38 窮 地
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さて、今回から鬱展開に入りますが、2章のレイチェル死亡時ほど救いの無いことにはならない……と思う(一部キャラ除く)。
あの魔族との戦いから、10日ほどが経過した。
どうやらあのダンジョンから魔族は完全にいなくなったようだが、ダンジョンの機能は未だに活きているので、魔物の素材というこの町で最大の産業が失われることはなかった。
ただしその素材を狩ってくる冒険者に、大量の欠員が出た為、当面素材の供給が少なくなるという問題はあるようだ。
こういう時こそ、健在な冒険者にとっては稼ぎ時なのだが、私達3姉妹……というか私は、少々問題を抱えてしまい、今は休業状態である。
「お前さん……ヤバイぞ」
「……でしょうね」
私とギルドマスターのザグルは、冒険者ギルドの応接室で、沈鬱な表情をしていた。
ここ数日、私が町の店に行くと、入店を拒否されることが増えた。
キエルなんかは、
「レイちゃんのおかげでこの町が無事だったのに、恩知らずだよっ!」
と、怒っていたが、入店を拒否された理由を聞くと、その対応も当然かな……と思ってしまう。
どうも町では、「レイという娘が、サンバートルの領主を殺害した」という噂で、もちきりになっているらしい。
これに関しては身に覚えがあるので、こういう扱いを受けても仕方が無い……という気持ちはある。
事実、下手に私に関わって貴族に睨まれたら、この国では生きていけなくなる可能性もあるし、それだけ貴族が持つ権力は強大なのだ。
そんな訳で、ギルドマスターに私だけ呼び出されて、今後の対応について話し合っている。
「噂の真相なんて俺は知らんが、サンバートルの前領主が殺害されたというのは事実で、犯人もまだ捕まっていねぇ……。
こうなると疑いをかけられた時点で、確実にお前さんを捕縛する為に国は動く」
「はい……」
そしてこの世界の庶民には、人権なんてあって無いようなものだから、捕まってしまえば冤罪とか関係なく処刑されてしまう可能性がある。
まあ……私は冤罪じゃないから、確実に処刑なんだけどね……。
「お前さんには町を救われた恩があるから、なんとか助けてやりたいんだがなぁ……。
この前の戦いでも、敵の主力を倒してくれたんだろ?
お前さんはクラサンドの町の英雄だし、これほどの人材を失うのは、国にとっても損失だ……」
「評価していただけるのは、嬉しいですね……」
だがそういう実績を、体面を重んじる貴族が考慮してくれるかというと、話は別だ。
確実に得られるはずの利益を捨ててでも、自身の感情を優先してしまう連中は確かに存在する。
そしてそういう人間が権力を持っているのだとすれば、どう動くのかは目に見えている。
「だが、実際に貴族が動き出したら、もう庇いようがない。
精々、今の内に逃げた方がいい……と、助言することくらいだな……。
数日中に滞っていた素材の代金は、なんとか支払いできるようにしておくが、正直言ってそれを待っているのも危険かもしれん。
なんなら金は、俺の方で預かっておくが……」
「ありがとうございます……。
家を買ったばかりでしたが……町を出なければいけないようです……」
どうして、こうなった!?
……いや、なんとなく原因は分かっている。
私……というかレイチェルの過去について詳しく知っているのは、彼女の父親くらいだ。
あいつがこの町の誰かに「レイチェルを領主に売った」という事実を話したのだろう。
そしてそれに「サンバートルの領主が火災で死亡した」という事実と、「レイチェルが未だに生きている」という事実が結びつけば、簡単に「レイチェルが領主を殺害して逃走した」という憶測は成立する。
そもそも、領主の館にいた騎士や使用人のほぼ全員は生き残っているはずだから、彼らの証言があれば、私が犯人であることは明白であり、ちょっと調べれば誰でも分かることだ。
おそらく父親の発言から興味を持って、わざわざ事件について調べてしまった者がいるのかもしれない。
しかもこういう噂を広めて嫌がらせをする手口には、心当たりがある。
ハゴータめっ、私が父親と一悶着を起こしていたところを見ていたのか──!?
いずれにしても、現状では逃げるくらいしか、本当に手段が無い。
万策尽きたー!
「それでは……仲間達と話し合って、今後の対応を考えたいと思います」
「おう……。
だがな、他の2人を連れて逃げるってことは、彼女らも共犯にするってことだ。
もう表の世界では、生きてはいけなくなるぞ。
酷なことを言うようだが、2人は置いていった方がいいだろうな……」
「…………っ!!
そう……かもしれませんね……」
2人と別れるなんて嫌だ!
だけど折角冒険者として大成したマルガとキエルをお尋ね者にして、未来を潰す訳にはいかない。
私1人だけなら何処でだって生きていけるし、元々ずーっと独りだったんだから、どうとでもなる。
町から消えるのは、私だけでいい。
それは……分かっているのだが……っ!
「お前……涙くらい拭けよ」
ザグルがハンカチを手渡してきた。
私……いつの間にか泣いていたのか……。
「……ハンカチなんて、似合わない物を持っているんですね?」
ザグルは山賊みたいな風貌だから、その違和感に思わず笑ってしまった。
「うるせーよ……。
だが、そういうふてぶてしさがある方が、お前さんらしい」
「そう……かもですね。
……あの、お願いがあります。
未払いの素材の代金は、キエルさんとマルガに渡してください」
「そうか……。
それでいいんだな?」
「いなくなる私には、必要の無いものです。
どうか、2人のことをよろしくお願いします」
私はザグルに、深々と頭を下げる。
山にでも潜伏するのなら、大金なんて持っていても宝の持ち腐れだからな。
私は独りで、この町から出て行くことにした。
ザグルとの話し合いを終えてすぐに、私はギルドの出口へと向かう。
噂の所為か、周囲から視線が集中して、居心地が悪いのだ。
だが、私が足早に去ろうとすると、その前を遮る者が現れた。
「……ハゴータ!」
ハゴータは勝ち誇っているのか、にやついた顔で私を見下ろしていた。
敗者の顔を見に来たのだろうが、わざわざその為だけに待ち伏せしていたのか!?
だけど、認めなければならない。
ああ、今回は完全にお前の勝ちだよっ!
どんなに大きな力を持っていても、こんな小さな石ころの所為で躓くこともあるって、思い知らされたさ!
「はっはっ、どうやらお前ぇも終わりのようだな。
目障りな顔を見なくてもいいようになって、清々するわ!」
それなら、顔を出すんじゃねーよ。
「はいはい……もう2度と会うことも無いでしょう。
良かったですね」
私はそんな捨て台詞を残して、その場を後にしようとした。
しかし、ハゴータは──、
「はっ、逃げるのか?
しかし、それはやめておいた方がいいぜ?」
「……?
それはどういう……?」
その含みのある発言に、私は歩みを止めた。
「サンバートルじゃ、領主殺害の犯人の逃走を手助けしたとかで、処刑された者もいたらしいぜ?
確か庭師の男だとか……」
「は……?」
「なんでも領主を殺した犯人について頑なに喋らず、庇ったからだってよ。
つまり今回もお前が逃げたら、残された誰かが処刑されるかもしれないってことなんだぜ?
キエルとか、お前のことを庇いそうだよなぁ?」
ハゴータが唇の端を吊り上げた。
それは悪魔よりも邪悪で、醜悪に見える。
だが、こいつのことなんて、今はどうでもいい。
え……処刑された……?
それって、ダグズが……?
あの屋敷で唯一レイチェルが恩人と感じていた、心の拠り所だった人が……!?
私は精神的な衝撃のあまり、膝から崩れ落ちた。
ダグズについては、生きて再会する展開も少しは考えたのだが、結局こうなってしまった……。