受けた後、別の都市へと送られることとなった。
クラサンドを含むこのガーランド領を統治している領主──キンガリー伯爵が住んでいる都市、カピルードだ。
サンバートルの領主を殺害した私は、隣のガーランド領の領主に裁かれることになったようだが、普通は現在のサンバートル領主に裁かれるのが筋なのでは……?
その辺の事情はよく分からないが、この国にはまだまともな裁判制度は無いようで、犯罪者は権力者の気分次第で裁かれることが多いらしい。
だからこれも、特別な処置という訳ではないようだ。
ちなみにサンバートル領は、開拓によって新しくできた領地で、その初代領主であるサンバートル子爵の名前がそのままついている。
子爵と一緒にその息子も始末してるので、今はサンバートル一族の直系ではなく、それ以外の人間が領主をやっているはずだ。
いずれにしても私が極刑になることは、ほぼ間違い無いと思う。
どのような事情があろうとも、情状酌量をされるなんてことは無く、問答無用で裁かれる。
貴族殺しは、それほどの重罪なのだ。
なので、あらかじめ麻痺させた小さなスライムやネズミを数匹、空間収納の中に忍ばせている。
中は低温なので、冬眠状態になっているだろう。
そして適当なタイミングを見計らってこれらを殺し、乗っ取りを発動させる予定だ。
そうすれば、私が逃げること自体は簡単である。
そしてレイチェルがこの世から消えれば、これ以上領主殺害事件の関連で、誰かが追及されるということは無くなるだろう。
レイチェルの身体を犠牲にするのは断腸の思いだが、キエルとマルガの命には代えられない。
あ~あ……また人外生活に戻るのか。
再び人間の身体を手に入れるまでに、何年かかるのやら……。
それまでは影ながらキエルとマルガを見守りながら、新たな人間の身体を得る機会を窺うか。
お、そろそろ目的の都市に到着するようだな。
さて……どうなることやら……。
……何故こんなことになってしまったんだ?
カピルードに到着した私は、何故かキンガリー伯爵邸に送られ、更に豪奢なベッドがある寝室へと通された。
これは裁かれるというよりは、性的な乱暴を働かれる流れなのでは……?
おいおいおい、領主ってこんなのばかりなのかよ!?
ちなみに今の私は、「能力を限界まで弱める」という魔法の首輪をはめられている。
いかにSランク冒険者だったとしても、首輪の効果で無力な少女になっているので、大人の男性なら無理矢理組み伏せることも可能だ。
──とか、思っているんだろうなぁ……。
仮に首輪の影響で私の能力が100分の1になっていたとしても、それでもなおSランク冒険者であるドラグナの10倍以上は強いと思う。
そもそもその気になれば、こんな首輪はいつでも破壊できそうだし……。
だから私を強引にどうこうしようなんてことは不可能なんだけど、どのみち現状は少し困ったことになっている……。
当初の予定では、牢屋の中で突然の病気による獄中死を装おうかと思っていたのだが、これから襲われるとなればそうもいかない。
う~ん……どうしようかな……。
で、私が悩んでいると、部屋に初老の男が入ってきた。
……あれ?
なんか見覚えがあるような……?
これがキンガリー伯爵なのか?
伯爵は私の全身を、値踏みするような視線で見た。
これは……明らかに性的な情感が含まれている。
うう……気持ち悪いっ!
このロリコンどもめ!!
「おうおう……サンバートルの話に聞いていた通りの、美少女じゃのぉ……!
2年も音沙汰が無いから、もう捕まらないと思っておったが、生きておったか」
「サンバートルの……?
お知り合いなのですか……?」
そういえばあいつが痩せたら、この伯爵に似ているかも……。
2人は親戚か何かかな?
一部の家系で、貴族の権力を独占しているのだとすれば、有り得る話だ。
「ほう……声も可愛らしいのぉ。
サンバートルの奴、いい奴隷が手に入ったと、何度もワシに自慢しておった。
ワシが貸せと言っても聞き入れぬし、あげく殺されて逃げられるとは、馬鹿な奴よ……。
だが、ようやくワシの手に入ったわ!」
こいつ……!
領主殺害の罪ではなく、最初から私の身体が目的で追っ手をかけていたというのか!
そしてダグズを殺したのも、こいつの手の者か──!?
私は怒りに満ちた視線を伯爵に向けた。
すると伯爵は気分を害したようで──、
「その反抗的な目、無礼だぞっ!!」
特に理由のない暴力が、私を襲う!
私は伯爵に殴り倒され、そんな私に伯爵は馬乗りになって、更に何度も殴りつけてきた。
……まあ、痛くはないが。
こんな爺さんの攻撃力なんて、たかが知れている。
ただ、伯爵もサンバートルと同じ血筋なのは間違い無い──と、確信した。
あいつと同じく、幼女趣味と加虐趣味を持っているわ……。
はぁ……まともな領主なら、手を出すつもりは無かったけど、これは方針の変更が必要だな。
こいつを……いや、こいつのような権力者の全てを放置していたら、レイチェルやダグズみたいな犠牲者がいつまでもいなくならない。
私は「乗っ取り」の能力を、極力使うべきではない、忌むべき力だと考えていたけれど、これからはこういうクズな貴族は根絶する為に、最大限活用しよう……!
もうなんでもやってやる……っ!
「……なんだ!?」
伯爵は驚いたように、殴るのをやめた。
殴られ続けても平然としている私の異常さに、ようやく気付いたようだ。
そして彼は、背後に気配を感じて振り返る。
「なっ!? どこからっ!?」
伯爵が振り返った先には、真っ黒な人型の存在がいる。
私がかつて乗っ取った、影を操る魔物の力を利用して生み出した、私の影の人形だ。
影人形は伯爵の身体に絡みつき、十字架のような形で彼を拘束する。
「ひいいっ、ば、化け物ぉ!?
は、はなせぇぇぇぇ!?」
「駄目ですね……。
あなたは死ぬまで、解放しませんよ?」
私は首にはめられた首輪を、素手で引き千切りながら起き上がる。
やっぱりこんな物で私の力をいくら弱めても、抑え切れないな。
「ば、馬鹿なぁ!?
なんでその首輪が効いていないっ!?」
「効いてはいたと思いますよ?
その上でこれですが」
私はゆっくりと伯爵に歩み寄って行く。
「な、何だお前は!?
なんなんだ、お前はっ!?」
「……我が名はレイチェル。
全ての悪徳貴族、全ての違法奴隷商を消し、そして私も消えよう……。
永遠に……!!」
私は右手の人差し指の爪を伸ばし、伯爵の首筋に致死性の毒を注入する。
「がっ……あっ!?」
もうレイチェルのように悲惨な子供を生み出さない為にも、キエルとマルガが平和に暮らしていける世界にする為にも、私はこの国の闇に巣くう者達と戦うことに決めた。
この伯爵の粛正は、その第一歩だ。
そしてお前の記憶の中にある、クズ共の情報をよこせ……!
そいつらも全員、後でお前のところに送ってやる……!
……だけど、この戦いが終わるまで……キエルとマルガには会いに行けないな……。
レイチェルの身体を捨てるのは、やっぱり嫌だな……。
そもそも男の身体なんて……。
……全く嫌なことばかりだ。
それでも私は目的の為に、色々な物を諦める覚悟を決めたのだ。
さようなら、レイチェル……君と一緒になれて本当に良かったよ。
「あぐ……ガフッ!?」
伯爵が大量の血を吐き出す。
……いよいよか。
私の視界は、久しぶりに暗転した。
明日は更新をお休みします。