36 蹂 躙
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「乗っ取り」を繰り返し、他者の能力を奪い続けてきた私の力は、今や絶大だ。
絶大すぎて、全力を出すことができないほどに──。
その力の制御を間違えれば、私の周囲の存在体は簡単に壊れ、そして命を落とすことになるだろう。
だからレイチェルの姿を手に入れてからの私は、人間としての日常生活を問題無く送れるように、力を大幅に制限する訓練を積んだ。
その結果、無意識や反射的にしてしまった行動でも力を出しすぎないように、常に制限がかかった状態になっている。
そうでなければ、ギルドで咄嗟に投げてしまった男は確実に死んでいただろう。
そして今では強く意識しなければ、全力は出せないようになっている。
その制限を、今まさに取り払ったという訳だ。
『貴様……っ!?』
女悪魔が、一瞬たじろいだ。
私の気配の変化に気付いたか。
私はあえて出力を下げた熱線を、女悪魔に向かって撃ち放つ。
……うん、やっぱり躱されるな。
真っ直ぐに飛ぶ光線は、軌道が読みやすいか。
じゃあ、これならどうだ?
『!?』
私のすぐ目の前に、驚愕した女悪魔の顔が見える。
転移魔法で接近したのではない。
普通に走って接近しただけだ。
全力の私の脚力ならば、十数m程度は転移するのとさほど変わらない速度で移動できる。
しかも動きにフェイントを混ぜることもできるから、女悪魔にとって私の動きを完全に予測することは難しいはずだ。
私はビームサーベルを振り上げる動作をしつつ、女悪魔がそれに反応したのを確認してから、彼女の足を蹴った。
「ほい」
『ガッ!?』
今の一撃で女悪魔の両足が折れた。
単純なフェイントだが、見事に引っかかったな。
で、体勢が崩れて動きが大幅に鈍った女悪魔の背に斬りつけて、翼を切断する。
『ギャァアァっ!?』
これで女悪魔は傷を再生しなければ、転移魔法以外の手段で移動することがほぼ不可能となった。
勿論、回復の暇など与えない。
私は距離をとってから、動けない女悪魔に対して、全力のカマイタチを撃ち込む。
だが、彼女は魔剣を盾代わりにして、それに耐えた。
……ふむ、先程のホーミング・レーザーにも耐えたことから、魔法に対する耐性を持っているとは思ったが、彼女自身だけではなく、魔剣にも耐性がある感じだな。
しかし100%無効化している訳でもないようで、私の本気は通用している。
女悪魔身体には、私の魔法による明確なダメージが確認できた。
では、次。
『!?』
私は土魔法で女悪魔の頭上に巨石を生成して、落下させた。
魔法で作ったものだとはいえ、岩自体は質量を持つ本物だ。
これは無効化できないだろう。
果たして数十tもの質量の直撃に、彼女は耐えられるかな?
『くっ!』
女悪魔は、魔剣を振り上げた。
そうだね、その魔剣なら巨石も斬れるかもしれない。
でもそれでは、魔剣による防御はできない。
『ギャンっ!?』
私の放った電流が女悪魔を飲み込む。
その衝撃の所為で、彼女は魔剣による巨石の迎撃に失敗した。
当然、直後に巨石によって押し潰されたけど、これで死んだかな……?
……と、ここで油断はしない。
風と火の魔法を組み合わせて、炎の竜巻──火炎旋風を生み出し、巨石ごと飲み込んだ。
関東大震災などでも発生したと言われる火炎旋風だが、私のは熱線と同レベルの熱量が込められている。
いかに魔族といえども、その熱量を継続的に受けて生命を維持することは、さすがにできないと思うのだがどうだろう?
とりあえず、10分くらい続けて動きが無ければ、死んだと判断しよう。
……っと、索敵に動きがあった。
キエル達の方に向かっていた2体の魔物の内の1体が、物凄いスピードでこちらに向かってくる。
あの女悪魔を助けるつもりか!?
……こちらに向かっているのは、アルマジロのような装甲で全身を包んだ、トラのような魔獣だった。
鎧虎とでも言おうか。
キエル達が上手く対処したのか、結構なダメージを受けているように見えるが、まだまだ倒れるほどではないな。
近づかれると面倒だ。
私は局地的な竜巻を鎧虎の足下に発生させて、その身体を空高く巻き上げた。
空中では身動きが取れないだろうから、熱線で狙い撃ちは余裕です。
で、熱線を撃とうとした瞬間、背後に気配が生まれる。
あの女悪魔、巨石の下から転移してきた!?
しかもこのタイミング──鎧虎と意識を共有して連携している!?
「このっ!」
私は慌てて振り返る。
そこにはやはり、女悪魔の姿があった。
しかも既に、魔剣を振り下ろす動作に入っている。
これは「結界」でのガードは、間に合わないな。
ならば限界まで身体強化を加えた右の拳を、全力で魔剣に叩きつける。
直後に激しい衝撃と、激痛──。
私の右腕はボロボロになったが、この程度なら回復魔法でどうとでもなる。
一方で、女悪魔が手にしていた魔剣の刀身は砕けていた。
……どちらの戦力が低下したかといえば、明らかに相手の方だろう。
『貴様……化け物かっ!?』
「あなたから見てもそう見えるのなら、そうなのでしょうね……」
不服は無かった。
大方その通りであると認識していた。
「だけど私は人間として生きたいのです。
なので私が力を使わざるを得ないような事態を、もう起こさないでください」
だから、魔族はここで根絶したい。
野生のラスボスに遭遇したと思って、諦めてくれ。