40 またいつか
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なお、今回からエピローグまで、1話を除いて全部キエル視点です。
うちはキエル・グランジ。
冒険者パーティー「3姉妹」の一員だ。
その「3姉妹」パーティーメンバーであるレイちゃんが、ギルドマスターから呼び出されてから約2時間──彼女はようやく帰ってきた。
彼女は明るく振る舞っていたけれど、何処となく元気が無いように見える。
何かあったのかもしれないけれど、今は話したくないようだった。
うちが理由を聞こうとすると、レイちゃんは「後でお願いします」と言った。
……もしかして、マルガちゃんには聞かせられない話なのかな?
マルガちゃんが寝た後にレイちゃんは、今まで使ったことが無い応接室にうちを呼んだ。
引っ越ししてから日が浅い為、客が来たことなんか無いんだけど、一応ソファーくらいは用意してある。
うちとレイちゃんは、隣り合って座った。
「……なにかあったの?」
「……明日、私はこの町から出て行きます」
レイちゃんの過去は、前にお父さんが現れた時に聞いたことがある。
借金の所為で売られて、その売られた先で酷い目にあったから逃げてきた──と。
その際には、ちょっと口では言えないようなこともしてしまった……らしい。
で、その所為で追っ手がかかりそうだから、この町からも逃げるのだという。
「返り討ち……にはできないの?
レイちゃんの力なら……」
「相手は貴族なので……。
国全体を敵に回すことになります。
勝てない……とは言いませんが、力があれば何をやってもいいとは思っていません。
むしろ力があるからこそ、抑制的にそれを使わなければ、私は人類の敵として見なされ、いよいよ居場所を失うでしょう。
だから、国との戦いを避ける為にも、私は逃げます。
まあ……逃げた時点で敵に回していますが……不必要な争いだけは避けられますので」
そっか……貴族か……。
それは大変だなぁ……。
力尽くで追っ手を追い返しても、解決する問題じゃないのか……。
「……って、貴族ってもしかして、噂通りの……!?」
「サンバートルの領主ですね……。
ついでに、奴隷商も燃やしてきました。
マルガはそこから連れ出したのです……」
「そう……なんだ」
あの大火事……レイちゃんの仕業だったのか……。
それは……凄いことをやらかしちゃっているなぁ……。
確かにそれで追っ手がかかるのも納得だけど、あの領主には黒い噂が絶えなかったし、それを放置していた国の方が問題だよ……。
そして酷い目にあったレイちゃんの方が逃げなきゃならないってのも、理不尽じゃん……。
「私は……あの復讐に後悔はありませんが、それでも自分が正義だとも思っていませんし、人を殺めておいて何の罪にも問われないとも思ってはいないんですよ。
ですから追われるのは当然のことだし、その時は逃げればいい……と、軽く考えていました。
……でも、いざこうなってしまうと、辛いですね……」
レイちゃんは自嘲気味に目を伏せた。
自分では否定しているけれど、やっぱり何かを後悔しているようにも見える。
「じゃあ、すぐに出発の準備をするね。
3人分の旅の準備なんか、すぐだよ」
「いえ……キエルさんとマルガは、連れていけません。
言ったでしょ?
逃げた時点で国を敵に回す……と」
「でも、うちっ、レイちゃんを放っておけないよ!」
どんなに強くたって、レイちゃんはまだ子供だ。
小さい子を一人きりにして、明日をも知れない逃亡生活をさせるなんて、おかしいよ……!
「……だけど、マルガはどうしますか?
私よりも小さい子の未来を潰すのは、忍びありません。
だからキエルさんには、マルガの世話をお願いしたいのです。
それにほとぼりがさめた頃、私がこの家に帰ってきた時に誰もいないのでは、寂しいですから……。
ブラウニーがいなくならないように、お供えもあげてやってください」
「レイちゃん……狡いよ……」
それを言われたら、うちには何も反論できないじゃないか。
「でも、うちに……マルガちゃんとこの家を、しっかりと守っていけるのか、自信が無いよぉ……。
うち、レイちゃんほど凄くないし……」
うちは不安で仕方がなかった。
たぶんレイちゃんの方がもっと大きな不安を抱えていると思うけど、レイちゃんなら何があってもなんとかできるだけの力がある──と、信頼している。
だけどうちにはレイちゃんほどの力も無いし、マルガちゃんのような小さい子供を育てたこともない。
こんなに頼りないうちで、大丈夫なのかな……?
「大丈夫ですよ……。
キエルさんは初めて会った頃から比べたら、凄く成長していますから。
仮に今、実力が足りなかったとしても、同じように成長して補っていけますよ。
それにギルドマスターにもよろしくお願いしていますから、何か困ったことがあったら頼ってください」
レイちゃんが優しく微笑みかけてくれた。
本当ならうちの方が慰めなくちゃいけないのに、なんて健気な……!!
うちは思わず彼女の小さな身体を抱きしめる。
「うう……レイちゃん……っ」
「ふふ……いつもと逆ですね」
思わず泣いてしまったうちのことを、レイちゃんが優しく抱きしめ返してくれた。
でも、そんなレイちゃんも実は涙を流していたことを、うちは気付かないフリをした。
レイちゃんが本当は凄く泣き虫だってこと、うちは知ってるんだから。
「後のことはお願いしますね……キエルさん」
「……うん、なんとかやってみるよ!」
それから暫くの間、うちはレイちゃんからなかなか離れられなかった。
次の日の早朝、レイちゃんは旅立つことになった。
「マルガ……ちょっと用事があるので、暫く留守にしますね?」
「にゃ? マルガも一緒に行くにゃ」
当然のようにレイちゃんについて行こうとするマルガちゃんの姿に、うちの目はついつい潤んでしまった。
彼女にとってレイちゃんは、姉であり母のような存在だ。
離ればなれになるのは、凄く寂しいはずだ。
「ごめんなさい……今回はちょっと連れて行けないので、大人しくお留守番していてください。
良い子にして、キエルさんのお手伝いをよくするのですよ?」
「う~~~。
……にゃ」
マルガちゃんはまだ不満そうだが、それでもレイちゃんの言うことを聞いて頷いた。
本当にいい子だ。
そんな子をうち達は騙している──そう思うと、胸が痛んだ。
「それではキエルさん、マルガ。
行ってきます。
私の留守中、元気にしていてくださいね?」
「うん、レイちゃんも元気でね!」
「いってらっしゃいにゃ~!」
またいつか会える──。
うちはそう信じて、レイちゃんを送り出した。
きっとあの強い娘なら大丈夫だ──と。
しかし──。
レイちゃんが騎士団に捕まって、処刑された──。
そんな報告をギルドマスターから受けたのは、わずか十数日後のことだった……。